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昨日の恐怖に比べれば、まだ痛くないのかもしれない、そんな風に思った。
好きな人がいるなら、黒崎さんとはもう会わない方がいいだろう。
黒崎さんにまた会ってしまうと、もっと好きになってしまうだろうから。しばらくは連絡も控えよう。
こんなかっこよくて、優しい人に好きになってもらえる女の子ってどんな子なんだろう。
私は心の底から二人のことを応援できるだろうか。
「そうなんですね!良かったらまた紹介してくださいね」
私の作り笑顔がバレてしまったのか、黒崎さんはどこか寂しそうな顔をして頷くだけだった。
「行きましょうか?」
黒崎さんが自分の車を出してくれた。車に私は詳しくはないが、外車であることはわかる。
「通勤には使いません。ちょっと遠くに行く時とかに使います」
そう彼は言っていた。
黒崎さんの洋服を着ていたため、着替えるために自分のアパートに一度寄ってもらった。
思ったより離れていない距離に住んでいることがわかった。
すぐ着替え、彼の車に再び乗り、十分程度で警察署に着いた。
私は、証拠となるもの、あの人の連絡先と黒崎さんが撮ってくれていた音声を持ち、警察署の中へ入った。
受付で事情を話すと、個室のようなところへ案内され、女性の警察官に話を聞かれた。
思い出してしまい泣きそうになってしまうこともあったが、女性警察官がゆっくりと話を聞いてくれたおかげでなんとか我慢することができた。
調査をしてくれ、また連絡をくれると言うことだった。
警察署を出た瞬間、力が抜けた。
はぁとため息が漏れる。
近くのカフェで待っていてくれた黒崎さんに終わったことを伝えた。
「お疲れさまでした。大丈夫ですか?」
長い間待たせてしまったが、黒崎さんは疲れた顔一つしなかった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
そう伝えた時だった。
自分の指先が震えているのがわかり、思わず、両手を組んで誤魔化そうとした。
「無理をしなくていいですよ。恐かったですよね」
どうして彼は私の気持ちがわかるんだろう。
安心して泣き出しそうになった私の手を繋いで、近くの駐車場に駐めてあった車に乗る。
後部座席に案内をされ、黒崎さんも後部座席に一緒に座ってくれ
「もう大丈夫ですよ。よく我慢できましたね」
優しく頭を撫でてくれた。
彼がおいでというように手を広げてくれた。
甘えてしまっていいの?
今すぐにでも抱きつきたい気持ちを抑える。
黒崎さんには好きな人がいるんだ。
私が躊躇していると
「嫌ですか?」
彼が私に問いかけた。
嫌なわけがない。
首を横に振った。
ここで抱きしめられたら、もっともっと好きになってしまうから。
「嫌だったら離れてください」
彼はそう呟くと、私を優しく抱きしめてくれた。
あぁ、やっぱり落ち着く。
気がつくと、私も彼のことを抱きしめ返していた。
もう戻れそうにない、私は黒崎さんのことが好きだ。
例え、届かない想いだとしても自分の気持ちには素直になろう。
「少しは落ち着きましたか?」
低い声。耳元で囁かれた。
「はい。ありがとうございます」
もっとこうしていたい。だけど、離れなきゃ。
私は黒崎さんを抱きしめることを止めた。
「もっとこうしていたいですけれど……」
黒崎さんの言葉に動揺してしまう。
「愛ちゃん、気分転換をしましょうか?ドライブは好きですか?」
「ドライブ、あまり経験したことがないんですが、景色を見たりするのは好きです」
「そうなんですね。じゃあ、連れて行きたいところがあります。一緒に行ってくれますか?」
首を縦に振るしかなかった。
黒崎さんが連れて行ってくれたところは、車で一時間もしないところで、無料で公開をしている展望テラスのようなところだった。
気づけばもうすぐ夕暮れ。平日ともありテラスは混んではいなかったが、東京の街が一望できた。
「綺麗……」
黒崎さんが住んでいるマンションより遥かに高い。風が吹いていて、心地良い。
建物が小さく見え、夕方になってきたからか、街の明りも目立ち始めた。
こんなにたくさんの人が暮らしているんだ。
私も同じようにこの中で暮らしているけれど、世の中にはもっと辛かったり、大変だったり、苦しかったり、いろんな気持ちを抱えながら生きている人がいる。
私の悩みなんて、こんなたくさんの中に比べたらまだまだ小さいもの。
昨日の傷も、経験も、この先も思い出してしまうことがあるだろう。
でも、私はこうやって生きている。
それも、今は隣に好きな人がいる。こんな幸せなことはないよね。
「気分転換になりましたか?」
風に吹かれる髪を少しかきあげながら、黒崎さんが話しかけてくれた。
「はい、とっても。ありがとうございます」
この景色を見て、自分の悩みが小さいものに感じられた。前だけ向いて歩こう、そう感じることができた。
「俺も何か考えることがあったりすると、よくここへ来るんです。愛ちゃんと一緒に来ることができて良かった」
街の景色を見ながらそう話す黒崎さんは、夕日の光もあり、いつもはかっこいいのに、綺麗に見えた。
「帰りましょうか。また来ましょう」
思わず「はい」と言いそうになった。
けれど、ダメだ。「また」なんて約束をしてはいけない。
ここで、綺麗な思い出として終わりにしよう。黒崎さんが連れて来てくれたこの場所で。
私の「好き」という気持ちにさよならをしよう。
「黒崎さん!」
「どうしました?」
急に呼び止められて、彼は不思議そうな顔をしていた。
ふうと深呼吸をする。
「私、黒崎さんのことが好きです!」
ちゃんと目を見て伝えなきゃ。
本当は、俯いてしまいたかった。でも、前に進むと決めた。
「黒崎さんの優しいところ、かっこいいところ、全部好きです」
人生で初めての告白だ。良い言葉を考え、選んで伝えられる余裕などない。
「……」
黒崎さんは何も言わず、私の言葉を聞いてくれている。
「付き合いたいとかそんなことは思いません。私は、黒崎さんが笑って……」
あれ、どうしてだろう。
涙が頬を伝っていた。
最近、泣いてばかりだ。私ってこんなに弱かったのかな。
もう一言だけ伝えたい。
「私は、黒崎さんが笑って幸せでいてくれればいいからっ……」
そう伝えた時、黒崎さんは私のことを今までで一番強く抱きしめてくれた。
「女の子にそんなことまで言わせてすみません」
黒崎さんの胸の中で、目を閉じる。
終わったんだ。
明日から普通の生活に戻るだけだ。大学に行って優菜と話して、アルバイトに行って。
黒崎さんという存在が私の中でいなくなるだけ。
「優しくしないでください」
私の手は下に降ろしたまま。彼に触れてはいけない。
「黒崎さんに優しくされたら、もっと好きになっちゃいます」
私は、黒崎さんから離れようとした。だけど、彼が離してくれなかった。