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⧉▣ FILE_009: 手紙 ▣⧉
──4月22日、僕は正式に“L”となった。
その知らせは、封筒に入った一通の手紙で届いた。
机の上にぽつんと置かれているそれは、白く、無機質で、装飾もない。けれど──その一枚の紙が、この先の人生すべてを変えることだけは、痛いほどに伝わってきた。
──触れたら、戻れない。
──読んだら、もう引き返せない。
そんなことは分かっていた。だからこそ、すぐには開けられなかった。
「……僕が、L?」
──本当に、それでよかったのか。
その問いが、ずっと指先を止めていた。
けれど、そんな迷いにいつまでも逃げ込んでいられるほど、この世界は優しくない。
誰かがやらなければならないのなら──
それが、いま“僕”に託されたというのなら──
逃げる理由は、もう残されていなかった。
僕は深く息を吸い込み、その封筒に手を伸ばした。破かないように意識しながら、丁寧に封を切る。
中から現れたのは、一枚の便箋。
手紙を──開いた。
────
Aへ。
はじめに、あなたのこれまでの尽力に感謝します。
この書簡は、特定の者にのみ送られるものです。予期していたかどうかは問いません。
以下の内容を正確に読み取り、適切に判断してください。
──4月22日付をもって、あなたは正式に「L」として行動してください。
今後のあらゆる判断・指示・決定は、すべて「L」の名のもとに行われることになります。
これまでのあなたの立場、年齢、所属、名前。
それらは、以後の行動において一切考慮されません。
また、Lの継承は極秘事項です。
この情報は、外部はもちろんのこと、ワイミーズハウス内でも、いかなる形でも共有・示唆してはなりません。
もちろん、本書簡の内容についても例外ではありません。
確認後は、速やかに隠滅してください。
これは、Lという立場を守るためであり、同時に、あなた自身を守るためでもあります。
必要な初期手続きおよび専用システムへの接続は、以下の内部サイトにアクセスしてください。
https://wammy-l-auth.org/init
(※ このリンクはワイミーズハウス内部回線からのみ有効です)
特権アクセスには、『旧アルファベット』が必要です。入力は一度きりで、復元はできません。慎重に扱ってください。
上記サイトを通じて、ワタリとの通信も可能です。緊急時・判断に迷う局面では、躊躇せずアクセスしてください。
内容は、以上です。
あなたの冷静な判断と堅実な行動を信じています。
──敬意と信頼を込めて。
Lより
────
──手紙を読み終えた。
そして、僕はそっと便箋を折り畳んだ。
正確には「畳まざるを得なかった」と言うべきかもしれない。これ以上開いたまま眺めていたら、僕という存在のほうが閉じてしまいそうだったから。
『Lになったことは極秘事項です』──
手紙には、そう明記されていたが、既に何人かには気づかれてしまっている。
「参ったな……」
しかも──
『Lとして行動してください』
たったそれだけの文言で、ここまで多くのものが“終わった”ような気がしてくるのはなぜだろう。
自分の人生が一度閉じられて、別の誰かの脚本の上を歩くことが義務づけられたような──そんな感覚。
「……僕が、L?」
……世界一の名探偵として、動く?
情報を読み解いて、犯人を追い詰めて、未来を守っていく──
そんなこと、僕にできるのか……?
「……」
──頭を振る。
何を怖気づいてるんだ、僕は。
今さら不安になってどうする。
もう、決めただろう。
──僕が、Lになるって。
「……っ」
僕は椅子を引き寄せ、机の上の端末を開いた。
ブラウザを立ち上げる。手紙に書かれていたあのURLを、検索する。
> https://wammy-l-auth.org/init
カーソルが一度、点滅を止めた。
──ENTER。
画面が切り替わった。
白地に、最低限のフォントで表示されるログイン画面。
特権アクセス:“旧コードネーム”を入力してください。
けれど、文字を打ち込む欄はなかった。
代わりに現れたのは、四角いパズル。
見た目はただの白いタイル。けれど、所々に塗りつぶされたマス。
マウスカーソルを合わせると、カチッと音を立ててマスが回転した。
……なにこれ。
クリックしてみる。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
それぞれのパネルが、時計回りでくるくると回り、塗りつぶされたマスが移動していく。
僕は、画面の端に小さく表示された注意書きに、視線を走らせた。
> 特権アクセスには、“旧コードネーム”が必要です。
旧コードネーム。
……アルファベットのことか?
