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「見た所アンタが無関係なのは解った。さっさと行きな」
「は‥‥はい」
私はほとんど聞こないような小さい声で返事をした。
それから震える身体を何とか起こしてふらつきながら路地から脱出することに成功した。
覚束無い足取りで、先刻猫を追いかけた小道をまた戻っていく。
助かった、助かった、助かった……
そう心で繰り返しながら1歩1歩を踏みしめる。
涙がどばどばと出た。 よく分からない嗚咽を漏らし、ヒイヒイ言いながら歩いた。
最早あの猫のことはどうでも良かった。
命がどうにか助かった。 それだけで御の字だ。命って大事。まじで大事。生きているって素晴らしい。
本当に殺されると思った。目前に迫ってくる死を感じた。そうして死にたくない、と一瞬心から願った。
初めての経験だった。(初めてではないのはそれはそれでたまらないが…)
あの、私を殺そうとした芥川とかいう冷徹男の顔が頭に浮かんだ。二度と会いたくない。本当に。
黒帽子の人のお陰で私はどうにか助かったという訳だ。中原、といったっけ。
感謝の極みだ。有り難う御座います。
しかし恩人の中原にせよ芥川にせよ、どちらに遭うのももう御免だ。
取引だとか任務だとか色々怪しそうなワードがちらほら飛び交っていたし。
自分の目の前で殺された男、そして奥に転がっていた死体達。
私を助けてくれた中原も、彼らを葬った芥川の仲間なのだ。
自分もその死亡者リストの1人に加わっていた可能性があったことに戦慄する。
彼等は決して近付いてはいけない存在_闇の組織、ヤクザ、暴力団……そんなとこなのだろう。
普通に暮らしていれば出くわすことが無い筈の者達との思わぬ遭遇。そこからの奇跡的な生還。
私は今年の運を先程の一瞬で使い果たしたのかもしれない。
取り敢えず、家に帰ろう、と私は思った。
今更学校へ登校する気には到底なれない。
随分と歩いた気がする。
先程よりもしっかり歩けるようになってきた。
随分酷かった胸の動機も大分収まった。
そこで私は或る重大な事実に気付かされる。
…帰り方が分からない。
*
中原が少女に立ち去るように促すと、彼女は何か呟いた後よろめきながらやっと逃げていった。
彼女への芥川からの攻撃は中原の異能力により阻止された。地面に見えるサークル状のヒビは彼の重力操作によって作られたものだ。
「無闇に事態を大きくすんな。本っ当に手前ェは何回云ったら分かンだよ、全く」
「然し、取引現場を見られた故」
「取引ってか全員死んでんじゃねーかよ」
突っ込みを入れた中原が一呼吸おいて尋ねた。
「何で殺した?」
「取引の際急襲を受けました。僕一人だと鷹を括ったのかと」
「馬鹿な連中だな」
「大人しく指示通りに渡せばいい物を…姑息な奴らめ」
「しッかしマフィア相手によくやるなぁ。何が目的だったんだ」
「僕を人質に取る気だった様です」
「はァ?まじか…舐めたられたもんだ」
大した奴等だな、と呆れた顔で中原が云った。
「品の方はしっかり回収できてるみてぇだな」
芥川の手元にあるスーツケースを横目に中原が云った。
「はい」
「更なる情報を聞き出そうとしましたが最後まで吐きませんでした」
「まァいいだろ。これから処理班を呼ばせる。”死神”の異名を持つお前を知らないたァある意味可哀想な奴等だ」
転がっている幾つかの死体を眺めながら中原が云った。
「何故僕の居処を?」
芥川が訊ねる。どうやらこれが1番気になっている様だ。
「あー、それはだな」
中原は少し困ったような表情をした。
「ほとんど偶然辿り着いた様なもんなんだが……」
「任務を終えた後少しぶらぶらしててな、其処でえれェもんを見ちまったんだ…」
「えらい物?」
「先刻の餓鬼だよ」
先刻の餓鬼_芥川は少し考えた。そして理解した。 嗚呼、先程の女か、と。 しかし新たな疑問が生まれた。
「あの女?若しや何か関係があるのですか」
芥川の眼が鋭く光った。だとしたら何故逃がしたのですか_とでも言いたげだ。
「いーーや待て待て待て、取り敢えず聞けよ」
眉をひそめた芥川を諌め中原が話し始めた。
「何か音がすると思ったら、目の前をすげぇ勢いで人が走ってったんだ。
格好からして高校生だった。
この時間帯に見かけるのは珍しいから遅刻して急いでんのか?って思ってたんだけどよ、変な事に何分か後にまた遭遇した。
今度もまた爆速で通り過ぎて行った。
しかも其奴が走っていった方が此方方面だったから気になった。あんな人っ気の少ない寂れ横丁にこんな時間に学生が行くか?ってな。
それで奴の後をこっそり追ったんだ。興味半分でな。そしたら案の定怪しい通りに突っ込んで行きやがった。追う内に俺は其奴の遙か前を走る何かに気付いた。どうやら猫を追いかけてたらしい。長い事な。
で、猫は偶々お前が居た路地裏に飛び込み、奴も其処目掛けて突っ込んだ。そして其れを追っていた俺が偶然路地裏でお前等と鉢合わせた_って次第だ」
中々の情報量である。
「…成程」
「だからよ、あんな風に直ぐ殺しに掛かるのは止めて遣れ」
「殺す心算でやったのでは無い」
表情の変化に乏しい芥川にしては少しムッとした表情で云う。 ぽかんとした顔で中原が訊く。
「え?じゃあ何だったんだ」
「此処で目にした事は絶対に口外するなと脅そうとした。然し其れを貴方に邪魔立てされた」
「えぇ…………そうだったのかそれは済まんな芥川。いやでも相当怖がってたぞ相手」
「其れの何が悪いと?万人から恐がられてこそポートマフィアの成員」
「うん……確かにな」
それにしても凄い速さだったぞアレは、朝っぱらから随分と忙しい奴だったな_と中原は呟いた。
横に仏頂面の芥川が並んでいた。
マフィア構成員にとっての朝は始まったばかりだ。