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――― 首は、有る。目の前の男性も……異常なし。 僕が幻覚を見ていた、なんて事も無い。
だとすればやはり僕は、あの時に殺された。それも痛みを感じず、一瞬で、命を刈り取られた。
しかも男性の首が落ちた時に少しだけ見えた肉の断面、相当な切れ味を持つ刀か、それに近しいものでないとあんなに綺麗に切れるはずがない。
となれば僕達を殺したのは……
「………一体落ち着いてくれ、向こうで何が起きてるんだ?」
「あ……あぁ…さっきも言ったけど、鎌を持った男が暴れてて…気が付いたら一面血だらけで大勢の人が倒れてたんだ…!!」
回答も、男性の焦り具合も『遡行』前と同じ。一言の変化も無く、全く同じ。
そしてこのまま時間が進めば、待っているのは『死』そのもの。『死』までの時間は凡そ数秒、刀を抜いて防御も出来ないだろう。
「そいつは今どこに居る?」
「……運転席の方に歩いてくのは見えてた…!!多分この列車を乗っ取るつ―――
「――― 黒影・深層領域!!」
空間支配系統魔術師との戦いで使用した術の一つ。
黒影・深層領域。 自分の半径7mの地面が影に占領されて一歩踏み入れるだけで飲み込まれてしまう術。自身の体を影と融合させ、攻撃を回避する事が可能だ。魔術師と戦った時の様に。
領域は男性の足元へと侵食し、男性の身体全体を黒い “何か” で包み込む。それと同時に、僕も影の中へと急いで避難する。
斬撃が僕達の居た場所で炸裂する。そのまま僕が来た車両のドアに大きな斬り傷を残し、『霞雲の術』が完全に斬り消される。
「(どうやら、回避には成功したっぽいな)」
このまま影から出て確認するか……?
いやしかし、まだ斬撃が繰り出されていた場合、再び斬られて『遡行』する羽目になるかもしれない。なら影の中で暫く大人しくしておくのが最適なのだが……、
「(『霞雲の術』が消された…… このままだと後方車両にも被害が出てしまう)」
やはり、出ざるを得ない状況。
生憎、斬撃を防御する術は『回避の術』か『黒影・深層領域』しか所持していない。なんなら『回避の術』は常に使用中だ、『遡行』前の斬撃を避ける事が出来なかった以上、あまり頼らない方がいいだろう。
「(あぁクソ、出るしかない!!)」
勢い良く影から飛び出し、僕は『太刀 鑢』を抜刀して斬撃に備える。着地と同時に、見えない斬撃が横切ったのを少しだけ感じた。
危険信号を感知した僕の身体は、 自然に第六感(っぽいモノ)を開花させる。―――斬撃が全て見える!!どこから飛んでくるのかが、全て感じる!!
……と言うのは冗談で、僕の『千里眼』が斬撃の先に居る人物。この騒動の主犯格の姿を捉えた。
それと同時に、『千里眼』のおかげで多少だが、斬撃を視認できるようになった。なんとも便利な術だ。
「かと言って全部見えてる訳じゃねぇ………視認出来なかった斬撃に気をつけないと…ッ!!」
喋り終わる直前で、斬撃が僕のズボンを掠めた。肉体に傷は付かなかったが、もろに喰らえば脚なんて簡単に真っ二つだっただろう。
………それでも、行くしかない。
この電車は11両編成、そして僕が居るのは一番後ろから4両目。
「『強制肉体強化』!! 」
僕は勢い良く一歩を踏み出し、前方車両へと走り出す。床が大きく凹み、周囲の窓ガラスがガシャガシャと揺れる。
いつもよりスタートダッシュが上手く行き、あっという間に車両1個分を通過した。2個、3個、4個、5個と進んで行く。
勿論だがその間、絶え間なく斬撃は浴びせられる。見える斬撃のみに神経を全集中させ、刀で軌道をズラす。ズラした斬撃がドアや窓ガラスに衝突し、大きな損傷を与える。
避けきれなかった斬撃は僕の腕と胸、横腹を抉る。突然の痛みに少々怯みながらも、力強く一歩、また一歩と踏み出して進む。
――― 常時『治癒の術』を使用しているとは言え、やはり痛いものは痛い。
「この先か!!」
速度を維持したまま、奥の車両に見える影を肉眼で捉える。鎌を両手に持ち、此方に向かって斬撃を飛ばして来ている。
――― 術を使うか?
