※この物語はフィクションであり、
実在の人物及び団体とは関係が御座いません。
僕――は見ている。
数少ない友達である、オミが死ぬ間際にプレイしていた、
呪われたゲームのタイトル画面を。
場所は行きつけのカフェ。
すぐ隣には僕の携帯を覗き込む 明日美(あすみ)ちゃん。
そのクルミのような大きくて愛らしい瞳は、
僕の指が画面をタップするのを、じっと見つめている。
「それじゃ……ログインするよ」
「……はいっ」
明日美ちゃんから相談を持ちかけられた翌日。
昨日と同じ店で彼女と待ち合わせをした僕は、
1時間もためらい、 躊躇(ちゅうちょ)し、二の足を踏みまくった挙句、
ようやく『START』ボタンに触れた。
(まずはアバターの設定……か)
『START』ボタンを 押下(おうか)するとタイトル画面がフェードアウトし、
アバター作成画面が表示された。
目・鼻・口・髪型や体型(もちろん性別や種族も)を自由に組み合わせてアバターを作り、
そのアバターは行動ポイントを消費することで移動や戦闘ができる。
そして、画面に出るコマンドを選んで、
敵対プレイヤーを行動不能にすると、
スキルポイントやアイテム、賞金などが貰える。
それが『遊ンデハイケナイ』の基本的な流れだった。
(アバターのパーツは、それぞれ1000種類以上!?職業や種族も100種類はあるぞ……。なんだこれ……無駄に豪華だな)
騎士に魔道士にサムライ、それから銃士やアサシン。
機械族に獣人族、エルフや魔人だっている。
自在にデザインできる個性的なアバターを作るだけで、
何時間だって遊べそうな気がした。
(……よし。この顔パーツと髪型パーツを組み合わせて、種族はサイボーグにしよう)
甘いマスクに鮮やかな銀髪。
サイバーチックな強化外骨格を纏ったアバターを夢中で作成していると、
明日美ちゃんが僕の腕を不意に掴んだ。
「清志郎さん、怖い顔してますよ……」
「えっ? 僕……が?」
「……映画に登場するような殺人鬼みたいでした。目つきとか雰囲気が……」
「嘘でしょ?」
そう言いながらも、僕は重く暗いものが胸に広がるのを感じていた。
なぜなら、部室で『遊ンデハイケナイ』をプレイしていた時の、
甲斐(かい)やオミの狂気染みた顔が脳裏に浮かんだから。
「……清志郎さんだけは、私の味方でいてくださいね」
まるで敵がいるような、
裏切りものがそこかしこに潜んでいるみたいに言って、
彼女は僕の腕にしなやかな腕を巻きつけた。
すると、オミがいつも熱視線を注いでいた、
豊満なバストが僕の痩せた腕を挟み込んだ。
「あ、明日美ちゃん……」
柔らかな感触が容赦なく伝わってきて頭がクラクラする。
けれども、そのとてつもない破壊力のお陰で、
僕は狂気的なゲームに飲まれず、
ある種の冷静さを取り戻しつつあった。
(……ゲームにはまっちゃダメだ。僕は殺さないし、殺されない!生き延びて呪いを解き明かすんだ!)
