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Nebraska
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ソラ
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ぴのん
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ああ……もう、胸がぎゅっとなった……! 「俺の恋人なんで」って、あの場面で咄嗟に出た言葉なのがまたいいんだよね。おらふくんがその後ずっと肩の温度を覚えてて、一人で反芻しちゃう感じとか、すごく分かる……好きな人に言われたら絶対忘れられないよ。 ドズルが何も気づいてない感じなのも、切なくてたまらん。おらふくんが「自分だけが知ってればいい」って思うとこ、尊すぎて読んでるこっちが照れるよ!次の話、もう待てない……。
仕事が終わった頃には、外はもう暗くなっていた。
建物を出ると、昼間より冷えた風が通りを抜けていて、おらふはジャケットの前を少しだけ閉じた。少し離れたところでは車が途切れなく走り、信号が変わるたび、横断歩道を渡る人たちの足音が重なって聞こえる。
今日はドズルと二人だった。
珍しいことではない。
収録や打ち合わせの都合で、最後まで残るメンバーが二人だけになることはあるし、駅まで一緒に歩くことだって何度もあった。
それでも、ドズルのことが好きなのだと気づいてからは、こういう何でもない時間が以前より少しだけ特別に感じられる。
だからといって、何かを期待しているわけではない。
ドズルはいつも通りで、おらふもいつも通り。
それでよかった。
「今日結構早く終わったね。」
ドズルが隣で言う。
「ですね。珍しく。」
「珍しくって何。」
「だいたい予定通り終わらんやないですか。」
「そんなことないよ。」
「ありますって。」
二人で笑いながら歩く。
ドズルが何でもない話をして、おらふが適当に返す。そんな会話をしているだけで、少し気分が軽くなる。
好きだから楽しいのか。
それとも、元々一緒にいて楽しい人だから好きになったのか。
最近は、もうどちらでもいい気がしていた。
多分、両方なのだと思う。
駅へ向かう途中、おらふが自動販売機の前で足を止めた。
「飲みもん買っていいです?」
「いいよ。」
ドズルも隣で止まる。
おらふが財布を出していると、少し離れたところから声をかけられた。
「あの。」
振り向く。
知らない人だった。
年齢は自分たちとそう離れていないように見える。
「はい?」
最初は道でも聞かれるのかと思った。
けれど、相手は少し笑って、おらふのほうだけを見る。
「今から暇ですか?」
「あー。」
その時点で、何となく意味が分かった。
「すみません、ちょっと。」
柔らかく断る。
いつもの調子で済ませられると思った。
ところが、相手は引かなかった。
「ちょっとだけでいいんで。」
「いや、ほんま大丈夫です。」
「友達待ってる感じ?」
「そういうわけやないですけど。」
言ってから失敗したと思った。
相手が少し明るい顔になる。
「じゃあいいじゃん。」
「いや、予定あるんで。」
実際には、駅へ帰るだけだった。
それでも、知らない相手とどこかへ行く理由はない。
おらふは笑顔を崩さないまま断る。
こういう時、強く言うのはあまり得意ではなかった。相手を怒らせたくないし、変に空気を悪くするのも面倒だ。
だから少しずつ距離を取りながら、会話を終わらせようとする。
けれど、相手も同じだけ距離を詰めてくる。
「ほんとちょっとだけ。」
「いや、だから。」
おらふの声が少し困ったものに変わった時、すぐ横から別の声がした。
「すみません。」
ドズルだった。
さっきまで少し後ろにいたはずなのに、いつの間にかおらふの隣まで来ている。
声はいつも通り穏やかだった。
けれど、普段話している時より少しだけ低い。
相手がドズルを見る。
「何ですか?」
ドズルは一瞬だけおらふを見た。
その視線が、何かを確認するように見えた。
大丈夫。
そう言われたような気がした。
次の瞬間。
ドズルがおらふの肩へ手を置いた。
強く掴むわけではない。
ただ、自分のほうへ少し引き寄せる。
おらふの身体が自然とドズルの近くへ寄った。
突然の距離に、おらふの呼吸がわずかに止まる。
「この人。」
