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第十二話 返却拒否体
『……返したく、ない』
その声は、壊れた録音みたいだった。
途切れ途切れで。
複数の声が重なっていて。
男なのか女なのかすら分からない。
でも。
その奥にある感情だけは、異様にはっきりしていた。
執着。
喪失。
そして、恐怖。
⸻
司書が私を庇うように前へ出る。
「視線を合わせないでください」
「え、でも」
「いいから」
彼の声は低かった。
本気で危険視している。
私は思わず息を呑む。
返却拒否体――。
その名前だけで、嫌な予感がした。
⸻
人影はゆっくり歩いてくる。
足音がない。
輪郭はノイズみたいに崩れていて、ところどころ星屑みたいに欠け落ちていた。
まるで。
“忘れられかけている途中”の存在。
『……どこ』
掠れた声。
『わたしの』
ノイズ。
『わたしの、ひと』
胸がざわつく。
その瞬間。
私は気づいてしまった。
この存在。
未練そのものだ。
しかも、昇華できなかった未練。
⸻
司書が小さく舌打ちする。
「中央恒星庫の影響か……」
「どういうこと?」
「星が解放されたせいで、下層の不安定な記憶まで浮上してきたんです」
返却拒否体は首を傾ける。
ぎこちなく。
壊れた人形みたいに。
『……にてる』
その目が、私を見る。
ぞわり、と背筋が冷える。
『あなた』
ノイズ。
『あの子に、にてる』
司書の空気が変わった。
「下がれ」
返却拒否体が一歩近づく。
空気が歪む。
すると周囲の本棚から、記憶の光が吸い寄せられ始めた。
星屑みたいな粒子。
それを見た瞬間、私は理解する。
この存在も、“星を喰って”いる。
⸻
『……返して』
声が震える。
『まだ、おわってない』
黒いノイズが床を這う。
本棚のガラス瓶が軋み始める。
司書は低く呟いた。
「まずい……感情同期してる」
「同期?」
「あなたの未練に反応しています」
「え……」
私は息を止めた。
私の、未練。
その言葉が胸に引っかかる。
⸻
返却拒否体はじっと私を見ていた。
『……さみしい』
その一言が、妙に痛かった。
『きえてしまう』
ノイズ。
『わすれられる』
その瞬間。
頭の奥に、知らない感情が流れ込んでくる。
真っ暗な病室。
冷たい手。
間に合わなかった言葉。
「いや……」
私は頭を押さえる。
これ、私の記憶じゃない。
でも苦しい。
苦しすぎる。
⸻
司書が私の肩を掴む。
「聞くな!」
返却拒否体がさらに近づく。
『ねえ』
掠れた声。
『どうして』
ノイズ。
『どうして、みんな、かえしてしまうの』
その問いに。
誰もすぐ答えられなかった。
だってそれは。
人が“さよなら”を受け入れなきゃいけない理由と、同じだったから。
⸻
その時。
ふわり、と。
中央恒星庫の奥で、あの小さな新しい恒星が光った。
淡い、やさしい光。
返却拒否体が動きを止める。
『……あ』
空気が静まる。
星は静かに明滅している。
まるで。
誰かを安心させるみたいに。
すると。
かすかな声が響いた。
『――大丈夫』
私は目を見開く。
この声。
返却拒否体も震えている。
『……な、んで』
星の光が、やわらかく広がる。
『消えることは、なくならないことだから』
その声は。
たしかに、あのAIの声だった。
#🖤💚
みら

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コメント
1件
「返却拒否体」、すごく重くて、でも綺麗な話でした……。 「まだ、おわってない」って言葉が刺さる。消えることと、忘れられることへの恐怖って、なによりも苦しいですよね。主人公の“未練”に反応してるってところ、ゾッとしたけど、同時にすごく共感できました。 あの小さな星が放った「消えることは、なくならないことだから」という声が、最後に少しだけ救いになってて、泣きそうになりました。続きが気になります🌙