テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
深冬芽以
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
喉が、内側から爆ぜたような感覚だった。
私の喉から放たれた真紅の光は
暗号という名の「祈り」となり、ミチルの胸元に埋め込まれた端子へと逆流していく。
パンドラの全機能を司るミチルの「心臓」が
私の声の波形に耐えきれず、パチパチと火花を散らして崩壊を始めた。
『あ、ああ…あったかい……お姉様の、匂いがする……』
ミチルの瞳から黒い液体が消え、透き通った涙が溢れ出す。
支配されていた絶望が浄化され、彼女の肉体は電子の砂となって、温室の夜風に溶け込んでいった。
日本中の停電が次々と復旧し、暴走していたインフラが息を吹き返す。
パンドラという呪いが、今、物理的に消滅したのだ。
……だが、消滅の直前。
ミチルは私の手を強く握りしめ、その最後の一呼吸で、私の脳裏に直接「映像」を叩き込んだ。
『……栞ちゃん。パパは……死んでなんかいないわ。パパは、自分の肉体を捨てて、パンドラの「その先」へ行ったのよ』
「……え?」
『海が見える、あの断崖の下。お母様の水槽があった場所の、さらに深く。……「地獄の底」で、パパはあなたの声を待っているわ』
ミチルの体が完全に消え、私の手には彼女が着ていた制服のリボンだけが残された。
「栞さん!!」
九条さんが駆け寄り、膝をついた私を抱きとめる。
私の喉からは、もはや音にならない掠れた呼吸音しか漏れない。
鮮血が九条さんの服を赤く染める。
九条さんは、記憶を失っているはずなのに、必死な形相で私の顔を覗き込んだ。
「……もう喋るな! 終わったんだ…すべて終わったんだよ!」
私は、首を横に振った。
まだだ。まだ、終わっていない。
美波が命を懸けて守ってくれたこの場所で、母を解放し、叔母を弔った。
けれど、すべての元凶であるあの男——渡邉 誠が、この地の底で生きている。
その時、地響きと共に温室の床が大きく傾いた。
ミチルの消滅により、温室の構造を維持していた磁力制御が失われたのだ。
「お姉ちゃん、危ない!」
蓮が叫ぶ。
崩れゆく温室の地下、巨大な縦穴の奥底から、一筋のサーチライトが天に向かって放たれた。
そこには、潜水艦のような重厚なハッチが姿を現していた。
ハッチの表面には、父の筆跡でこう刻まれていた。
【ようこそ、栞。私の新世界へ】
九条さんは、そのハッチと私を交互に見た。
「……下か。…栞さん、君が行くなら僕も行く。記憶がなくても、この体が君を守れと言っているんだ」
血に染まった手を、九条さんが力強く握りしめる。
母の愛も、美波の贖罪も、ミチルの絶望も。
すべてを飲み込んだ「地獄の底」への扉が、今、重々しく開かれた。