旧アルファベットは……『A』。
「ん……?」
瞬間、脳裏にひとつの仮説が閃く。
「……まさか」
視線が、再びパズルへと戻る。
回転するパネル。
塗りつぶされたマス。
自由に動かせるパズル。
「……これで、“A”を作れっていうのか?」
どうやらこれは──塗りつぶされたマスを移動させて「A」の文字を構成しなければいけないらしい。
「……こういうの、苦手なんだけどな……」
目の前のパネルは、塗りつぶされたマスを回転させるだけの単純な構造に見える。けれど──それが“正しい形”になっていない限り、先へは進めないらしい。
「……どうすれば……」
僕は、“感性とセンス”で動く人間だ。
ひらめいたものを信じて、流れの中で組み立てていくタイプ。“答えがいくつもあっていい世界”でこそ、本領を発揮できる。そういうやり方なら、わりと得意な方だ。
でも──『正解が一つだけ決まっていて、それ以外は全部“不正解です』なんていう形式を突きつけられると、とたんに手が止まる。
何が正しいのかを考えれば考えるほど、何も動かせなくなっていく。
「ここ、か……? いや、こっち……?」
適当に回す。とりあえず、回す。
くるくる、くるくる。
意味があるのかないのか分からない。
分からないからこそ、意味があるような気もしてくる。
とにかく今は、回す。
それ以外の方法を、僕は知らない。
──そのとき、画面の端に動くものが見えた。
なんだ?と思って目をやる。
右下。
数字。
赤。
点滅。
時間……。
1:50
1:49
1:48
──タイマー式……!?
残り1分44秒。
時間が切れたら何が起きる?
と思った瞬間、その答えはすぐ隣に、冷たく表示されていた。
> ※制限時間内に旧コードネームの構成に失敗した場合、本セッションは自動終了します。
> 再アクセスは無効となり、認証キーは消去されます。
──ああ、ああ、ああ。
そういうことか。
つまりこれは一発勝負。
失敗は、即、永遠のロックアウト。
洒落たパズルじゃない。これは実戦。訓練じゃない。本番。しかも開始ボタンなんて押してないのに、カウントはすでに始まっていたというこの悪質さ。
「う、嘘だろ……」
Aの文字はまだ完成してないのに。
線はずれてるし、形にはなってないし、そもそもパネルの組み合わせ方がこれで合っているかも分からない。
まずい──焦る。
焦っても、手は止められない。
失敗するかもしれない。
間に合わないかもしれない。
でも──「じゃあ諦めます」と言えたら、そもそもここにいない。
Lの名前なんかもらってない──
「……やるしかないのか……」
1分25秒。
くるくる、回す。
無駄かもしれない。でも、やらないよりは意味がある。意味があると信じるしかない。
くるくる。
またくるくる。
指は止まらない。頭も止まらない。思考だけは時速200kmでスピンしながら、画面の中のパネルたちと、微妙な駆け引きを続けている。
でも、今ここに来て──それは、偶然の皮を被った、必然の積み重ねだった。
そして──残り、50秒。
パネルが、ぴたりと揃った。
交差する黒いマス。中央を繋ぐ一本の線。
──「A」の文字が、そこにあった。
「……っ!……きた!」
Access verified.
L認証プロトコル、起動──
ログイン、成功。
緊張の糸が、ぶつりと切れる。
Aは、椅子にへたり込んだ。
「……はあ、良かった……」
全身から力が抜け、足が痺れてるとか、どこが張っていたとか、今さら気づく。
この世で最もシンプルな安堵。それと同時に、素朴な怒りも湧いてくる。
「ログインに、パズルが必要なんて……聞いてないぞ……」
告知されていない、チュートリアル。
この世界では、“即座にパズルを解ける者しか進めない”という無茶ぶりが、平然とスタンダードを張っている。
──サイトの画面が切り替わった。
地球。いや、衛星写真のような地球の全景。その上に、赤い点が、ポツポツと灯っていた。
「なんだ?これ」
クリックしてみようと思ってやめた。
下手に触って取り返しがつかないことになったら──なんて考えた時点で、もう何も触れない呪いにかかってしまったから。
「……」
Aは、慎重に視線を右上に移動させた。
メールアイコン。通知が1件。
──これなら、まだ、平和そうだ。
クリックする。
表示された差出人は──“WATARI”。
「……!」
ワタリ──!?
