テラーノベル
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ハッチの奥に続く長い螺旋階段を降りた先
そこは潮騒の音すら届かない、静寂に満ちた巨大な地下ドームだった。
「…何だ、ここは……」
九条さんの呟きが、冷たい空気の中に白く消える。
広大な空間を埋め尽くしていたのは、何千、何万という数の透明なカプセルだった。
その中には、10年前の事件で「行方不明」や「事故死」として処理された人々が
まるで眠っているかのように、瑞々しい肉体を保ったまま保存されている。
クラスメイトだった沙織や真由美、そして……
かつて父に「掃除」されたはずの政財界の要人たち。
彼らは死んだのではなく、父の「新世界」のパーツとして、ここで生かされていたのだ。
「……ようこそ、栞。私の新世界へ」
ドームの中央、クリスタルのように輝く巨大なサーバータワーの前に、一人の男が立っていた。
渡邉 誠
10年前と寸分違わぬ若々しい姿。
だが、その肌は不気味なほど血色が良く、瞳には人間特有の「揺らぎ」が一切ない。
私は九条さんに支えられながら、一歩前に踏み出した。
喉はすでに限界を超え、呼吸をするたびに火傷の痕がズキズキと脈打つ。
もはや、音を出すことは不可能に近い。
「驚いたかい? 私は肉体の老化という『バグ』を克服したのだよ。パンドラを通じて集めた何百万人の生体データ…それをこの『エデン』で循環させ、私は永遠のシステムとなった」
父は愛おしそうにサーバータワーに手を触れた。
「ミチルも、お前の母親も、すべてはこの瞬間のための素材に過ぎなかった。……栞、お前の声は最後の一欠片だった。母の脳を壊し、叔母を浄化したその『破壊の声』こそが、このエデンを完全なものにするための『最終キー』だったんだ」
父の言葉と共に、ドーム中のカプセルが一斉に青白く発光し始めた。
『……苦しい、…苦しいよ……』
ドームのスピーカーから、カプセルの中にいる者たちの、無意識の悲鳴が合成されて流れる。
父はそれを「最高の賛美歌」と呼び、恍惚とした表情を浮かべた。
「さあ、栞。その美しく壊れた声で、私を褒めておくれ。私をお前の神として認めると、一言…いや、一音だけでいい。それをシステムが感知した瞬間、エデンは地上へと拡張される」
「……っ、…ふざ、けるな……!」
九条さんが銃を構えた。
だが、父が指を一振りするだけで、九条さんの銃は目に見えない重圧によって粉々に握りつぶされた。
「九条君。記憶のない君に、私の娘を守る資格はない。……栞、お前の答えを聞こう」
私は、父を見つめた。
愛していた、優しかったはずの父の面影はどこにもない。
私は震える指で、自分の喉にある「火傷の痕」を強く押し込んだ。
声は出ない、けれど、私には「文字」がある。
私は、蓮が持っていたタブレットを奪い、一気にメッセージを打ち込んだ。
【父さん。あなたは神様じゃない。ただの、寂しがり屋の幽霊よ】
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深冬芽以