テラーノベル
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370
休憩中はただただ椅子に凭れてグッタリとしていた。勇斗は別の場所で談笑してる。
声が聞こえる。
いつの間にか、ザワザワとした人の声の中からでも勇斗のいる場所を感じられるようになっていた。
「…大丈夫?」
「ん…大丈夫」
柔太朗の声がして、目を閉じたままぼんやりと答える。
「なんか、ヤバくない?」
「…なにが」
「…ヤバいよ今日」
「だから…なにがって」
「…なんでそんな疲れてんの?」
「……」
薄目を開けて声のする方を見ると、前のめりになった柔太朗がこちらを見ていた。
「…っていうか、脱力してるよね」
「…してない」
「ほらそれ。めっちゃ眠そうだし」
「…ほっといて」
「…いいけど、まじ倒れるとかやめてね」
「…それは大丈夫」
「そーなんだ…」
やりすぎて疲れきってるなんて言えない。
気だるくてしょうがない。
眠い……。
「…ねえ」
「…なに」
しつこいなこいつ…。
なんて思ってたら、すっと横に来て俺の長袖を捲って手首に触れた。
「…っ」
「これも…関係あるんじゃない?」
しゃがみ込んだ柔太朗が真っ直ぐな目で見つめてくる。
「…これは、」
「…真っ赤」
赤くなった手首をスっと撫でられて、ピクンと身体が跳ねる。
やっぱりまだ、痛い…。
「…痛いの?」
「……大丈夫だから」
「……」
困った顔をしていたのかもしれない。
言える訳、ない。
「……あんま変な趣味とかやめなよ?」
「…ち、違うって」
何かを察したのか、切り替えた顔の柔太朗に少し笑いながらそう言われて更に焦る。
「なにが違うのかねえ」
「…だから違うって」
「ふーん」
椅子に戻った彼がまたスマホに目を移して、呆れたようにそう言った。
…普段通りに戻った…戻って、くれた?
サッと手首をまた隠して、椅子に座り直す。
あー…迂闊だ。本当に迂闊だ。
絶対、変な趣味あると思われた…。
変な…趣味…
叩かれて、押さえつけられて、強引に挿れられて……
これって十分変な趣味なんじゃ…?
今更すぎる考えにたどり着き頭を抱えた。
「…オモロ」
「…おもんねーよ」
「いや、今日の仁ちゃん面白すぎって」
「こっちは深刻なんです…」
「ハァ。それ以上体に傷とか作んないでよ?」
「傷って…」
「商品なんだからさ。」
「……ハイ」
なんだか的を得た説教をされて、少しへこむ。
何やってんだ俺は……。
「…なに話してんの?」
「…っ」
肩に手を置かれてビクッと身体が跳ねる。
……勇斗だ。
「……」
「……」
「…なに、なんで二人して黙るの?」
目の前のテーブルに頬杖をついて俺たちを見る勇斗。
その顔は半分笑っていて、その真意はわからない。
嬉しいはずの彼の登場に、何故だか焦ってしまう。
「…べっつにぃ」
「あ…うん、なんでもないよ」
「あー…そう」
「…仁ちゃんがカラダに変な傷作ってたからやめてねって言ってただけー」
「…あっ」
「……」
…勇斗は笑ってる…けどその目が笑ってないのが分かった。
「……まあ別に…趣味は自由だけどさー」
「……」
「……」
ガタッと椅子を立った柔太朗が控え室に繋がる廊下に消えて行った。
「……」
「……」
心臓がドキドキして止まらない。
無言の勇斗が今何を考えているのか、分からなくて…。
「あー…」
「……」
「……俺の、せいだね」
「……え」
「……ごめん」
思わぬ言葉に唖然とした。
「…後で話そ」
「…う、うん」
その穏やかな口調に呆気にとられる。
「…なに、その顔」
「…いや…そんな勇斗…なんか久々に見たから」
「…え?」
「…ちょっとビックリした」
「……」
言うと、今度は勇斗がビックリしてるみたいだ。
「…そうかな」
「…うん」
そのまま沈黙が流れた。
スっと立ち上がった勇斗が、「…あとでね」と改めて言って立ち去った。
柔太朗に言われたことよりも、今見た勇斗の様子に何故驚いているのか気が付いて…困惑した。
勇斗は昔からああいう奴だった。
穏やかに笑って、たまに俺をからかって…真面目で。
なのに、俺はいつからそんな目で見てた?
「……」
その事に気が付いて呆然とした。
―――
後でね、と言った勇斗を待っている。
…なかなか来ないな。
というか、今日こそ家に帰らないと。
さすがに連日同じ服はまずい。
柔太朗にも、なにかしら気付かれそうになったし。
「……」
遅いな…。
戻るか…。
エントランスで立ち尽くしていたが、来た道を戻る。
勇斗はまだ中にいる。
いつもならもう帰ってる時間なのに。
なにやってんだよ。
「……」
どんな顔、するのかな。
収録中は本当に、いつもの勇斗だった。
変わらない勇斗。
見慣れた表情、発する言葉もいつも通り。
俺と二人になった時だけだ。
強い瞳。支配的な態度。強引な手。
…また、ああいう勇斗に、なってるのかな。
期待と不安が入り交じりながら、控え室の扉を開けようとした時、中から声が聞こえてきた。
「…だからさ、そういう事するなって言ってんじゃないのよ」
「…わかってるよ」
「分かってんならあーいう態度やめなよ?」
「…態度って」
「仁ちゃん明らかにいつもと違うじゃん」
…おれ?