自分に言い聞かせ、彼女の身体をそっと押し返す。
そして、勇ましく笑って(たぶんぎこちなかったけど)、
明日美ちゃんを真っ直ぐに見つめた。
「とりあえず、軽くプレイしてみよう……」
アバターを作り終え、『登録する』ボタンを押すと画面が暗転し、
ゲームの読み込みを知らせる『Now Loading』の表示が浮かびあがった。
(どう見ても普通のゲームなんだけど……)
どこか歪で気味が悪い。
それは、真っ黒な画面に血文字フォントで、
『昨日は107人死にました』と書かれていたからに違いない。
僕は自分にそう言い聞かせて、読み込みが終わるの待った。
瞬間――。
た……す、け……て。
喉の奥底から絞り出したような声が耳に滑り込んできた。
「わあああっ!」
思わずのけぞる。
しかし、 明日美 ちゃんはキョトンとしている。
「どうかしましたか?」
「いや、その……いま、どこからともなく」
そこまで言って、僕は言葉を飲み込んだ。
これ以上、彼女を脅えさせちゃいけない。
そう考えた僕は、笑って誤魔化し画面に視線を戻した。
「あっ、ほら……ゲームが始まったよ!」
「外骨格を纏った戦士が、現代の街にいるのってなんだか不思議ですね……」
「……違和感が半端ないね」
精密なドットで描かれた街がゲームの舞台であり、
僕のアバターが出現したのは、
吉祥寺駅のバスターミナルだった。
「とりあえず、周囲を歩いてみようか?」
「敵に見つからないように気をつけてくださいね……」
神妙な顔で頷き、
地図アプリを扱うみたいに移動したい場所をタップする。
僕はひとまず、吉祥寺通りを進み、
五日市街道を目指すことにした。
(僕の住む街が、細かい部分まで再現されてる……)
吉祥寺バルコに西急百貨店。
自分が通う 千里鈴蘭大学へと続く道を歩いていると、
画面が不意に明滅し、テキストボックスが表示された。
『他プレイヤーをミツケマシタ』
「……えっ?」
「画面の上! 五日市街道の交差点に獣耳のアバターがいますよ!」
テキストボックスを読み上げると、
明日美ちゃんが僕の腕に華奢な身体を押しつけ、
男受け抜群のベビーフェイスを急接近させた。
「相手はこっちに気づいていないみたいですよ!」
「う、うん……」
生まれてこの方、彼女なし、女子にろくに触れたことなしの僕は、
顔が 火照(ほて)るのを感じながら次に表示されたテキストを目で追った。
『コマンドを選択シテクダサイ』
①フライパンで殴る
②車道に突き飛ばす
③ピコピコハンマーで殴る
「出た……攻撃コマンドだ」
ゲームにハマッたオミが何度も何度も選択し続けたコマンド。
それが今、目の前にズラリと並べられている。
「あっ……えっと、戦うしか方法がないのか?」
選択肢を迷った挙句に誤る。
それが僕の人生。
けれども迷っている間も、ゲームの中では時間が流れている。
「と、とりあえず! ③番!ピコピコハンマーで殴る!」
僕がそう叫ぶよりも先に、 明日美ちゃんが動いた。
そして、②番のコマンドを指で弾いてしまった。
「このゲームは殺らないと殺られるんですよ!オミくんみたいに!」
明日美ちゃんは強い口調でそう言って、
僕の肩を揺らした。
その行為は僕を助ける為だったのかもしれないけれど、
彼女の瞳がギラギラと輝いているように見えて、
僕は全身がそそけ立つような怖気を覚えた。
でも、それ以上に不気味に思えたのが――、
「相手のアバターが死んでる……」
車に 轢かれて地面の染みになり、
腸やその他の内臓をぶちまける敵アバターの 骸(むくろ)だった。
『おメでとうございまス! 1万円が口座にフリコマレマシた!』
チーン! ファファ~ン!
いかれたメッセージが表示され、
レジスター音とファンファーレが鳴り響く。
僕は虚ろな目で、ドット絵の死体をぼんやりと眺めていた。
その様子を誰かに監視されているとも知らずに。
「これで犠牲者は108人か……。どうやら……この街に、殺人鬼セクメトがいるのは間違いないようだな」
神凪 永久――は見ている。
スマホを握り締め『遊ンデハイケナイ』をプレイする、
武藤 清志郎 と遠山 明日美を。
清木場 広臣が首を切り落とされる直前、
清志郎のすぐ傍を通りかかった彼女は、
苛立ちを含んだ瞳で二人を睨み、
溶けるように人混みの中へと消えて行った。
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