Lの“影”にして、もうひとつの“顔”。
公に名を出すこともない。Lに最も近く、最も謎多き存在。
彼から……メール?
これが任務か?Lとしての、初仕事。
心臓が跳ねる。指が固まる。胃がひっくり返りそうだ。この三拍子を同時に感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
僕はこれから……Lみたいに事件を解くのか?世界の裏側に立って、誰より先に“真相”を掴みに。
腐っていても、僕だって──ワイミーズハウスの人間だ。
パズルは苦手だけど……多少、頭はキレる。いや、むしろそれ以外ならわりと得意だ。
苦手なもので落ち込んでたらこの家では生き残れない。長所だけで戦って、短所は他人任せか誤魔化すのが、ここの処世術だ。
大丈夫。
きっと僕なら、できる。
合格点を出せなくても──平均点以上は、出してやる。
……なんて、そこそこ意気込んでから、僕は、メールを開いた。
クリック。
開封。
そして──開いたメールには、たったひとこと。
件名:TEST
本文:テスト
「──それだけ!?」
全力で構えていた分の、肩透かし。
全力で期待していた分の、空振り。
ある意味、完璧な“Lらしさ”。完璧な、“ワタリらしさ”だ。
「……テスト……。なんだぁ……」
僕はメールを閉じ、頬杖をついたまま、片手でマウスをぐるぐる。意味もなくカーソルを彷徨わせる。
ディスプレイの上だけで、何か“動かしているフリ”をしている自分が、ちょっと虚しかった。
「……」
……せっかく通ったポータルだ。
Lが用意したという、この“特設サイト”。何が仕込まれているか、ちょっと覗いてやろうじゃないか。
好奇心は罪ではない。むしろ、この役職では最も重宝される資質だ。
トップページに戻る。
地球の地図。赤い点がポツポツ。
それには触れない。代わりに、右下に、小さく“Function”のタブ。
クリックすると、カテゴリ分けされた機能一覧が展開された。
────
■01. Case Vault(事件保管庫)
・Lが過去に手がけた事件ファイルのアーカイブ。
・検索可能。事件名、年月日、キーワードなどで検索。
・一部ファイルは「認証レベルB以上」のロック付き。
・映像資料、通話記録、証拠画像まで含まれている。
・未解決事件や進行中の依頼は別枠で表示。
────
「……すごい!」
──Lの事件が、こんなに。
スクロールするだけで、世界地図が埋まっていくようだ。
あらゆる言語、あらゆる形式、あらゆる死の記録が──ここに、ある。
「……これ、いいのか? 残してて……」
ある意味、消されて然るべき記録たちだ。
何人も関わり、何人も死に、国が動いた案件の数々。
こんなもの、僕らの目に触れるところに残していていいのか……?
