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限界社畜リーマン青×代行業桃パロ5話目
目が開いたと自分で認識した瞬間、ハッと我に返るようにして上体を起こした。
それでも目の前に広がる状況に、脳は簡単にはついていってくれない。
場所は自分の家の自室のベッドの上。それは分かる。
だけどそんな自分の体の下には、組み敷くようにしてピンク色が存在している。
「……目、覚めた?」
おはよ、と小さくそのピンクが口にした。
ないこだ、と頭が理解すると同時に、自分の全身から血の気が引いていくのが分かる。
俺が起きたことで同じように今ちょうど目が覚めたらしいないこは、自分もまだ寝ぼけた目でふわぁと大きな欠伸を漏らした。
その様子を硬直したまま見下ろしていると、「…まろ重い」と声が続く。
「…あ、ごめん」
ないこの上に跨る形になってしまっていたことに気づいて、慌てて俺はベッドから退いた。
そこでようやく記憶が蘇ってくる。
…そう、昨日飲み会が終わった頃にないこに電話した。
運転を代行してほしいなんて口実で呼び出した記憶はある。
だけど待っている間に眠気が急激に襲ってきて、ないことどうやって会ったのか、どんな会話をしたのかはほとんど意識下に残されていない。
「ご、ごめん俺…どうやって帰ってきたっけ」
「俺が運転してここまで帰ってきて、鍵はちゃんとまろが開けたよ。その後俺を巻き込んで倒れるみたいにして意識失ったから、抜け出すこともできなかったけど」
「〜っ、ごめん」
「……」
自己嫌悪に陥りそうになりながら小さく紡いだ言葉に、ないこは何を思ったのか何かもの言いたげに苦笑いを浮かべただけだった。
それから自分もベッドの上に上体を起こす。
「うあー体いってぇ」なんてぼやきながら。
「え、じゃあ代行の代金とかも払ってないよな」
慌ててポケットの財布に手を伸ばそうとすると、ないこはばきばきに固まってしまったらしい全身をストレッチするように「うーん」と伸びをした。
「まろ、ほんとに何も覚えてないんだね。うちは本来運転代行はしてないって話したけど」
「……そうやっけ…」
「しかも昨日のあの時間は、営業時間外だから」
「え! それやったら尚更あかんやん…!?ごめん!!」
慌てて謝った瞬間、ないこはまた妙な表情をその整った顔に浮かべた。
ただしさっきまでの苦笑いではなく、今度は少し不満そうに。
「……酔ってる時の方が素直でかわいかったな」
「え?」
「何でもない。営業時間外だから、友達が代わりに運転しに来てくれたくらいに思ってればいいよ」
料金もいらない、と付け足してないこはベッドから立ち上がった。
それからまだ申し訳なさそうな顔をしているだろう俺に向けてなのか、小さく息をつく。
「まろ、飲むと人格変わる上に記憶なくすんだね。気をつけたほうがいいよ」
「……そんなに変なこと言うとった? 俺」
飲み会の場で同僚からそういった指摘を受けたことはない。
せいぜいテンションが高くなるか眠くなるかのどちらか程度で、注意を受けるほどの失態は見せたことがなかったのに。
「変なことっていうか、『ないこかわいい、ないこ好き』ばっかり連発してた」
「え!?……っ」
思わず声を失くすようにして絶句する。
息と共に思考が止まる感覚を覚え、口はぱくぱくと開閉を繰り返すだけで次の言葉を紡ぐことができなくなった。
そんな俺を、ないこは真顔で振り返って首を竦める。
「……なに真に受けてんの? 冗談に決まってんじゃん」
「…え…冗談…?」
「そらそうでしょ。いくら泥酔してても、人間思ってもないこと口にしたりしないよ」
……思ってもないことじゃないから、酔って口にしたかもしれないって焦るんだよ。
この数日、胸の内に押し留めてはいたけれど、ないこがさっき冗談だと言って挙げた思考に至った自覚はある。
…それも一度ではなく何度も。
「まろ、シャワー貸して。あと服。俺の服しわくちゃになっちゃった」
茫然と立ち尽くす俺を気にする素振りもなく、ないこはそんな風に話題を変えた。
「まろ、今日はどんな予定なん?」
