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蒼音
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「あ。」
目が合った。
廊下に立っていた少年は、少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、照れくさそうに笑った。
「ごめん。病室、間違えちゃった。」
そう言って頭をかく姿が、なんだかおかしくて。
思わず小さく笑ってしまった。
「やっと笑った。」
「……え?」
「いや、さっきまですごく寂しそうな顔してたから。」
その一言に、胸がドキッと鳴る。
初対面なのに。
どうしてそんなことが分かるんだろう。
「あー!いたいた!」
看護師さんが慌てて駆け寄ってきた。
「もう、病室はこっちだよ。」
「すみません!」
少年は笑いながら頭を下げる。
去っていくその背中を、俺はなぜか目で追っていた。
──もう誰とも深く関わらない。
そう決めたばかりなのに。
その日の午後。
病院の中庭へ散歩に出ると、ベンチに見覚えのある後ろ姿があった。
「あ。」
また目が合う。
「また会ったね。」
少年は嬉しそうに笑う。
「隣、いい?」
断る理由も見つからず、小さくうなずいた。
風が木々を揺らす。
静かな時間だった。
「俺、病院って初めてなんだ。」
「そうなんだ。」
「ちょっと検査で入院。」
そう言って笑う横顔は、どこか無理をしているようにも見えた。
「君は?」
質問されて少しだけ迷う。
「……心臓病。」
それだけ答えた。
「そっか。」
普通なら気まずい空気になるはずだった。
でも彼は違った。
「教えてくれてありがとう。」
その言葉には同情も、無理な励ましもなかった。
ただ、まっすぐだった。
「名前、聞いてもいい?」
少しの沈黙。
「……湊。」
「湊か。いい名前。」
そう言って笑う。
「俺は悠真。」
悠真。
その名前を心の中で何度も繰り返す。
「よろしく。」
差し出された手。
握れば、きっと関わってしまう。
別れがつらくなる。
だから――。
「……ごめん。」
俺はその手を見つめたまま、小さく首を振った。
悠真は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑った。
「そっか。」
それ以上、何も聞いてこなかった。
その優しさが、逆につらい。
「じゃあまたね。」
軽く手を振って歩いていく悠真。
俺は何も返せなかった。
夕暮れ。
病室の窓から外を眺めていると、中庭で悠真が空を見上げていた。
風に揺れる髪。
夕日に照らされる横顔。
その姿から目が離せない。
「……またね、か。」
もう会わないほうがいい。
そう思うのに。
心のどこかでは、明日も会えたらいいと思っている自分がいた。
その小さな願いが、これから先の運命を少しずつ変えていくことになるなんて、まだ知らなかった。
コメント
6件
涙出るぅ
ああ、もう……第3話、すごくよかったです……。湊くんが「ごめん」って手を握らなかったところ、胸がぎゅっとなりました。関わったら別れが辛くなるって分かってるからこその距離の取り方、すごく切なくて。でも悠真くんが「そっか」で引いてくれる優しさがまた沁みるんですよね。夕暮れのシーン、湊くんが窓から悠真くんを見てる描写が美しくて、何度も読み返しました。次が気になります……!