いや──これは敢えて“僕らのために”残したものか。
Lは、ただ事件を解いたわけじゃない。
“継ぐ者”のことも、考えていたわけだ。
つまりこれは──
「未来のL」のための、“L FILE”。
凄いものを見つけてしまった。
ページを閉じ、機能一覧に戻る。
他にも漁ってみた。
────
■02.Surveillance Access(監視システム接続)
・世界各地の監視カメラ映像をリアルタイムで確認可能。
・赤外線・ナイトビジョン切替、音声付き。
・“タグ機能”で人物登録し、動きをトラッキング。
※多用注意
(利用履歴はワタリに自動送信される)
■03. Subject Profiles(対象人物ファイル)
・重要人物・容疑者・潜伏者などの詳細プロファイル。
・Lの主観的コメント付きメモが所々に。
・DNA情報・指紋データ・交友関係マップまで。
■04. Tools & Scripts(分析ツール)
・IP逆探知ツール
・自動言語翻訳システム(56言語対応)
・データ圧縮・復号・隠しファイル検出ユーティリティ
※実行前に許可確認必須。
■05. Direct Channel(L内通信用チャンネル)
・ワタリへの直通通信。
・通話とチャットが選択可能。
・チャットはすべて“自動消去式”。
・使用には“認証コード”の入力が必要。
■06. Emergency Protocol(緊急プロトコル)
・世界各地のL協力者に即時連絡。(「Lの名において」発動される緊急アクション)
・大使館・警察機関・諜報局・軍部などとのパスラインを持つ。
・誤作動を防ぐため、二重認証+音声認識が必要。
※外交・軍事行動を誘発する可能性あり。
※触るな
────
「……ゲームのチート画面か?」
冗談みたいな本気。
冗談のふりした戦場。
これが、『Lの特設サイト』。
世界を掌握するための“机上の作戦室”。
──なのに。
その端末をいじっているのが、さっきまで「A」の形が作れず右往左往してた僕だという現実が──いちばん恐ろしい。
他にも、いくつか項目はあった。
けれど、その中でも一際、気になるものがあった。
■09. Shell Terminal
「……“シェルターミナル”?」
他のメニューが「事件保管庫」だの「監視アクセス」だの、いかにもLらしく用途が見える名前で統一されていた中──これだけが妙に、“曖昧”だった。
「……なんだこれ……」
クリックしてみる。
現れるのは、文字列。
> ACCESS DENIED
> Enter Master Password
「……やっぱり、そう簡単には開かないか」
パスワード制限。
シンプルな、でも確実な壁。つまり、これは誰にでも開かせる“ファイル”じゃない。
「マスター……って、何……?」
マスター。主人。主導者。継承者。管理者。
その全てを“今の自分”が指すなら、開いてもいいはずなのに。それでも“まだ、お前には早い”と言われてるような、そんな拒絶。
「……ヒントも何もないのか……?」
そう思って、モニターをじっと覗き込んだ瞬間だった。
──ガチャ!
乾いた金属音が、背後から鳴った。
「──ッッ!!?」
心臓が、喉元まで浮上した。
口が勝手に開いた。叫びが声になる前に、反射的に、ノートパソコンをバチン!と閉じていた。
思い切り。容赦なく。
今のでパソコンが壊れていてもおかしくない。
それほどに、咄嗟だった。
「……だ、誰……?」
振り返る。見られてはいけない何かを、まさに見られたかもしれない人間として。
──そこには、
Bがいた。
動かない。
立っている。ただ、そこに。影のように、黒い髪と、その目と、無表情に。
「……」
「…………」
沈黙。
対話のために生まれた空気が、沈黙によって押しつぶされていく。
「……な、な、なんだよ、B……。急に……。ノックぐらいしろよ……」
声が裏返った。
否、裏返ったのは声ではなく──心臓だ。
ドクン、ドクン、ドクン。
汗が、ダラダラと首筋を伝う。
冷や汗という言葉が、こんなにも実体を持って流れるものだったとは。
「……」
今の──見られてなかったよな?
見られてないはず……だよな?
Bは、何も言わない。
でも──何も言わないことが、いちばん怖い。
お願いだから、何か言ってくれ。
疑っているなら、問い詰めてくれ。
怒っているなら、責めてくれ。
──黙ってるのだけは、やめてくれ!