シャワーを浴び終えたないこに、トーストに目玉焼き、コーヒーなんて簡素な朝食を出すと、それをもぐもぐと咀嚼する合間にそんな問いを投げてきた。
Tシャツとハーフパンツを貸したけれど、おしゃれさの欠片もないただのグレーと黒の服が、着る者が変わればこんなに映えて見えるのかと思うほどに印象が変わる。
半袖から伸びた、長く白い腕。その先で細い指がマグカップの取っ手を掴む。
「あー今日はだらだらして、夕方くらいに買い物に出ようかと思っとったけど」
「買い物?」
「うん、花瓶買いに行こうかと」
言うと、ないこは「あぁ」とひとつ頷いた。
「さっき脱衣所にバケツにぶち込まれた花があったね。依頼人には見せらんなそうな」
「…いや、だから悪いと思って買いに行くんやん」
「ふふ、冗談だよ」
唇を緩めて笑み、ないこはもう一度小さく頷いた。
「じゃあ俺も一緒に行くわ」
「え?」
続いた言葉に、今度は俺が目を瞠る。唇を薄く開いて続く言葉を継げずにいると、ピンク色の髪が小さく揺れて首を傾ける。
「平日はまろの会社で待ち伏せしてたけどさ、休日の情報までは知らないからどうしようかと思ってたんだよね。一緒に買い物行って、最後に花束買って渡すわ」
「……あぁ、そういうこと」
そう言えば忘れていたけれど、今日だって「告白代行」はあるわけだ。
…いや、違うだろ。むしろ俺達の関係はそっちの方がメインだろ。
「ないこ、仕事は?」
胸が焦げ付くようにチリと痛んだ気がしたけれど、そこに意識を持っていかないように務める。
気づかないふりをして話の方向を変えるように尋ねた。
ブラックのコーヒーをすすりながら、ないこはまた小さく首を傾ける。
「今日は元々まろへの告白代行しか予定入ってないから、大丈夫」
依頼が来ない限りは割と自由な勤務体制なんだろうか。
そんなことを考えながら、俺は自分もコーヒーを飲み干す。
前日の酒で荒れた胃には優しくない苦みが、どんどん深く染み入るようにして広がっていった。
花瓶を買いに行くだけなら夕方でもいいと思っていたけれど、ないこが一緒に来るならと予定より早めに外へ出た。
ないこは俺のクローゼットの中から黒のセットアップを取り出して身に纏っている。
依頼人からの今日の服装指定がこういう感じらしい。
「まろがちょうど持っててよかったー」なんて笑って言ってないこは袖に手を通したけれど、やはり同じものでも着る人間が違うとこうも印象が変わるのかと思い知らされる。
背丈にそれほど差はないから大きすぎることもない。
それなのに俺が着るときよりよほど洗練された印象を受けた。
…それにしても、「服装指定」なんて何度聞いてもへんてこな依頼だけど、それをターゲット自身から借りてまで守ろうとするないこも十分変なヤツだ。
割と買い物は好きな方だと言うないこに連れられて、「せっかく出てきたんだから」とショップ巡りをさせられた。
服や小物なんて身に着けられれば十分な自分にとって、こだわりなんてものはない。
だけど「これまろに絶対似合う!」なんて普段使いできそうな鞄を指し示されては、言われるまま「買ってもいいか」なんて気にもなったりして。
花瓶は重いからと後回しにし、結局ないこの買い物に付き合うような形になった気がする。
その途中で昼食を食べに行ったり小休止でカフェに入ったりしたけれど、何かを食べているときのないこが1番幸せそうに笑っているかもしれないと気がついた。
こんな陽キャで派手な見た目をしているから、どこか小洒落たランチの店でも選ぶのかと思ったけれど、ないこが「ここにしよ」と決めたのは意外にも敷居の高さなんて露ほどにも感じさせない定食屋だった。
しかも焼き魚定食なんてものを選ぶ辺り、気取る気配すらない。
それで目を輝かせながら「うまいー」なんて笑うものだから、ギャップって怖いと思う。
チャラそうな見た目とは裏腹に、気を使わなくていい相手。ないこはそんな印象だった。
自分と正反対なはずなのに、根底にある価値観みたいなものは似ているんだろうか。話していて心地良い。
だから、何もかも忘れて、普通にただ与えられた休日を楽しく過ごしてしまっていた。
本当ならそんな呑気な立場ではないはずなのに。
「…あれ、ないこ…?」