否、『列狂・深紅桜』を使用した瞬間、斬撃を回避する為の『回避の術』が解かれ、先に斬撃が僕の体を貫くだろう。
ならば、相手の拘束が可能かつ妖力の消費量が少ない『月封』を使いたい所だが、この術も致命的な欠陥が存在する。
「………速すぎて無理!!」
僕自身の想像以上のスピードで移動していたが故に、『月封』の拘束対象を上手くロック出来ない。
『氷解銘卿』を使おうにも、敵が居るのは一番前、運転手が居る車両。関係の無い一般人を巻き込んだ挙句、無力化に失敗した敵との戦闘で妖力切れになる未来が見える。
未来が見えるというか、そんな感じがする。
なら、どうすればいい? 簡単な事だ、残る選択肢の中で最善の選択を取るしかない。 狂刀神から譲渡され、最強のバフとデバフを付与できる神器の一種―――
『無銘・永訣』を解放する。
――― 初めからこの選択肢を取らなかった理由は多い。
今の僕には”無銘・永訣”の刀身を上手く使いこなせるすべが無く、狂刀神に身を任せなければ妖力上限を超えて『あの時』の様に死ぬかもしれない。
故に、狂刀神に身体の主導権を握らせるのを避けたい……と言うよりら 出来ることなら『遡行』はあまりしたくない。
未だに『遡行』の全体を把握出来ておらず、回数制限や遡行の反動があるのかすら分からない状態なのだ。
もし『遡行』の回数上限が設けられていたら、たまたま次の死が最後だとしたら……。
「狂刀神、身体貸すから神器を解放しろ!!」
真っ黒な霧状の何かが腕を覆い、手に向かって収束し始める。
霧状の何かは刀の様なモノへと変化して行き、 黝く、造形からして死を漂わせる一本の刀が僕の手元に姿を現す。
勢い殺さず、何も喋らずに鎌を構える人物の急所を狙う。 心臓、首、脳。いずれかを斬れば人間は確実に死ぬ。
距離は凡そ7m、一振で決着がつくのは間違いない。間違いないのだが………、
――― 無銘・永訣の鞘が、消えない。
『断る』
残酷にもその一言で、場は一変した。
突き放す様な声と心が抉れる程の言葉の鋭さ、ほんの少しだけだが信頼していたモノに突然裏切られる気分。
狂刀神が身体の受け渡しを拒んだ時点で、この勝負は負けも同然。『無銘・永訣』の鞘が抜けなかった以上は、この僕に為す術ない。
「ウソだろっ……!?」
『無銘・永訣』の鞘と相手の鎌が接触し、派手に火花を散らす。 相手の鎌を弾け飛ばす事も、急所に一撃を喰らわせる事も出来なかった。
が、相手はあまりの勢いで迫ってきた『無銘・永訣』の衝撃を流しきれず、構えの姿勢が一瞬崩れる。
この隙を逃せば勝機は無いに等しい。このまま『無銘・永訣』でもう一撃入れたいが………、
「威力が足りねぇ!!」
鎌と『無銘・永訣』が交わり続け、互いの身体に少しだけ傷を与える。
刀身が露出していない。即ち、『無銘・永訣』本来の性能を引き出せる状況では無いのだ。
先程の一撃も、今までの移動速度と比例して蓄えられたエネルギーで漸く姿勢を崩せた程度。 これじゃまともに致命傷を負わせる事は絶対に無理だ。
ならどうする?
『無銘・永訣』は使い物にならず、『太刀 鑢』でもこの鎌から放たれる斬撃に耐えられる保証は無い。
それに、僕はこの電車の全乗客を護らなければ ならないと言う使命もある。考える事が多すぎて頭がパンクしそうだ。
そうして僕が導き出した、選んだ道は “敵を拘束する” 。ほんの数秒でいい、次の選択肢を選べる時間を確保したい。
移動中は速度の制限で使えなかったが、今は使える。確実に捉える事が出来る。
「『月封――――
――― しかし、その思惑は既に悟られていた様だ。
鎌を持つ男……鎌男が鎌を頭上でくるりと回転させたその瞬間。半径5メートルの範囲で無数の斬撃が繰り出される。
勿論、『回避の術』を常時使用しているとは言え、回避不能なモノは存在する。
避けきれなかった僕の肩から先、腹部、頭蓋、脚、喉が見事に斬り裂かれた。防御もろくに取れず、ただただ相手を拘束する事だけを考えていた僕を。
『………負けだな』
正に、 満身創痍。身体の傷という傷から大量の鮮血が溢れだしている。
様々な人間や神の死に際を見て来た、戦いに狂った神でさえも、この状態はもう死の道を歩んでいるらしい。
………目の前が暗くなる。脚に力が入らない。
【死ぬのか?】
もう出来ることは無い、この負傷で動ける訳が無い。動けたとしても、再び斬撃が僕の身体を斬り裂く。
【負けるのか?】
勝てない、僕は再びこの鎌男に殺されて『遡行』をする。あれほど拒んでいたのに、何も成せないまま、死んで行く。
【希望は無いのか?】
無い。裏切られ、期待に答えられなかった僕に、希望なんて無い。
【本当に?】
意識が遠くなって行く。瞼も斬られ、目を開けることすら出来ない。少しずつ、死に近づく。何も考えられない。
【君は―――、何だ?】
僕は、なんだ。
【何の為に戦っている?】
なんの……為に。それは……、
【君自身の為?】
僕、自身の……否、違う。
【じゃあ君は何の為に戦っている?】
僕は、人類の、敵となる『魔術師』を倒す為に。この、電車に乗る全乗客を護る為に。
【君は妖術師だ】
………そうだ、僕は――― 俺は、魔術師と妖を倒す為だけに戦う、日本最強の妖術師の息子だ。
【最後にもう一度だけ聞かせて欲しい、負けるのか?】
………負ける?………この俺が?東京大規模魔法事件の首謀者の一人である、空間支配系統魔術師『沙夜乃』を討伐した。この妖術師が?