中にいるのは、柔太朗と勇斗だ。
「…つかなんで気付いた?」
「気付くでしょ普通に」
「…」
「勇ちゃんも仁ちゃんも、変だった」
「変って、どこが?」
「いや。泊まったって聞いたあとにあんな…主従関係みたいな態度されたらさー」
「…は?」
「あと手首の傷と、仁ちゃんの歩き方おかしかったよ」
「…」
「二人で妙な雰囲気で消えるし」
「…」
「…まあ…気がついたのはさっきだけどさ」
「…仁人に?」
「…うん」
「…そんな、アイツ変だった?」
「…はあ?気付いてないの?」
「…」
「…勇ちゃん見る目が怯えてるしなんか含みのある目なんだよ」
「…」
「いや、もー別にいいんだけどさ。とにかく、周りに気付かれるような事はやめてねって話」
「……わるい」
「…プレイはご勝手にって感じだけど、あんま持ち込まないでよね」
「…わかった」
「はぁ〜。じゃあ俺帰るわ」
「…」
「……」
ガチャッ
「…え」
「……」
「……仁人?」
顔を上げられなかった。
恥ずかしくて、恥ずかしくて…
勇斗の顔も柔太朗の顔も見れない…。
「…っ」
くるりと背を向けて走り出した。
痛いっ…腰が、身体が、軋むように痛い。
今だけはそんな痛みに負けたくなくて、ただ走った。
エントランスを出て直ぐに、手首を掴まれて、身体が跳ね戻された。
「わっ、ぶね、」
「…はぁ、はぁ」
勇斗だった。
「は…離して」
「…」
「…痛い」
「あ…」
掴まれた手首がパッと離される。
「…も、帰る」
「…待ってよ」
「…やだ、帰る」
「…仁人、」
「家でやって下さーい」
後ろから声がして柔太朗が俺たちの横を通り過ぎた。
「……」
「……」
そして呆然とした俺たちを見て足を止めた。
「…別に迷惑とか思ってないからね?そこは勘違いしないでよ」
「…わりぃ」
「…柔っ、」
「…好きならいいよ、別に。ただあんま心配させないでよね」
「…」
「…」
「…じゃあ、帰ってやってね、まじで」
「…」
「あのっ……ありがと、」
「…別にいーよ。仲間でしょ」
そのまま去っていく柔太朗を、ただ見ていた。
「……仁人」
「…、はい?」
咄嗟に振り向く。
変な声が出た。
「…うち、帰ろ」
「…勇斗んち?」
「…うん。服…貸すから」
「……俺に合うサイズ、あるの?」
「…探すから」
「……わかったよ」
なんだか急にしょんぼりとしてしまった勇斗を見て、断れなかった。
そして、柔太朗の言葉に救われた気がした。
好きなら、いい…か。
もうバレてるんだ。
腹を括ろう。
「…行こ?」
「…」
差し出された手を見つめる。
「…ほら」
「…うん」
そのまま手を繋いで歩き出した。
こんなの見られたら、またさのじんはガチとか、言われてしまうのかなあ…。
「…柔太朗、気付いてたよ」
「…そうみたいね」
「…休憩中、手首…見られたんでしょ?」
「ああ…うん…」
「…ごめんね」
「…いーよ、別に」
「良くない」
「…どしたの」
大きな声を出した勇斗に驚いて足を止めた。
「…悪い。ほんと、ごめん」
「…なにに謝ってる?」
「…ここ最近の…こと」
「……」
「…仁人のこと…あんな風に扱って…ごめん」
「……俺も…気持ちよかったから別に、いい」
「…っ…」
「…はやと?」
ぐっと握る手に力が込められた。
「…思い出すと…止まんなくなる」
「…え?」
「…仁人の、ああいう姿」
「…」
「…もっと、めちゃめちゃにしたいって…思っちまう」
「…」
「どうかしてる…」
俯いて言った勇斗の言葉に、黙り込む。
「…俺も…多分どうかしてるよ」
「…」
「…もっと…いじめて欲しいって…思ってるから…」
…そう伝える瞳が熱い。
きっと俺はまた、物欲しそうな顔をしてるんだろう。
「…っ」
「…勇斗にだけ…思っちゃうんだ」
「…」
「…なんでだろ」
「……俺のこと好きなの?」
「…え?」
「……仁人、俺の事好き?」
「……」
俺を見つめる瞳が問いかけてくる。
優しいけど、熱の籠った目。
「……すき」
自然とそう口にした。
「……」
「……」
身体の快感にばかり気を取られて、肝心な事に気付けなかった。
昨夜眺めていた背中に、本当はくっつきたかったんだ。
抱き付いて、好きって言いたかった。
「……はぁ〜」
「……なに?」
「…いや…なんか、めっちゃ脱力…」
「…ええ?」
「…もっと早く気付けよ〜」
「…すきってことを?」
「…うん…いや、俺がね?」
「え?」
「…仁人のこと、好きだって」
「……」
「…仁人だから…からかいたいし、酷くしたい…でも、もっと良くしてあげたいって」
「……」
「…性欲って邪魔なんだな」
「…なにそれ」
「…錯覚してたあ」
「…それは俺もだよ」
「…じゃあ、ちゃんと言うわ」
「……」
向き直って背筋を伸ばした勇斗が口を開く。
「…俺と付き合って。そんで、めっちゃいじめていい?」
「……はい」
なんとも不可思議な告白。
でも、嬉しくてたまらない。
…………
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