一度、俺のスマホに会社の人間から電話がかかってきた。
ないこには待っててもらって少し離れた場所で通話に応じたのだけれど、戻ったときにその姿を見失ってしまった。
きょろきょろと辺りを見渡すと、ないこは駅のその人混みの中、元いた場所から少し離れた柱に寄りかかっていた。
その手前には「ねー聞いてますかぁ?」と甘ったるい声をかけている女が2人立っている。
ミニスカートからすらりと伸びた白い足。
それと同じように細い腕が、ないこに触れそうになるのが見えた。
「1人で暇してるなら私たちと遊びに行きましょうよ」
少し大股でそちらに向かった俺の耳に、そんな言葉が飛び込んでくる。
それで察してしまった、…逆ナンか。
それでないこは嫌気が差して移動したのかもしれない。
今は追ってきたらしい彼女たちに見向きもせず、顔を俯けて完全に無視してただスマホを弄っている。
「この先にいいお店あるんですよ。お酒もおいしくってぇ」
「ちょっと…!」
女の手がないこの腕に触れそうになる。
それを阻止するかのように、俺は横からないこの腕を掴んだ。
そのまま自分の方へと引き寄せる。
「暇じゃないんで…!1人でもないし!」
ぐいと引っ張った俺をないこが見上げるのと同時に、女が「え」と目を輝かせた。
「2人なんですか? じゃあ尚更ちょうどいい! 2対2で遊びにいきましょ」
名案、とでも言いたげに女は顔の前で手を合わせてにこりと笑う。
連れがいると分かれば一発で引いてくれるだろうと思っていた俺は、思わぬ展開に目を見開いた。
「お兄さんもかっこいいですね」と、2人がきゃっきゃと声を上げ始める。
「…」
俺の隣で、ないこが何かを呟いた。
それを聞き逃したのは俺だけでなく彼女たちもだったようで、「え?なんですかぁ?」と、呑気な口調で耳を寄せて聞き返す。
「行かねぇっつってんだよ。うざい、今すぐ消えろ」
地を這うような低音ボイスが、空気を切るようにして彼女たちに刃を突き立てた。
それに目を瞠って驚いたのは、彼女たちだけでなく俺もだった。
何を言われたのか理解した一瞬後、2人の顔が怒りと羞恥で真っ赤に変化していく。
「…うっざ! ちょっとくらい顔いいからって調子乗んな!」
「行こ!」
捨て台詞を吐き、身を翻すとばたばたと走り去っていく。
顔を上げないまま、「どっちが」とないこは不機嫌そうに呟いた。
それから俺の方を振り返る。
「うまくあしらえないなら入ってこなきゃ良かったのに。あんなん無視しときゃいいんだよ」
まぁまろは人が良いからしょうがないよね、なんて言って笑うないこは、もう俺が知るないこだった。
彼女たちに対峙していたときの冷徹さのようなものは片鱗すら覗けない。
「…びっくりした、ないこはあんな感じであしらうんや」
「まぁこれが仕事相手とかだったらもっとうまく立ち回るけどね。どうせ二度と会うこともない人間だし」
優しく断る必要もないじゃん?なんて平然と言ってのける。
……あぁ、そっか。ないこのプロ意識はこういうところにも表れるのか。
仕事関係の相手なら、今後の付き合いも考えて愛想も優しさも見せる。
「…まろ?」
だから今俺に向けられるこの笑顔も、単純に「客」だからかもしれない。
仕事にストイックで、プロ意識の高さにも惹かれたはずだった。
だけど今はそれがこんなにも痛い。
「…なんでもない、行こうか」
少し嘘を含んだ俺の声は、虚しく空を舞うようにして消えた。
最後にないこお勧めのインテリア雑貨の店に寄ると、ちょうどいい花瓶は割とすぐに見つかった。
3日分くらいの花束が入る大きめのサイズを2つ購入する。
ガラス製のそれは割と重めだった。
「…この花瓶、今回の花なくなったらどないしよ。こんなでっかいん、普段は使い道ないよなぁ」
ぽつりと呟いた俺の手に、ショッパーが2つぶら下がる。
そのうちの1つを引き受けながら、ないこは隣で笑った。
「定期的に自分で買えばいいんじゃない?花」
「そういうタイプちゃうんよな」
怠惰を自称して掃除も得意じゃないくらいなのに、マメに花を取り替える自分なんて全く想像できない。
かと言って大きくて縦長の花瓶は、他のものを入れるなんて別の使い道もできそうにない。
「まろ、最後に花屋寄っていい?」
