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下総国 関宿城 簗田高助
「父上、妹たちの引き渡しが完了しました。本当によろしかったのですか?」
「公方様も幼いあの子たちに惨いことはするまい。あの子たちを助けるにはあれしか方法がなかった。あの方が欲しがっているのはこの儂の首だからな。それよりもお前たちは本当に逃げなくてよかったのか?もう後戻りできんぞ」
元服したばかりの嫡男八郎、次男三郎四郎は甲冑姿のまま首を横に振る。
「援軍が絶たれ、身内すら見限った中でどこに逃げるというのでしょう。公方様は父上だけでなく我々の首も欲しておられるのです。最期まで父上にお供いたしますぞ」
「某も同じ思いです」
「この、愚か者たちが……いや、これも儂の責任だな」
若い息子たちを死地に運ばせたのは自分だ。本丸から外を見渡せば北条の兵も加わった大軍が関宿の城を包囲している。まさかこのような軍勢に囲まれることになるとは、儂は判断を見誤ってしまったのだろうな。
絶望的な戦力差を前に身体が震える。それが恐怖からなのか、あるいは武者震いなのか。
しかしながらあれだけ北条を疎んでいた公方様が彼の者たちの手をとるとはな。その矛先が儂でなければ素直に喜べたのもまた皮肉なものだ。
儂は古河のためを思って小山を排除しようとしたが、その儂が今や古河にとっての毒となったか。ならば毒は毒らしく最期まで無様に足掻いて見せようぞ。
「八郎、三郎四郎よ。お前たちには各守り口を担当してもらうことになる。敵は公方に北条、小山と坂東の実力者だ。彼らに簗田の名を轟かせるような働きを期待するぞ」
「任せてください。ひとりでも多くの者を冥土に道連れにしてやりましょうぞ」
「簗田の名に恥じない働きをいたします」
家臣らを含めた各々が配置につき、ついに戦の時が訪れる。関宿は江戸川に守られた自然の要害。十倍の相手でもそう簡単に破られるような柔な造りはしていない。
敵の恐ろしい声量の鬨の声に臆することなく、城に残った五〇〇の兵は櫓や逆茂木を上手く利用して敵の突破を食い止める。敵も数で押してくるが天然の堀となっている江戸川もあってそう容易く進めない。
山内上杉が敗れた今、援軍は期待できないがこのままいけば膠着状態には持っていけるのではないか。そう僅かな希望が見えたが次第にそれは曇っていく。
序盤は互角の戦況だったが、徐々に数の暴力に押されていき、戦線が後退していく。やがて守将の討死が本丸に届くようになってきた。
「申し上げます。会田内蔵助殿、討死!」
「搦手にて鮎川美濃守殿も討死になさりました!」
そしてついに。
「さ、三郎四郎様、ご討死にでございます!」
「……そうか、三郎四郎が逝ったか」
やがてそれぞれの守り口が突破され、城内に敵兵が殺到する。家臣たちも奮闘しているが、本丸が落ちるのも時間の問題だろう。
もはやここまでか。
「皆の者、儂は大広間に籠る!最期の時を迎えるまで何人たりともここに入れてはならぬ!」
「「「ははっ」」」
そして前線から呼び戻した八郎を残して他の者は大広間から出ていき、それぞれの死に場所へ歩みを進める。大広間には儂と八郎のみ。
儂は天井を見上げて呟く。
「八郎よ、儂がやってきたことは間違えておったのか……?」
「いえ、父上の危惧は決して間違っておりませぬ。ただ、少しばかり、運がなかったのかと」
「運、か。そう片してしまうのは簡単だが、やはり謀反という形にすべきではなかったかもしれぬ」
思えばもっと公方様に小山の危険を説くべきだった。小山は公方様が思っているような忠臣ではないと声を大にして言うべきだった。だがあまりに小山を信頼する公方様を見て儂はいつしか説得させるのを諦めてしまっていた。公方様の考えを変えられないのなら公方ごと変えるべきだと考えを改めてしまった。
その結果が今だ。謀反は失敗し、援軍は敗れ、公方様は小山と北条とともにこの城を落とそうとしている。
嗚呼、かつて公方様の右腕として古河足利家の復権に尽力した過去が遙か昔のように感じる。
あの頃も、今も、古河のために働いてきたという自負は変わっていなかったというのに。
「八郎……」
「はい」
「これは最期の命令だ。お前は儂の首をとって公方様に降るのだ。これが最期の親孝行だと思ってくれ」
「いいえ、いいえ……それだけはできませぬ。たとえそれで生きながられても某は死人同然です。某も冥土までお供いたします」
「そうか……儂に似ぬ、良き息子を得た。時代が違えば歴史に名を残す存在になれただろうよ」
そして甲冑を脱ぎ、腹部を開いて小太刀の先端を立てる。
「先に行くぞ、八郎」
腹を一文字に掻っ切る。そして背後から風切り音。
そのとき最期に浮かんだものは──
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琴寧