コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「黒崎さん……?」
「本当は、俺から伝えるつもりでした」
何をだろう。
「俺は、愛ちゃんのことが好きです」
「えっ?」
黒崎さんには好きな人がいると言っていたのに。
「俺が好きな人っていうのは、愛ちゃんのことですよ」
「へっ?」
黒崎さんが私のことを好きだなんて、あり得ない。そんなはずない。
「俺たちが初めて会ったのは、あの日じゃないんです」
あの日じゃない?私がカバンからいろんな物を落として、黒崎さんが手伝ってくれた日ではないってこと?
「最初に見かけたのは、バスの中でした。愛ちゃんがお年寄りに席を譲っているのを見かけました。俺には珍しい光景だったので、印象に残っているんです」
「それだけじゃない。駅の近くで車が動けなくなっていたことを覚えていますか?」
そういえば、そんなことがあったような気がする。
「あなたは女の子なのに運転手にハンドルを握らせたまま、恥ずかしがることもなく一生懸命車の後ろを押していました。安全なところに駐車させるために。俺が手伝った時には、愛ちゃんの手は車の汚れで真っ黒でした」
あの時、黒崎さんも手伝ってくれていたんだ。
全然気がつかなかった。
「乗っていた運転手がお礼にお金を渡そうとしていましたが、あなたは断ってすぐどこかに行ってしまった」
「その時、バスで席を譲っていた子だって思い出したんです。まだ日がそんなに経っていなかったので、愛ちゃんの顔を覚えていました」
なんだか恥ずかしい。
「偶然なんですが、愛ちゃんの働いているカフェに行ったことがあるんです。仕事の関係で待ち合わせをしていました。その時、違う席のお客さんが珈琲をこぼしてしまったんです。愛ちゃんはその方の火傷とか洋服とかを気にして、手伝っていました。優しい言葉もかけていた。でも、見てしまったんです。ちょうど、近くを通っていたあなたにも珈琲がかかってしまっていた。淹れたてだったので、熱かったでしょう?でも、愛ちゃんは自分よりお客さんを優先していました」
珈琲をこぼすお客さんは比較的多いため、あまり覚えてはいなかった。
自分にかかり、熱かったことがあったということは覚えている。
その時、黒崎さんがお店に来ていたんだ。
「短期間に愛ちゃんを見かけることがなぜか多くて、そして見かけるたびに愛ちゃんは人のために何かをしていました」
「優しい子なんだなって思っていました。それで偶然、あの時会うことができて……。俺、初めて話した時、緊張をしていたんですよ?」
黒崎さんは笑いながら、照れくさそうに話してくれた。
「二回目にあの場所で会った時、嬉しかった。また会えるとは思っていなかったから。普段なら絶対聞かないはずの女の子の連絡先を自分から聞いてしまいました。連絡先を交換してやり取りをする中で、変わらず愛ちゃんは良い子だった。こんな子と付き合うことができたら、毎日が楽しいんだろうなって思いました」
「そして、あんなことが起こって。もう二度とあんな思いはさせたくないと思った。俺が守らなきゃって」
黒崎さんが前から私のことを知っていたなんて。
「少し時間が経ってから、告白するつもりでした。でも愛ちゃんから言わせてしまった。俺も自信がなかったから、嬉しかった。俺から、もう一度言わせてください」
黒崎さんは一旦、私を抱きしめることを止め、私と視線を合わせた。
「愛ちゃんのことが好きです。付き合ってください」
こんな奇跡って起こるの?
私の返事は決まってる。
「はい!」
そう言って、黒崎さんの胸に飛び込んだ。
「変じゃないかな?」
鏡を見ながら、服装、髪型、化粧の確認をする。
洋服は先日、優菜と買った水色のワンピース、髪の毛は少し巻いてみた。
今日は生まれて初めて「彼氏」とのデートである。
先日、黒崎さんに告白をした。
フラれると思っていた恋は、奇跡が起き、黒崎さんと付き合うことになった。
もともと今日は、付き合う前から食事の約束をしていた土曜日だ。
時間になったら、彼が私が住んでるアパートまで車で迎えに来てくれると言っていた。
昨日も彼と一緒にいたはずなのに、緊張する。
その時、スマホが鳴った。
<着きました>
彼からの連絡だった。
アパートの鍵を閉め、彼が待っている車へ向かう。
「お待たせしました」
そう言いながら、助手席のドアを開ける。
恥ずかしくて、彼の顔を見ることができない。
「おはようございます。今日は、雰囲気が違って可愛いです」
黒崎さんが恥ずかし気もなくそう言ってくれる。
「いつも可愛いですけどね」
そんなことを言われたことがない私は
「可愛くないです」
否定をするしかない。
ふと、黒崎さんを見た。
スーツ姿の彼もカッコいいが、私服姿も新鮮だった。
薄手の黒のジャケットとグレーのインナー、体系に合ったジーンズ。
少し長めの髪の毛は、今日はワックスがついているのかオシャレにはねていた。
思わず見惚れてしまう。
じっと彼を見つめてしまっていた私に
「どうかしましたか?」
首をかしげる黒崎さん。
「いや……。あの、カッコいいなと思って。いつもカッコいいですけど」
黒崎さんと同じセリフを言ってしまった。
クスっと笑って
「両想いですね」
そう彼は言ってくれた。
「出発しましょうか?」
「どこに行くんですか?」
場所は黒崎さんが考えてくれると言ってくれたから、聞いていなかった。
「着いてからのお楽しみです。少し遠いところに行くので、疲れたら言ってくださいね」
「私は大丈夫ですよ。黒崎さんも疲れたら休憩してくださいね」
「ありがとうございます。あ、飲み物買ってきたんで、好きな方選んでください」
信号で止まっている間に、後部座席から飲み物を取ってくれた。
レモンティーとピーチティー、どちらも私が好きな紅茶だ。
「どっちも好きなんです。ありがとうございます。黒崎さんはどっちがいいですか?」
彼は珈琲が好きなイメージだけど、私のために紅茶を選んでくれたのかな。
「俺もどちらでも大丈夫です」
「うーん……。どっちにしようかな」
悩んでいる私に
「じゃあ、半分こしましょうか?」
「あっ、いいですね」
簡単に答えてしまったがよく考える。
半分ずつと言うと、二人で同じ飲み物を飲むということになる。
優菜とご飯に行ったときは、よくシェアをすることがあるけど。
相手が黒崎さんとなるとなんだかドキドキしてしまった。
ドキドキしてしまったためか、余計に喉が渇いてしまった。
「レモンティー、いただいてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
レモンティーを飲む。
黒崎さんは喉は乾いてないのかな。
「黒崎さんは、飲みますか?」
運転をしている彼に問いかける。
「あ、そうですね。一口もらいます」
どっちを飲むんだろう。
私が飲んだ方を渡したら失礼かな。
でも飲んでいない方を渡したら、拒否をしていると思われちゃう……?
思いきって私が飲んでいた方のレモンティーのキャップを開けて渡す。
「ありがとうございます。キャップとってくれたんですね」
何も違和感なく、彼は普通にレモンティーを飲んだ。
ふぅと深呼吸をしたくなった。
こんなことでいちいち動揺をしていたら、身が持たないよ。