テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
今夜もFORSAKENの世界は、息が詰まるほどの静寂に包まれていた。
黒雲が空を覆い、生存者たちは崩れた建物や岩陰へ身を潜める。
いつ、どこから殺人者が現れるのか。
誰にも分からない。
恐怖で早鐘を打つ鼓動。
喉の奥で張り付く悲鳴。
その絶望こそが、この世界の支配者にとって何よりのご馳走だった。
高い玉座に腰掛けたスペクターは、巨大な監視モニターを眺めながら、赤いシルクハットのつばを指先で優雅になぞる。
「いいねぇ……。」
口元がゆっくりと吊り上がる。
「恐怖も、焦燥も、希望が潰れる瞬間も……実に美味しそうだ。」
隣では、小さな紳士が背筋をぴんと伸ばして控えていた。
黒いハチワレ模様の猫の頭。
胸には黄色いリボン。
赤い服に茶色のマント。
片目には金色のモノクル(片眼鏡)。
スペクターが世界で一番可愛がっている存在。
Mowlである。
「そうだ。」
スペクターがふと思いついたように微笑む。
「今日は空から見張っておいで。」
「生存者たちをもっと怖がらせてきてほしい。」
Mowlは胸に手を当て、深々と一礼した。
「ハッ。」
「このMowl、命に代えましてもスペクター様のご期待にお応えいたします。」
「うん。」
「期待してるよ。」
そう言うとスペクターは、猫の頭をわしゃわしゃと遠慮なく撫で回す。
「ふにゃ……い、いえ、大丈夫です……!」
頭がぐらぐら揺れるほど乱暴なのに、Mowlはどこか嬉しそうだった。
「それでは、行ってまいります。」
次の瞬間。
その姿がふわりと浮き上がる。
猫頭のまま、身体が変化していく。
赤い服もマントも消え、胴体は灰色の羽毛へ。
鋭い鉤爪。
大きな翼。
完全にフクロウの身体。
ただし。
首から上だけは。
黒ハチワレ猫、そのままだった。
「……」
スペクターは満足そうに頷く。
「可愛い。」
本人も満足そうに翼を広げる。
「では、恐怖を届けてまいります。」
そのまま夜空へ飛び立っていった。
その頃。
岩陰へ隠れていた生存者たちは、空を見上げていた。
「……何か飛んでる。」
一人が震える声で呟く。
月明かりを背に、大きな翼がゆっくりと近付いてくる。
「新しい化け物か……?」
「スペクターの切り札かもしれないぞ。」
全員が武器を握る。
汗が頬を伝う。
巨大な鷲か。
悪魔か。
あるいは未知の怪物か。
やがてその影が、月光の中へ滑り込んだ。
城プル
10,923
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
502
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
3,042
そして。
全員の思考が止まった。
「…………。」
そこにいたのは。
フクロウの身体。
そして。
猫の頭。
しかもハチワレ。
モノクル付き。
「…………。」
誰も声を出せない。
静寂だけが流れる。
やがて一人が小さく呟いた。
「……猫?」
別の誰かが続ける。
「いや……フクロウ?」
さらに別の誰か。
「……猫フクロウ?」
理解が追いつかない。
恐怖どころではない。
脳が現実を拒絶していた。
そんな空気など気にも留めず、Mowlは優雅に着地する。
羽を軽く整え、咳払いを一つ。
「コホン。」
渋い低音が響く。
「皆様、夜分遅くに失礼いたします。」
「わたくし、スペクター様が忠実なる僕、Mowlと申します。」
「以後、お見知りおきを。」
「しゃべったぁぁぁぁ!!」
「しかも声が渋い!!」
「その見た目でそのダンディボイス!?」
大混乱である。
Mowlは眉をひそめる。
「失礼ですね。」
猫耳をぴくりと動かす。
そして。
フクロウの身体を活かし。
首だけが。
ぐるり。
百八十度。
「ギギギ……」
嫌な骨の音が響く。
猫の顔だけが、真後ろを向く。
「うわぁぁぁ!!」
「可愛いのに動きがホラー!!」
「感情が追いつかない!!」
「怖いのか可愛いのかどっちなんだ!!」
Mowlは深いため息をついた。
「皆様。」
「本来ならここで恐怖に震え、『助けてくれ』と叫ぶ場面なのですが。」
「どうして撫でるかどうかで議論しているのです?」
実際。
生存者たちは別のことで盛り上がっていた。
「あれ絶対モフモフだよな。」
「でも爪はフクロウだから危険だ。」
「顔だけなら抱っこしたい。」
「噛まれたい。」
「いや意味分からん。」
Mowlの猫耳がぴくぴく震える。
「……下等生物とは、本当に理解し難い。」
不機嫌そうに喉を鳴らす。
「グルルル……」
その音だけ妙に猫らしかった。
もう一度首をぐるんと回して正面へ戻る。
しかし。
誰一人悲鳴を上げない。
「可愛い。」
「写真撮りたい。」
「飼いたい。」
「……。」
Mowlは静かに空を見上げた。
「……帰りましょう。」
一方その頃。
玉座の間ではスペクターが監視映像を眺めていた。
「ん?」
集まってくる感情を味わう。
恐怖。
絶望。
苦痛。
そのはずだった。
だが今日流れ込んできたのは。
困惑。
癒やし。
少しの笑い。
そして。
「可愛い。」
「……おかしいな。」
スペクターは首をかしげた。
「苦しみの味がしない。」
「今日は……。」
目を閉じ、ゆっくり分析する。
「薄い抹茶パフェみたいな味がする。」
画面の中では。
必死に怖がらせようとして首をぐるぐる回すMowl。
そのたびに。
「可愛い!」
「もう一回!」
と歓声を上げる生存者たち。
しばらく眺めたあと。
スペクターは小さく笑った。
「まあ。」
赤いシルクハットをかぶり直す。
「可愛いから、いっか。」
その一言だけで。
Mowlの空中見張り任務は、今日も大成功なのか失敗なのか、誰にも分からないまま幕を閉じた。