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#子育て
都築七美
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都築七美
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翌日の昼休み。
悠真はデスクで目を閉じた。
(……少しだけ)
眠気に身を任せた、その瞬間。
視界が白い光に包まれた。
*
「……ん?」
目を開けると、そこには見慣れたオフィスがあった。
「黒川」
上司に呼ばれ、悠真は肩を揺らす。
「プロジェクトの準備、順調か?」
「え……?」
机の上を見る。
置かれているのは、自分が中心となって進めていたプロジェクトの資料だった。
「俺、外れてるはずじゃ……」
「何言ってんだ? 元はと言えばお前の案だろ。最後まで頼むぞ」
悠真は周囲を見回した。
会議から外されてもいない。
サポート業務にも回されていない。
(……戻ったんだ)
仕事も。責任も。自分の居場所も。
すべて、元通りだった。
けれど――。
(俺は、もう前みたいには戻らない)
*
その日は、十九時前に帰宅した。
「パパ!」
リビングにいた澪が、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おっと」
悠真は小さな身体を抱きとめた。
「今日は早いね」
夕食を作っていた楓が、不思議そうに振り返る。
「……うん」
悠真は澪を抱いたまま、その顔を見つめた。
「楓。俺……変な体験したんだ」
「変な体験?」
「楓と俺の立場が、逆になった世界」
「……夢?」
「俺もそう思った。でも、夢じゃなかった」
悠真は、そこで経験したことを話した。
保育園から呼び出されるたびに仕事を抜け、周囲へ頭を下げたこと。
大事な仕事から外され、少しずつ評価が遠ざかっていったこと。
「怖かった」
悠真は正直に言った。
「このまま置いていかれるんじゃないかって」
楓は何も言わず、聞いていた。
「でも、その怖さを……今まで全部、楓に押しつけてたんだよな」
楓の表情が揺れた。
「……私は、仕方ないって思ってた」
「楓……」
「そう思わないと、やってられなかったから」
悠真は息を詰めた。
「……ごめん」
「謝ってほしかったわけじゃないよ」
楓は静かに首を振る。
「ただ、分かってほしかった」
「……うん」
今度こそ、悠真はその言葉を受け止めた。
*
翌日の夕方。
「黒川、このあと打ち合わせ入れたいんだけど」
「何時からですか?」
「十九時。ちょっと長引くかもな」
悠真は一瞬、迷った。
断れば、評価に響くかもしれない。
大事な仕事を任せてもらえなくなるかもしれない。
逆転した世界で味わった恐怖が蘇る。
それでも――。
「すみません。今日は保育園のお迎えがあって」
「……そうか。じゃあ別日にしよう」
「ありがとうございます」
席へ戻る。
(怖くないわけじゃない)
出世が遠のくかもしれない。
評価が下がるかもしれない。
(でも、その怖さを楓だけのものにはしない)
*
「パパー!」
保育園から飛び出してきた澪が、悠真へ抱きついた。
「お待たせ」
小さな手を握り、歩き出す。
「パパ、きょうね――」
「うん」
悠真は今度こそ、娘の話に耳を傾けた。
(仕事も大事)
(澪との時間も大事)
どちらか一つだけが、自分の人生なのではない。
(これも、俺の人生だ)
*
それから数日後。
「まま! ぱぱ!」
保育園へ二人で迎えに行くと、澪が満面の笑みで駆けてきた。
「澪ちゃん、最近パパもよく来てくれるって嬉しそうですよ」
「……そっか」
悠真は照れたように笑い、澪の手を握った。
帰り道。
三人で並んで歩いていると、楓がぽつりと言った。
「私さ……ずっと、“仕事続けていいのかな”って思ってた」
悠真が足を止める。
「でも、最近は思わなくなった」
「……うん」
それ以上、言葉はいらなかった。
*
その夜。
澪を寝かしつけたあと、悠真は保育園の連絡帳を書いていた。
「ねえ」
「ん?」
「もし、また二人とも忙しくなったらさ」
楓が隣へ座る。
「一緒に悩もう」
悠真は少し笑った。
「うん」
どちらか一人が、仕事を諦めるのではなく。
どちらか一人が、育児を背負うのでもなく。
「“どっちかが我慢する”じゃなくて、一緒に考えよう」
「……うん」
楓も笑った。
正解なんて、きっとない。
仕事を優先すれば失うものがある。
家族を優先すれば、怖くなることもある。
だからこそ――その迷いも、怖さも、一人に背負わせない。
それが、二人の選んだ答えだった。
*
終電が去った、無人のホーム。
店主はスマートフォンの画面を見つめていた。
《Re:Birthプログラム》
《対象者:黒川 悠真》
《Case5:終了》
《価値観の更新:完了》
『……怖さを、分け合うことを選びましたか』
画面が切り替わる。
《成功:価値観の更新》
《効果:定着》
店主は小さく微笑んだ。
『それだけで、十分です』
スマートフォンを閉じる。
しかし、すぐに再び画面が灯った。
新たな名前のない、Re:Birthプログラム。
「さて……参りましょう」
店主の指先が、《送信》に触れる。
ポン、と小さな音が響いた。
光の粒が、暗い線路の先へ吸い込まれていく。
店主はその行方を見送り、楽しげに目を細めた。
「次の“物語”へ」
ホームの照明が、一瞬だけ瞬いた。
そして――誰もいなくなった。
コメント
1件
美月ゆめかだよ〜🌸! 第16話、読み終えたよ…! 悠真くん、ほんとに変わったね…! “逆転世界”を体験して、楓さんの怖さを自分のものとして理解できたのが、もう泣ける😭💕 「その怖さを楓だけのものにはしない」って決めて、ちゃんとお迎え優先したの、最高にエモい…! ラストの楓さんの「一緒に悩もう」が、もう全部を包み込んでて。 一人で背負わない家族っていいな🍀 店主の“次の物語”も気になる〜!! 続き楽しみにしてるよ⋆♡