ドズルが言う。
「俺の恋人なんで。」
その言葉が、胸の奥へゆっくり落ちていった。
何を言われたのか、一瞬分からなかった。
周囲の音が遠くなったように感じた。
車が走る音も、横断歩道の電子音も、少し離れた場所で誰かが話している声も、全部一度薄くなる。
俺の恋人。
頭の中で、その言葉だけが妙にはっきり残った。
相手が「あ、そうなんですか。」と少し気まずそうに笑う。
ドズルは自然に頷いた。
「はい。」
迷いがない。
演技なのだから当然なのに、そのあまりの自然さに、おらふの心臓が大きく鳴った。
「すみません。」
相手はそう言い残して、その場を離れていった。
数歩。
さらに数歩。
完全に見えなくなるまで、ドズルの手はおらふの肩に乗ったままだった。
おらふは動けなかった。
何か言わなければと思うのに、喉の奥が妙に狭くなって声が出ない。
やがてドズルが相手の姿を確認し、ようやく手を離した。
その瞬間、肩に残っていた温度が急に目立った。
「大丈夫?」
いつもの声だった。
さっきまで「恋人」と言っていた人とは思えないくらい、普段通りだった。
おらふは少し遅れて頷く。
「……大丈夫です。」
「しつこかったね。」
「まあ。」
ドズルは心配そうに顔を覗き込んでくる。
「嫌だったでしょ。」
「そらまあ、ちょっと。」
「もっと早く入ればよかった。」
「いや、大丈夫ですよ。」
本当に、もう大丈夫だった。
むしろ今は、別の意味で大丈夫ではない。
肩が熱い。
耳も多分、少し熱い。
さっきの言葉が頭から離れない。
俺の恋人なんで。
分かっている。
助けるため。
相手を諦めさせるため。
それ以上の意味なんて、一つもない。
そんなことは、おらふ自身が一番よく分かっている。
それでも、好きな人の口から、自分を指して「恋人」と言われた。
その事実だけで、身体の奥が簡単に反応してしまう。
おらふは自動販売機へ視線を戻した。
「飲みもん、買ってなかった。」
「あ、ほんとだ。」
ドズルが笑う。
「俺も買おうかな。」
「何飲みます?」
「水。」
「筋肉のため?」
「水はみんな飲むでしょ。」
「知らんけど、ドズルさんやったら全部筋肉につながりそうやから。」
「偏見すごくない?」
いつもの会話。
いつもの調子。
それがありがたかった。
今の自分には、そのくらい普通の話をしてもらったほうが助かる。
硬貨が落ちる小さな音がして、続いてペットボトルが機械の下へ落ちる。
ごとん、と鈍い音がした。
おらふはそれを取り出しながら、ようやく少し息を吐いた。
駅へ向かって、また歩き出す。
さっきまでと同じ道。
同じ人通り。
同じ二人。
けれど、おらふの中だけが少し落ち着かない。
ドズルはもうさっきの出来事をほとんど引きずっていないようで、普通に歩きながら話している。
「でも、あれ便利だね。」
「何がです?」
「恋人って言うやつ。」
おらふの足が、ほんの少しだけ乱れた。
「……便利?」
「一発だったじゃん。」
「ああ。」
そういう話か。
当然だった。
「まあ、そらそうですけど。」
「なんか他にいい言い方あったかな。」
「友達です、とか。」
「友達だったら引かなそうじゃない?」
「まあ。」
「兄弟。」
「似てなさすぎやろ。」
「マネージャー。」
「何の?」
「おらふくんの。」
「急に誰やねん。」
ドズルが笑う。
おらふも笑った。
笑える。
ちゃんと。
それだけで少し安心する。
けれど、ドズルはそのあと、妙に満足そうな顔で腕を組んだ。
「まあ、よかった。」
「何がです?」
「俺がいて。」
その言葉に、おらふは一瞬だけ隣を見る。
ドズルは前を向いたままだった。
「こういう時、役に立てるじゃん。」
「まあ……ありがとうございます。」
「やっぱ筋肉あると安心感あるのかな。」
おらふは数秒黙った。
「……そこなん?」
ドズルが振り向く。
「え?」
「いや。」
おらふは笑いを堪えきれなかった。
「なんでもないです。」
「何?」
「ドズルさんやなあって思って。」
「どういう意味?」
「そのままの意味です。」
ドズルは納得していない顔をしていたが、それ以上は聞かなかった。
さっきまで胸の奥に残っていた妙な熱が、少しだけ別のものへ変わる。
この人は、多分本当に何も分かっていない。
自分がどれだけ大変な言葉を口にしたのかも。
肩に手を置いたことも。
「俺の恋人なんで。」と、あまりにも自然に言ったことも。
その全部が、おらふにとってどれだけ強く残ったのかも。