「そんな訳、ねェだろォが!! 」
【僕はまだ諦めていない、この身体はまだ動き続けていた】
確かにこの身体は既に死に体同然、だがまだ心が折れていない。一番大事な信念が、まだ生きている。
「そうだ、君は彼と同じ妖術師だ。なら死ぬ間際まで足掻いて見せるんだ。私は見ている、この先も、ずっと」
知らない、一度も聞いた事のない声が聞こえる気がする。
いや、これは全て幻だ。俺はいまどうかしている。死ぬ寸前まで追い込まれて、トドメを刺される一歩手前だと言うのに。
諦めきれない。
「ヴォ”ォ”ォ”オ”オ”オ”ッ!!」
動かないはずの脚に力を入れ、一歩、鎌男の前へと踏み出す。仰け反った体を正し、鎌男の腹部へ手のひらを接触させる。
殴る訳では無い、その程度の攻撃で鎌男を仕留める事は出来まい。
――― 俺は妖術師だ、妖力をケチって負けるなんて、一族の恥。
『………ほぉ?』
刹那、俺の手のひらから、鉄をも溶かす程の熱を帯びた閃光が放たれる。
陽動、遠距離攻撃、回避などに使用すると昔から教わってきた妖術を、 まさかこんな形で使う事になるとは思っていなかった。
手をかざしたもの触れたものに熱を加える術。 鉄を変形させるだけの超高温も出すことが可能で、発動中は腕が黒く硬化する。
そして、意識を手のひらへと集中させ、一つの赤い球体を生成し、それを放つ。
「焔の神よ、私に寵愛を……!! 」
『焼炎』―――発動。
放たれた『焼炎』の球は鎌男の腹を溶かし、運転手に当たること無く、前方へと貫通して行く。
『焼炎』を放ったとは言え、致命傷となるダメージは与えられず 。鎌男の腹部がドロドロに溶けてしまっただけである。
「やっぱり、普通の人間ならこれで死ぬはずなんだけどな………お前『妖』、だろ? 」
腹部を失ってまで立ち続け、鎌を一度も離そうとしない。そして触れたからこそ分かる、この鎌男の内部から感じられる『妖力』。
実の所、『無銘・永訣』と鎌がぶつかった瞬間 で何となくそうだろうとは思っていた。
しかし、確信が持てなかった。『妖』と断言しうる証拠が足りない。
――― けれど、今ここで揃った。
ついこの間……と言うほど近くは無いが、俺は惣一郎と共に『妖』と『偽・魔術師』を討った。
その方法は魔改造された、対妖用に『妖力』が込められた弾丸を放つ銃を惣一郎が錬成し、撃ち殺した。
その時に俺は術を使って殺せたとは言え、『黒影・深層領域』の使用中で身動きが取れなかった。故に、俺の持つ武器以外で殺す必要があった。
そして今、俺のコンディションはどうだ?
全身ボロボロで『太刀 鑢』も地面に転がっていて。尚且つ『妖』本人と接触し、ほぼ身動きが取れない状態。
「だったら同じ手が通用するよなァ!? 」
鎌男が何かを察し、鎌を振り下ろす。
振り下ろした手が真正面に達するより先に、俺の頭が男の肘を強打する。地味すぎる、地味すぎる攻撃だが―――、
「良く持ち堪えた、妖術師。後はこの爺に任せな」
鎌男の片腕から放たれた斬撃に臆せず、俺の背後で照準を合わせる男が一人。 そこには、
――― 鋼鉄の錬金術師”晃弘”が立っていた。