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29話 「追跡の影」
倉庫での生活は三日目に入った。
少女――まだ名前は聞いていないが、心の中では「ルーラ」と呼んでいる――は相変わらず無口だ。
だが、掃除や料理を自然にこなすあたり、長く家事をしてきた習慣があるのだろう。
この日も昼下がり、俺は外のベンチで昼寝をしていた。
薄い雲を透かした陽射しが心地よく、まどろみの中で、背後に足音を感じる。
「起きてください」
ミリアの声だ。
「どうした?」
「妙な奴らがうろついてます。こっちを見ては隠れるのを繰り返してる」
ギルドの依頼帰りらしい商人風の男が、路地の角でこちらを覗いていた。
目が合うと、すぐに背を向けて去っていく。
倉庫に戻ると、ルーラが鍋をかき回していた。
匂いからして野菜と鳥肉のスープだ。
俺たちの顔色を見て、手が一瞬止まる。
「……何かあったの?」
初めて彼女の口から声が出た。
小さいが、はっきりとした声だ。
「追っ手かもしれない。しばらく外出は控えてくれ」
そう言うと、ルーラは小さく頷いた。
食事を終えると、俺とミリアは交代で周囲の警戒に出る。
夕暮れ、路地を巡っていると、先ほどの商人風の男が別の二人組と話しているのを見つけた。
手には簡易の武器、腰には短剣。商人にしては物騒すぎる。
こちらの視線に気づいたのか、奴らは散り散りに消えた。
だが、背筋に嫌な予感が残る。
倉庫に戻ると、ルーラは入口の影に座って待っていた。
「……帰ってこないかと思った」
その言葉に、ほんのわずかな不安が滲んでいた。
「大丈夫だ。まだ奴らは手を出してこない」
安心させるように言うと、彼女は小さく息を吐き、奥に戻っていく。
夜、焚き火の灯りの中でミリアが呟く。
「……あの子、多分自分が狙われてる理由を知ってますね」
「だろうな。でも、まだ話す準備はできてない」
ルーラの背負っているものが何であれ、俺はそれを急かすつもりはなかった。
――ただ、この静かな日々が長くは続かないことだけは、確信していた。