テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
或る一角で少女が途方に暮れていた。
何だ此処は。一体何処なんだ、此処は…
周りを見渡す。
灰色の建物達がずらりと並んでいる。
目に見える範囲で煙草の吸殻を20個は見つけられる。欠けたナイフもあった。人の数は疎らで、しかも通り過ぎていく彼らは全員揃ってガラが悪い。
…ヤクザのための街かな?
しばらく舗装されていないのであろう道はアスファルトが剥がれていてぼろぼろだ。
一 応商店街っぽいのだが営業中の店は無い。物騒な土地だ。そりゃあさっきの場所でヤクザみたいなのに絡まれるわけだ。
自分が迷ったと気付いてからまた、随分と足を進めたのだがずっと同じ道を歩いている気がする。 見覚えが1ミリも無い。完全に迷った。
本当に此処は横浜か?
地元の土地には結構詳しい自信があったが、気のせいだったみたいだ。
それか、土地勘云々では無く単に遠い所まで来すぎたか。 兎に角あの場所から遠ざかることに一生懸命だった。
自分が何処にいるのかも考えずに来てしまったせいだ。
物凄く飛ばして走り回ったので、いつの間にか見知らぬ土地へと入り込んでしまっていた。
中学の頃陸上でエースをやっていたぐらいなので、足の速さには一応自信がある。
しかし今回のように何も考えずに突っ走る(今回は物理的に)癖があって頭の出来はそこまで良いとは言えない。 そのため、まあ部長には選ばれなかった。
こういうところで自分は損をしているんだよなあ、と何となく悲しくなる。
スマホを取り出そうとスカートのポケットに手を伸ばす。
…ない。
そうだしまった、リュックに入れっぱなしだったんだ…
猫が私のポーチを盗んで行った時、私は咄嗟にその後を追った。
通学リュックを地面に投げ出したまま猫を追いかけるとはどういう事だろうか、寝ぼけていたにしてもさすがに馬鹿がすぎる。
だから私のリュックはまだ其処でお留守番中、というわけだ。
ああこれは詰んだ。
位置を確認するためのスマホも無ければタクシーを拾うためのお金も無い。
鍵も身分証も全部猫が持って行った。
そして先刻腰が抜けたばかりなのでこれ以上歩くと股関節が死ぬ。
しかしここで止まる訳にもいかない。
私はとぼとぼと歩きを再開した。
その何十分か後、私はついに川べりへと到着した。
このまま川伝いに歩いていけばどこか知っている場所には出れそうだ。
……朝っぱらから自分は本当に何をしているんだろう。
ああリュックよ、どうか無事であってくれ。
帰ってから母からとんでもないお叱りを受けることになるだろう。
猫がとてつもなく恨めしい。
まぁ取り敢えず生きて帰る事はできそうだ_ とほっとして溜息をつく。
歩きながら私は川の流れを眺めていた。
流れは呑気なもので、キラキラと光を拡散させながらのんびりと移ろいでいる。
そして向こう側から何かが流れてきているのに気付いた。
__足?
水面から覗く其れは、どう見ても人間の足だった。
人が溺れている!
溺れている人を助けるのにはどうするのが正解だったか。
子供一人で水に入って助けに行くのは良くないとも聞いた事がある。
何か掴まれそうな物を投げるか?でもそんな物見当たらない__頭でぐるぐると思考するが良い考えは浮かばない。
併し見過ごす訳にもいかないので私は慌ててそれを追った。
…何て厄日だ!
足は流れに乗ってどんぶらこと下っていく。
*
川で溺れていた人物_其の男はなんと自力で這い上がってきた。
「散々だよ。又もや失敗した」
ずぶ濡れになったコートを絞りながら男が溜め息をついた。
男は不思議な格好をしていた。砂色のトレンチコートを羽織っており、袖口や襟ぐりからぐるぐる巻きにされた包帯が覗いている。
ぽかんとして私は男を見詰める。 助かったのだから喜べばいい物を。
「あの…大丈夫ですか?」
「おや、見ていたのかい、キミ。」
「溺れているのを見かけて、それで追いかけてきたんです」
「ああそれなら心配は要らないよ。私は自殺に愛し愛された人間だからね。こんなに自殺が大好きなのに、何故か中々死ねない。困ったものだよねぇ」
発言内容がよく理解できない。 死にかけていた割にピンピンしているし、しかも自殺という恐ろしい行為をやたら好意的に捉えている。
……怪しすぎる。 今日の私はとことん付いていないらしい。
「ええっと……じゃあわざと飛び込んだって事ですか」
「そうなるね。」
男がにっこりとして答えた。
「まぁ今日は自殺のついでに桃太郎になってみたかったっていうのもある」
「……は?」
「お嬢さんは今日学校があるんじゃないのかい?」
「あー、色々ありまして……はは」
顔を覗き込まれて気付いた。 この男、滅茶苦茶顔が整っている。
耳 までかかる髪はアンニュイな雰囲気を彷彿させ、長い睫毛を纏った目と高い鼻と薄い唇とが完璧な間隔で配置されている。
自殺が大好きで川流れをするのが日課の美形。矢張り怪しい。
私は軽く会釈をし、逃げるように先程歩いていた道へと引き返した。