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「……どこだ、ここ」
あの公園を出て数歩。見慣れない建造物が多い。
自分の記憶では木造建築の家が多かったはずだが、この家は何だ。箱型で……鉄筋コンクリート作りなのだろうか?明らかに木造よりは耐震性も高そうではある。が、何百年とは保たなさそうな気がする。
見渡す限りの平和。
俺が、俺達が必死に守ろうとしていた戦争前の平和な世界よりもずっとずっと和やかな風景が目の前に広がっている。
まるで、俺達3人が思い描いていた通りの未来に来たかのような──……
「……ねぇ、お兄ちゃん、あの人……」
「……“似てる”」
後ろから聞こえてきた若い人間の声。ギシリと痛む体に鞭を打って振り返ると、そこに居たのは二人の人間だった。
片方は明らかに『毎日深夜25時まで働いてます』とでも体現しているような、目の下の隈が濃いスーツ姿の人間。
もう片方はセーラー服を着て赤いリボンを結び、猫耳が生えてきゅるんとしたような見た目の女子高生ルックの人間。
猫耳が生えている時点で人間ではないと?……気にするな。
「あの、そこの……軍服の方」
「何だ」
おどおどとした様子でスーツの男が声をかけてきた。あー、とか、うー、とか小さく声を漏らしてばかりいるので少し苛立ったが、こちらが何かを言う前にあちらが声を張った。
「ぼ、僕っ、に、日本と言う者なんですが」
「嗚呼」
「貴方は、“大日本帝国陸軍”……、ですね?」
そう言われたとき、瞬時に頭の中の警報が鳴った。
後ろに跳び、腰元の刀に手を伸ばしたところでずきんと全身が痛んでまともに立って居られない。手に力が入らず、刀を取り落として膝をついた。ガチャン、と二、三度跳ねた後、刀は地で静かになった。
戦争終結後からは怪我の手当もまともにせず、ずっと車椅子生活。体が鈍っているのも当然といったところだ。
「いっ、……っ、触るな!!」
「いやいきなり刀向けられそうになったら誰でも怖いでしょう!!」
日本、と名乗った男はひょいと刀を拾い上げた。スーツに刀。滑稽だと思ったが今はそれどころではない。
「僕ら、貴方に敵意はありませんから!」
「なら何故名を知っている!!俺の名は一般人には広められていないはずだ!!」
「その理由も後で説明しますからとりあえず落ち着いてください……!!」
あちらも必死な様子だった。セーラー服の人間も状況に困っているのかオロオロしている。……こちらも怪我をしている状態だ。変に刃向かってしっぺ返しを受けるよりは、とりあえずこの男の言う通り落ち着いた方が良いのかもしれない。不本意だが。
俺は深く溜息をついた。警戒状態をほんの僅かに解く。
「……わかった、……わかったから。お前らを一度信じる。……だが、俺を攻撃しようとしたら……わかるな?」
「誰も攻撃するなんて言ってないじゃないですか……」
何とか刀を返してもらった。鞘に収め、彼らの家で手当をしてくれるというので不本意ながらもついて行った。
そこで思ったことを一言で言い表すなら、そうだな。
道の細さ、曲がり具合、風の抜け方。思わず足が止まって、空を仰いだ。
この道知ってるぞ。
(……まるっきり俺の実家じゃないか)
道を知っているも何も、二人に連れて行かれた先は紛うことなき俺の実家だった。見覚えしかない玄関を通り、見覚えしかない廊下を歩かされ、見覚えしかない居間に通されている。
ちなみに今俺はにゃぽんとかいう猫耳セーラーの人間とちゃぶ台を囲んでいる真っ最中だ。
気まずい。ひたすら気まずい。
俺は日本が開国してからの間100年近くを生きてきたが、女子なのかすら怪しい人間と話す術は持ち合わせていない。おそらく空がこの場に居たのなら、何も考えず『ねーねーその服可愛いね!どこの学校?』とか笑顔で聞いていたのだろうが、生憎俺は口下手なのだ。茶を啜るくらいしかすることがない。
ついでに日本は俺の傷を手当するための救急箱を取りに行ってこの場には不在だ。早く帰って来い、いつまで俺を居心地悪くさせるつもりだ。拷問かこれは。