花瓶を買ったことで思い出したのか、隣に並んで言うないこの言葉に「あー、うん」と小さく頷いた。
そうか、もうそんな時間か。
辺りはすっかり暗くなってきていて、今日のこの楽しかった日が終わろうとしているのを告げる。
「ちょっと待ってて」
目ぼしい花屋を見つけたらしいないこは小走りでそこに入っていく。
数分して戻ってきたあいつは、胸にいつも通り青い花束を抱えていた。
だけどいつもとは違う店のせいか、花自体はここ数日のものとは異なっていた。
それでもきれいで甘美な香りを放つ。
ないこは多分、この場でこれを俺に渡して帰るつもりだ。
そんなことは当然でわかりきっていることなのに、往生際悪く「…ないこ、あのさ」と俺は改めて呼びかけていた。
「それもらうん…ここじゃないとだめ?」
「え?」
「たとえばうちで…とか」
俺の急な申し出に、ないこは目をぱちぱちと瞬かせた。
こちらの真意を窺おうと、上目遣いに俺の顔を覗き込んでくる。
「や、いつもは会社の裏口の人通りないところにしてもらっとったやん…? さすがに街なかのここじゃ目立つっていうか…」
苦し紛れの言い訳に、ないこは一瞬黙りこんだ。
人目につくのが嫌だというのもあるけれど、俺の本音はきっとそこじゃなかった。
自分でも考えるより早くそんな提案をしてしまったのは、まだないこと離れたくなかったせいだ。
今日一緒にいられたのが楽しくて幸せだったせいで、まだ終わらせたくなかった、そんな子供みたいな理屈だ。
「あーなるほど。うん、いいよ」
俺がないこと反対に陰キャで目立つことが嫌いだということは、この数日で伝わっているのだろう。
あっさりと納得してないこは頷く。
それにほっと胸を撫で下ろしたけれど、すぐに覆された。
ないこが予想外の言葉を継いだせいだ。
「でも渡すのは、せめてまろの家の玄関の外側でもいい?」
「…え?」
「まろにだから言うけどさ」
そう前置きして、ないこは自分の方の事情を俺に説明した。
実は「告白代行」は、依頼人に依頼完遂の連絡をするために毎回別の社員が写真におさめていること。
だから、家の中に入ってしまうとその社員が俺達の写真を撮ることができないということか。
ないこの話がそう繋がってしまった瞬間、俺はごくりと息を飲んだ。
…分かってたことだろ。
ないこにとって俺との時間が結局は「代行業務」の一環でしかないことくらい。
そこにショックを受けるのは違うし、責めるなんてもっと違う。
「…まろ?どした?」
だけど、なんだろう。
わかりきっていたことだしないこを責めることでもないのに、急速に自分の中の何かが冷え切っていく感覚。
あぁこれ以上何かを求めたって、叶うわけもないし無駄だと、自分自身に言い聞かせるような声が脳内で響く。
「……やっぱり、いいわ」
ようやく口からこぼれた言葉は、さっきないこがあの逆ナン女子たちに発した声みたいに這うような低さだった。
「ん。それちょうだい。やっぱり今ここでもらう」
ないこからしたら、急に意見と態度を変えた俺。
面食らったようにピンクの瞳がまん丸く見開かれる。
「え?何で急に…? 俺なんか悪いこと言った?」
「いいから、ちょうだい」
もうここで終わらせたい。
あと少しだけ一緒にいたいなんて独りよがりなことを考えた自分を許したくない。
「まろ、俺……」
ないこの腕に抱えられたままの花束に手を伸ばす。
戸惑ったような目でこちらを見るないこは、立ち尽くすしかなかったらしく差し出してはこなかった。
それを無理やりとも言えるように取り上げ、「ありがとう」と義務的に礼を言う。
「また、明日。明日で最後やね」
言わなくてもいいようなことを、確認するように口にしたのは八つ当たりだった。
何も言えずに硬直しているないこにくるりと背を向け、俺はそのままそこにあいつを置き去りにするようにして歩き出した。
コメント
2件
悲しい😢最高なお話が終わっちゃうのは悲しいけど次も楽しみにしてます。本当にいつも最高をありがとうございます
明日で最後なのかぁ...ッなんか悲しいですね、、 青さんが桃さんのことを本気で思ってる感じが此方まで伝わってきます.ᐟ.ᐟ✨ 次回も楽しみです.ᐟ.ᐟ