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※この物語はフィクションであり、
実在の人物及び団体とは関係が御座いません。
「選択肢②番!ダーツの矢を放て!」
「……オミ。歩きスマホは危ないって」
ゲームサークルの部室で 明日美(あすみ)ちゃんや 甲斐(かい)から、
奇妙なゲーム『遊ンデハイケナイ』を薦めれた後、
オミはゲームをぶっ通しでプレイし続けていた。
その瞳には何か得体の知れない存在に、
取り憑かれたような怪しい煌きがあった。
「だぁっ! 攻撃を避けられた!くそっ! 相手の武器は日本刀かよ!」
チラリとオミが持つ携帯を覗き見る。
画面の中ではドット絵のキャラクター(オミは戦士で相手は侍)が、
コマンド形式のバトル(コマンドを入力するとキャラクターがアニメーションする)を繰り広げていた。
「コマンド選択中も時間が流れるアクティブタイム制で、行動ポイントを消費することでコマンドを選択できるのか……」
シンプルで面白そう。
なぜかプレイしたくてうずうずしてしまう。
そんな欲求が身体の奥から湧いてくることに、
恐怖心を覚えた僕は、画面から目を背けた。
と――その時。
凜とした勝気な瞳が印象的な少女が、
僕の真横にそっと並び、
「そのゲームで遊んではいけない……。生きることを望むのであればな」
独り言でも呟くようにポツリと零すと、
そのまま通りの向こうへと去って行ってしまった。
「なぁ、オミ……」
ゾワリと肌が粟立つ。
遊ンデハイケナイ。
これ以上、そのゲームで。
なぜか嫌な予感がする。
そう伝えるべきだと直感的に感じた瞬間……。
「……うぐっ!」
今まで聞いたことのない声がオミの口から漏れ、
それと同時に、アイツの頭が地面にゴトリと落ちた。
「わああああぁぁっ!」
鮮血が降り注ぐ。
夢じゃない。
アイツの持っていた携帯の画面に、
禍々(まがまが)しい字体で書かれた『GAME OVER』の文字が浮かんでいた。
その後のことは、あまり覚えていない。
警察に通報したこと、
遺体安置室にやって来たオミの両親が泣き崩れていたこと、
事情聴取を受けて真夜中に解放されたこと、
すべてが非現実的な出来事に思えた。
オミ…… 広臣(ひろおみ)が死んだ。
「そうですか……。清木場(きよきば)くんは、本当に亡くなってしまったのですね」
「まさか俺達の仲間が、事件に巻き込まれるなんてな……」
――事件の翌日。
目の前で起きた凄惨な事件を胸に抱えて、
一人で部屋にいることに耐えられなくなった僕は、
ゲームサークルの部室へとやって来ていた。
けれども、部長や先輩達と言葉を交わしているうちに、
オミがいなくなったことを改めて認識することになり、
僕は流すことを忘れていた涙を静かに零した。
「オミ……お前、どうして死んじまったんだよ」
「呪いのゲームをプレイしたからですよ、武藤(むとう)くん」
涙交じりの呟きに、部長の 二ノ宮(にのみや)さん(ゲームに没頭するあまり留年を繰り返している)が、大真面目な顔つきで返した。
「そんなバカな……」
「いいや、俺も聞いたことがあるぜ。都市伝説になっているゲームのことを」
僕の反論を、1年先輩の 綾小路(あやのこうじ)さん(顔はイケてるのに、身長が異様に低い残念な男)が封じた。
それを後押しするように、
「お、オレも……知ってる。ゲームフリークの中では……け、けっこう有名だから」
ベッタリとした長髪が特徴的な 高階(たかしな)さん(2年先輩で、コミュニケーション障害)が、
遠慮がちに挙手して、顔を小刻みに上下させた。
「遊ンデハイケナイは天才プログラマーが残した遺作であり、不幸な事故が重なり、スタッフ全員が死亡したとされる制作会社で作られたと言われています」