そう思いながら悶々としていたとき、にゃぽんは不意に声をかけてきた。
「ねぇねぇ日帝さん、お体の調子はどう?どこが一番痛いとかはある?」
「そうだな。脇腹の辺りが痛い」
「動くたびに痛そうだもんねぇ〜……よくそれで刀振ろうと思ったね?」
「敵を見つけたなら斬るまでだろう」
「物騒だ!!」
話してみればにゃぽんは意外と話しやすい人間だった。感覚的にはやはり空の無邪気さと似ている。あぁ、これならまだ話せなくはない。
不意に緊張が緩んでしまったのか、ポロリと言葉を零した。
「軍人が守るべきは国民なのに、その国民に救われてしまったな。情けない話だ」
そこまで言って、にゃぽんの顔を見た。彼女はどこか遠くを見つめるような遠い目をしていた。
「……その考えは違うと思うな、日帝さん」
静かに、だが凛とした声で彼女は続けた。
「勿論、軍人さんのお役目は国民を守ること。でも、その前にさ。軍人さんだって同じ国民じゃないか。国民が国民を守る、これって可笑しい事なのかな」
少なくとも俺は、帝国軍の人間と普通の一般国民とを同列扱いする人間をここで初めて見た。
俺の居た時代では、軍人が国民を守るのは当たり前。国民のためならば命を捨てる特攻攻撃だって躊躇わずに行ったし、命を捨てることこそ美徳だとされていた。
それが、当たり前だったのに。
「……にゃぽん、お前は……何と言うか……随分と、斬新な物言いをするんだな」
「え、褒めてる?」
「理解に困ってるんだよ」
にゃぽんがくすくすと笑う向かいで、俺ははぁと溜息をついた。
その時、襖が開く音がした。入ってきたのは予想通り救急箱を持った日本。日本は居間の中をぱっと見た瞬間、全てを悟ったようにふっと柔らかく微笑んだ。
「すみません、遅くなって。……仲良くなったようで何よりです」
「……嗚呼」
何かを反論する気も起きなかったので適当にあしらう。
「じゃ、手当しますから。傷どこですか、とりあえず全部出してください」
「上下全部脱げとでも言うのか」
「誰がそこまで言いましたか。とりあえず上半身出しなさい」
質問に質問で返された。渋々上半身の軍服の上着を脱いで白いランニングだけになる。上半身の切傷痕、打撲痕、鬱血痕。生々しいにも程がある軍人の体。日本も流石に顔をしかめていた。
「こんなに傷が……痛かったでしょう、ここまでの負傷なら」
「慣れたからな。もう痛くなどない」
「痛みには慣れちゃいけないんですよ!」
そう説教されながら傷に消毒液を掛けられた。正直、とてつもなく染みた。
痛い、と呻く俺の隣で、にゃぽんが包帯やらガーゼやらを用意しながらぼやいた。
「どうやったらこの安全な日本でそんなに傷ができるのさ。今どき自衛隊でもここまで酷い傷は出来ないと思うけど」
「……安全?何を言っている。確かに戦争は終わったが……」
「……」
空気が張り詰めた感覚を直感的に覚える。この感じを知っている。異質なものを目の当たりにしたときの、あの感覚だ。
日本は消毒液の浸された綿を一旦トレーの上に置き、こちらに向き直った。
「……日帝さん。今がいつかはおわかりですか」
「いつか、って。1945年じゃ……」
「いいえ、今は──……」
にゃぽんは立ち上がって壁からカレンダーを外していた。ちゃぶ台の上にそれを広げる。示された字に、俺は同様を一切隠せなかった。
「今は、2026年です。戦争終結から、今年で81年なんですよ」
「……、は……?」
俺はカレンダーを食い入るように見ていた。今月、7月と書かれた字の横。赤字ではっきりと、『2026』と記されている。れ、令和……8年?聞いたこともない元号も同時に目に入った。
息が詰まり、急速に指先が冷えていく感覚。同時に視界が揺らいだ。
「あっ、に、日帝さんっ……!!」
「日帝さん!!大丈夫!?」
遠くなる意識の端でそんな風に叫ぶ二人の声が聞こえた気がした。
ぼやけていく頭はやけに冷静に、現状を分析した演算結果を無慈悲に叩きつけてくる。
どうやら、俺は──……
タイムスリップでも、したらしかった。
次回に続く