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beast太宰の女体化です。
公式のbeastでは太宰は死ねたけど、この世界線では死ねなくて、太宰以外の全ての人間が死んでしまった世界線です。
太宰だけ異能無効化で生き残っちゃった的な
灰色の雲が垂れ込める世界で、ただ一人、太宰治は歩いていた。かつての横浜の面影は、崩れ落ちたビル群と、誰の影も落ちることのない静まり返ったアスファルトによって、完全に塗り替えられている。かつては人々の活気と怒号に満ちていたこの街も、今や墓標よりも静かな死の園だ。
太宰の黒いロングコートの裾が、瓦礫の上で乾いた音を立てて揺れる。彼女の細い体は、この滅びた世界においてあまりに心許ない。男として生きる世界線ならば、どれほど強靭でなければならなかっただろう。だが、最初から女として生まれたこの世界で、彼女は細い手足と、しなやかな身体能力、そして誰よりも冷徹な頭脳を持って、ポートマフィアの頂点に座していた。
しかし、そのすべては何の意味もなさなかった。世界は狂ったように異能の濁流に飲まれ、瞬く間に生命を吸い上げたのだ。彼女の「人間失格」だけが、彼女をこの絶望的な孤独の中に置き去りにした。
「……誰も、いないねぇ」
呟いた言葉は、風にさらわれてどこへも届かない。彼女の瞳には、かつて織田作之助と語り合ったバーの風景も、中原中也と繰り返した血みどろの喧嘩も、すべてフィルムのように焼き付いている。だが、それらはもう二度と再生されることはない。
太宰はふと、足元に転がっている帽子に目を止めた。それは中原中也が被っていたものだ。彼は、最後の一瞬まで戦い続けた。世界が死に絶えるその瞬間まで、異能の嵐に立ち向かい、そして力尽きた。その帽子を拾い上げ、埃を払う。華奢な指先が震えることはない。ただ、その瞳から、静かな色が消えていくのが分かった。
「中也、君も逝ってしまったんだね。……ひどいよ。私だけを置いていくなんて、本当にひどい男だ」
口元に浮かぶのは、いつも通りの嘲笑に近い微笑み。しかし、その声はひどく掠れていた。女として生まれた太宰治は、男として生きる彼よりも、どこか壊れやすく、そして強靭だった。彼女は泣かない。この滅びた世界で、涙を流すことすら贅沢な行いだと思っている。
彼女はただ、中也の帽子を胸に抱き寄せ、立ち尽くした。周囲には異能の残滓が、まるで霧のように漂っている。あの時、何かが違っていれば、私たちはまだあそこで、二人で酒を酌み交わしていたかもしれない。中也が私に怒鳴り、私がそれを軽くいなす。そんな、取るに足らない、ありふれた日常。それがどれほど愛おしく、手の届かない場所にあるかを、太宰は理解していた。
「ねえ、織田作。私は守りたかったよ。君の小説も、あの街も、みんな。でも、私は最初から、守るものなど何一つ持っていなかったのかもしれない」
彼女はゆっくりと、最も高いビルの屋上を目指して歩き出した。かつての『BEAST』の世界線で、男の太宰が選んだ道。しかし、この世界で女として生まれた彼女は、死ぬことも許されない。異能無効化という名の呪いが、彼女を死の淵から引き戻し続ける。
足が重い。髪が風に煽られ、彼女の細い肩にまとわりつく。かつて中也が乱暴に掴んだその長い髪を、彼女は無意識に指で梳いた。彼の荒っぽい手の感触が、まだそこに残っているような気がした。それが幻想だと理解していても、太宰はそれを手放すことができなかった。
空を見上げると、厚い雲の切れ間から、わずかな光が差し込んでいた。その光は、この世界を救うものでも、彼女を赦すものでもない。ただ、無慈悲にすべてを照らし出しているだけだ。太宰は笑う。乾いた、絶望的な笑い声が、廃墟の街にこだました。
「さて、次はどこへ行こうか。死体も動かないこの街で、私は一生をかけて、誰の姿も探さない旅を続けるとしよう。それが、私に与えられた唯一の罰なのだから」
彼女はそのまま、中也の帽子を深く被り直した。それは彼女の頭には少し大きく、ずり落ちそうになる。それを直す仕草さえ、あまりに孤独で、そして痛々しいほどに美しかった。彼女の孤独は、世界そのものよりも重く、深く、そして誰にも測ることはできない。
誰もいない世界で、彼女は今日も歩く。かつて愛した者たちの面影を、その心臓という名の空洞に詰め込んで。彼女の旅路には終わりがない。彼女という人間が存在し続ける限り、この世界は、彼女にとっての巨大な棺桶であり続けるのだ。
風が止んだ。世界が沈黙する。太宰治はただ、その孤独という毒を飲み込みながら、崩れゆく未来へ向かって、一歩ずつ、その細い足を動かし続けた。彼女が何を見、何を感じ、何を守ろうとしたのか。それは、この滅びた歴史の中に埋もれ、永遠に語られることはないのだろう。それでいいと、彼女は思った。誰にも知られず、誰の記憶にも残らず、ただ自分という存在だけが、この死の世界を歩み続ける。それが、彼女にとっての、せめてもの愛の形だった。
コメント
8件
太宰さんの異能がこんな儚い結末を迎えるとはッッ……文字でこんなにも情景を繊細に伝えられるのが凄いッ~‼(´・ω・`)――あ、しんどい時はちゃんと休んでください。何があったのかはわかんないけど、夏の穂さんが元気でいてくれるのがなんだか嬉しいので。すみません。勝手にコメントを読んでしまう不束者なので…長文失礼しました。)
うわあ……読んでいて胸がぎゅっとなりました。beast太宰の女体化で、しかも「人間失格」ゆえに唯一生き残ってしまうという設定がもう切なすぎます。中也の帽子を拾うシーン、サイズが合わなくてずり落ちる帽子を直す仕草に、彼の不在が痛いほど滲んでいて……「誰の姿も探さない旅」という台詞に、彼女の覚悟と絶望が凝縮されている気がしました。孤独を罰として受け入れる強さと脆さ、どちらも美しく描かれていて、胸が締め付けられました。