無愛想な表情にボサボサの頭。
チェック柄シャツを愛用している 二ノ宮(にのみや)さんが、
講義でも行うみたいに、ゲームについて語り出す。
気づけば僕達は、 二ノ宮(にのみや)さんの言葉に吸い寄せられていた。
「このゲームはオタクの聖地、秋葉原から配信されているという情報がありますが、その真偽は定かではありません。なぜなら、調べようとした人間が……次々と命を落としてしまうからです。しかし、それでも……ゲームに挑む人間が後を絶たないようです」
「……それは、どうしてですか?」
「ゲームをクリアすると、莫大な富を入手できるという噂があるからです。ですが、リスクもある……。そう、ゲームの中で死ぬと現実でも同じ死に方をするそうです。他には、ゲームに毎日ログインしないと死亡してしまうと言い残して、忽然(こつぜん)と消えたプレイヤーもいるとか……」
『ゲームの中で死ぬと同じ死に方をする』――。
オミが残した言葉と最後のシーンが蘇る。
アイツは死ぬ間際、日本刀を持った相手と戦っていた。
だからといって呪われたゲームの存在を、
簡単に受け入れられるわけがなかった。
けれども、暗く沈む僕とは対照的に、
二ノ宮(にのみや)さん達の瞳には光が宿っているように見えた。
「呪いのゲームか……。ふっ、こいつはなかなか面白そうじゃないか」
「ええ、ゲームサークル創設以来の大事件です」
「な、謎を解き明かせば……サークルの、ち……知名度があがるかな」
「みんな……何を考えているんですか!そんなの不謹慎ですよ!」
オミの死よりもゲームの謎。
確かに 二ノ宮(にのみや)さん達は、オミとそれほど親しかったわけではないけど、
その発言は死者に対して 不敬極(ふけいきわ)まりないように思えた。
と――そんな時だった。
「私……死んじゃうんですかぁ?」
ずっと黙っていた 明日美(あすみ)ちゃんが、
ボロボロと涙を流しながら僕の腕を強く握り締めた。
「し、死なないよ……。だってゲームだよ?」
「でも……オミくんは!オミくんは死んだじゃないですか!」
否定したいけど、できなかった。
軽いノリで登録したゲームが、
呪われたゲームだったなんて認めたくなかった。
だけど、僕は自分や彼女の不安を取り除ける言葉を、
見つけることが出来ずにいた。
「毎日ログインしないと死亡する……か」
――放課後。
部室を後にした僕は、
家に帰る気にもなれず、
通い慣れたカフェでぼんやりと携帯を眺めていた。
すると……。
「あの、ちょっといいですか?」
涙で目を腫らした 明日美(あすみ)ちゃんが、
僕の顔を覗き込んだ。
その目元には薄い笑みが浮かんでいたけど、
それがかえって痛々しく見えた。
「どうしたの?」
「サークルで一番ゲームが上手いのって、清志郎(きよしろう)さんですよね?」
「えっ? 僕が?」
「オミくんが清志郎(きよしろう)さんをベタ褒めしてたから、頼るなら清志郎さんかなって……」
オミの名が不意に飛び出し、
胸のあたりをギュッとつかまれたような痛みが走る。
だけど、アイツとまだ繋がっている感じがして、
なぜか誇らしくも思えた。
「……お願いです。呪いの正体を、一緒に解き明かしてください!」
オミなら、こんな時どうしただろうか?
きっとアイツなら、任せとけって笑ったに違いない。
だから、僕はオミの笑顔を心に浮かべて彼女の肩を優しく叩いた。
「ぼ、僕に任せて……」
本当に呪いがあるかどうか分からない。
けれども無いとは言い切れない。
死なない為、 明日美(あすみ)ちゃんの為、
オミが死んだ原因を探る為、
僕は『遊ンデハイケナイ』にログインするのだった。