Bは、淡々と口を開いた。
「……なんで、自分の部屋をノックする必要があるんだ?」
「…………」
それはつまり、今のは──侵入ではなく、Bが“ただ部屋に戻っただけ”という、純粋なる日常だったということで。
「っ……」
僕の中で、何かが崩れた。
緊張。焦燥。恐怖。不安。被害妄想。全部が一列に並んで、崩れていった。
「……こ、ここ、僕の部屋だから……」
「共有部屋だろ」
冷静な正論パンチ。
ノーガードの僕の顔面に、クリーンヒット。
汗は止まらない。いや、止まるわけがない。さっきまで死にかけてた。
「ていうか……入る前に何か言えよ……一言くらい」
「……必要か?」
「必要だよ!!」
やっと声が出た。
肺から絞り出した一撃。反撃ではなく、ただの悲鳴。さっきまで“自分がLであることを露呈したかもしれない危機”を、叫んでいるだけ。
Bは──口元をわずかに歪めた。
笑っている、わけではない。怒っている、わけでもない。ただ、不服そうに、どこか「お前らしくない」と言いたげな顔で。
「……今まで、ノックしろなんて言われたことない」
「へっ!?……いや……いや、そ、それは、あの、その……び、びっくりしたっていうか……急に入ってくるからさ……びっくりした……だけで……」
ぐちゃぐちゃな言い訳が、脳内で生成された順番とは別に、無造作に口から出ていく。
しかも、全部がバラバラに。文法も順番も無視。A式言い訳パズルの完成である。
──しかし、Bはそれに一切反応せずAの机を指差した。
「……?」
視線を辿る。
そこには──一通の手紙があった。
Lから届いたあの手紙──
「──ッ」
Aの背筋が跳ねた。
その手紙は半分に折られていて、文字は見えない。見えない。けど、見えないからこそ──“想像の余地”がある。
Bが、口を開く。
「それ、何の手紙?」
平坦な声。
問い詰めるでもなく、尋ねるでもなく、ただ、「お前はそれを、どう説明するのか」と、無表情で言っている。
Aは──一瞬で動いた。
「なっ、ななな、なんでもないよ!!」
手を伸ばし、ぐしゃり、と紙を掴む。
折れていた手紙がさらに歪み、角がくしゃっと潰れた。
そのまま、自分の背中に隠す。
Bは、それを見ていて──言った。
「……なんでもないのに、なぜそんなに慌てる?」
ド正論。まずい。
「えっ、いや、それは、その……あのっ……っちが、これは、えっと……ぼ、僕宛てで……!」
「…………」
「だからっ、これは……そのっ……ら、ラブレター……そう、ラブレターだよ!」
言ってから、自分でも意味が分からなかった。
なぜラブレターを選んだ?
もっと他に、言い訳はあったはずなのに。
「……ラブレター?」
Bが思わず聞き返す。
それだけで、全身の血の巡りが一瞬で逆流した気がした。
「う、うんっ! そうさ!……わ、悪いかよ……」
「……にしては、真っ白な手紙だな」
「っ……!」
「しかも半分に折られて、ぐしゃぐしゃで、つまらない見た目だ。内容の濃さをまったく感じさせない」
ひとつずつ、地味な事実が、Aを刺してくる。
しかもどれも反論不能。
Bはただ、“見たまま”を言っているだけ。
「……べ、別にいいだろ!!見た目とか、そういうのはさっ!!」
叫んだ。それは正論返しではなく、“羞恥”による爆発だった。こっちは嘘をついているのに、なぜか傷つくという理不尽な展開。
しかも、全部、自分で蒔いた種。
「ふーん」
Bは、それだけ言って──自分のベッドに座った。
これ以上追及する気は、ないのか。
それとも──“あとで聞く”ために、今は泳がせているのか。どちらにせよ──Aは今、自爆したばかりだった。
けれどBは、既に──“分かっている”のだ。
本当は何かをしていたことも。何かを隠していることも。けれど、それを責めるつもりも、詮索する気も、今のところはない。
ただ、“見た”。
それだけで、Bはもう十分に状況を把握している。
Aは背中に手紙を隠したまま、壊れていないことを祈りながらパソコンをそっと撫でる。
何も知らないふりをして、Bがそこに座っていることに、安心すら覚えてしまいそうになる自分が怖かった。
ふたりの間には、言葉よりもずっと重い“知らないふりをする関係”が出来ていた。
けれどその知らないことこそが──今のところ、いちばん信頼に近い関係の証だ。
Aは、目を閉じる。
まだ、ドクドクしている胸の鼓動を指先でなぞりながら。
──そして、この日は何もなかったように、更けていった。
“何もなかった”ということにして、ふたりの物語は次へと進んでいく。