テラーノベル
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30話 「静寂を破る刃」
夜更け、倉庫の外はひどく静かだった。
虫の声すら途絶え、代わりに風が壁をなぞる音だけが響いている。
そんな中、俺は寝台の上で目を開けたまま天井を見つめていた。
――何かがおかしい。
外で足音がしたわけじゃない。
気配だ。
野営や旅暮らしを続けてきた中で身についた、説明のつかない感覚が、背筋を冷たく撫でる。
隣でミリアも身を起こしていた。
彼女の瞳も、闇の向こうに何かを探している。
「……来ます」
「やっぱりか」
俺は腰の剣を抜き、入口へ向かう。
鍵を外す前に、反対側から小さなノック音が響いた。
三回、間をおいて二回。
合図のようだが、当然、心当たりはない。
静かに扉を開けると、外の闇から黒い影が飛び込んできた。
咄嗟に後退し、剣を振るう。金属音が短く鳴り、相手の短剣が弾かれる。
「おいおい、いきなり襲ってくるとは無礼じゃないか」
口の中で毒づくと、影の後ろからさらに二人の男が現れた。
全員、粗末な革鎧に武器。動きは素人ではない。
「ルーラを渡せ」
低い声が倉庫内に響く。
振り向くと、奥の寝台でルーラが小さく息を呑んでいた。
「……知り合いか?」
問いかけても、彼女は首を振らない。だが、その目には確かな怯えがあった。
男たちが同時に踏み込んできた。
俺とミリアがそれを迎え撃つ。
剣と剣が打ち合う音、足元を転がる木箱、粉塵が舞い上がる。
一人を壁際に追い詰めた瞬間、背後から獣じみた唸り声が聞こえた。
入口から、鎖につながれた中型魔物――二メートル近い黒毛の狼が引きずり込まれてくる。
牙は短剣のように鋭く、目は血走っていた。
「こいつは面倒だな」
俺は片手で剣を回し、もう片方で懐の短杖を握る。
短く呪文を唱え、足元の板床に魔力の陣を描く。
次の瞬間、陣から迸った光が狼の足を絡め取った。
魔物が一瞬怯んだ隙に、ミリアが横から槍を突き入れ、肩口を貫く。
しかし、それでも倒れず暴れ回る。
「くそ、しぶとい!」
俺は陣をさらに展開させ、炎の帯を足元から立ち上らせた。
狼は苦鳴を上げ、ついに崩れ落ちる。
その間に男たちは後退し、暗闇に紛れて逃げていった。
静寂が戻る。
息を整えると、ルーラがそっと歩み寄ってきた。
「……あなたたち、なぜ助けたの」
「理由なんて単純だ。見過ごすのが嫌いなだけだ」
そう答えると、彼女はほんのわずかに唇を噛んだ。
「……あの人たち、たぶん私を……」
言いかけて、首を振る。
「いい。まだ言えない」
「わかった。無理に聞かない」
その返事に、ルーラは驚いたように目を見開いたが、すぐに俯いた。
後片付けをしていると、ミリアが小声で言う。
「やっぱり、あの子の過去は普通じゃないですね」
「ああ。けど、それを知るのは、彼女が話す気になった時でいい」
その夜、倉庫の外では、遠くから誰かがこちらを見ている気配が最後まで消えなかった。
嵐の前の静けさ――そんな予感が、胸の奥で渦を巻いていた。
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