何も知らない。
そして、それでいいのだと思った。
駅へ着く。
改札の近くで足を止める。
「じゃあ、お疲れ。」
ドズルが言う。
「お疲れさまでした。」
おらふもいつもの調子で返す。
少しだけ迷ってから。
「さっき、ありがとうございました。」
改めて言った。
ドズルは一瞬何のことか分からないような顔をしてから、すぐに思い出した。
「ああ、全然。」
笑う。
「またああいうのあったら呼んで。」
「呼ぶんすか。」
「助けるよ。」
あまりにも普通に言う。
その言葉が、また少しだけ嬉しかった。
「じゃあ、お願いします。」
「任せて。」
ドズルは軽く手を上げ、そのまま改札へ向かっていった。
おらふは少し遅れて、反対側へ歩き出す。
数歩進んだところで、肩に手をやった。
さっき触れられていたところ。
もちろん、もう何も残っていない。
温度も。
重さも。
それでも、身体は覚えている気がした。
電車に乗り、席に座る。
車内はほどよく空いていて、窓には夜の街の明かりが流れていく。
おらふはスマートフォンを出した。
特に見るものはない。
画面を開いて、閉じる。
また開く。
自分でも何をしているのか分からない。
頭の中では、あの場面が繰り返されていた。
俺の恋人なんで。
やめてほしい。
本当に。
好きな人に、あんなことを言われて平気でいられるほど、おらふは器用ではなかった。
けれど、それをドズルに言うつもりはない。
言ったところで困らせるだけだし、あの言葉に特別な意味がなかったことも分かっている。
それなら、自分の中だけで少し嬉しくなって、少し困って、それで終わればいい。
そう思ったところで、スマートフォンが震えた。
ドズルからだった。
『無事乗れた?』
たったそれだけ。
おらふは画面を見つめる。
さっきまでの出来事とは何の関係もない。
いつもの気遣い。
それでも、思わず笑ってしまった。
『乗れましたよー。ドズルさんも気ぃつけて帰ってください』
送る。
すぐに既読がついて、
『はーい』
と返ってきた。
短い。
普通。
それが少し嬉しい。
おらふはスマートフォンを伏せ、窓の外を見る。
好きだなあと思った。
こういうところも。
助けてくれたことも、あとから普通に連絡してくれることも、その全部に本人が大した意味を持たせていないところも。
その優しさが自分だけに向いたものではないことくらい、分かっている。
だからこそ、おらふはその一つ一つを、自分のためだけのものにしないようにしたかった。
嬉しいものは嬉しい。
それでいい。
ただ、相手が込めていない意味まで勝手につけないこと。
その境界線だけは守っていたい。
それでも今日くらいは、あの言葉を少しだけ大事に持って帰ってもいい気がした。
家に着き、玄関の鍵を閉める。
小さく金属音がして、外の気配が遠くなる。
部屋へ入ると、むぎとそらが寄ってきた。
「ただいま。」
しゃがんで撫でる。
いつもの家。
いつもの夜。
なのに、今日は少しだけ気持ちが落ち着かない。
おらふは上着を脱ぎ、何となく肩を見る。
もちろん何もない。
それでも、また思い出す。
俺の恋人なんで。
「……あかんて。」
思わず声に出す。
むぎが顔を上げる。
「いや、ちゃうねん。」
猫に説明してどうするんだと思いながら、少し笑った。
好きな人に恋人だと言われた。
もちろん嘘だった。
助けるための嘘。
それでも、嬉しかった。
その事実くらいは、自分の中で認めてもいいと思った。
誰にも言わない。
ドズルにも。
ぼんじゅうるにも。
おんりーにも。
MENにも。
今日のあの一言が、思っていたよりずっと嬉しかったことは、自分だけが知っていればいい。
おらふは立ち上がり、部屋の奥へ向かう。
歩くたび、さっきまでの高鳴りは少しずつ落ち着いていったけれど、完全に消えてしまったわけではなかった。それは困るような、少し恥ずかしいような気持ちでありながら、同時に今日ドズルが自分を助けてくれたという記憶でもあった。
明日になれば、また普通に会う。
ドズルは何も覚えていないような顔で、いつものように話しかけてくるかもしれない。自分もきっと同じように返して、そのうちまた筋肉の話を聞かされるのだろう。
それでいい。
今日の言葉を、本当だったことにしたいわけではない。
ただ、好きな人が自分を守ろうとして、とっさに選んだ言葉が「恋人」だったという偶然を、今夜だけ少し嬉しく思っていたい。
それくらいなら、許される気がした。