テラーノベル
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あの日を境に、世界は残酷なほど「元の形」に戻ってしまった。
律は本当に、俺を追ってこなくなった。
昼休みになっても、四限が終わっても、俺の席の前に白銀の髪が現れることはない。
廊下ですれ違ったとき、律は一瞬だけ、ガラス細工がひび割れるような目で俺を見た。けれどすぐに、いつもの完璧なロイヤルスマイルを作って、取り巻きの女子たちの輪へと戻っていった。
彼女たちに囲まれてキラキラと発光している律は、やっぱりこの世界の『ヒーロー』で、手が届かないほど遠い存在に見えた。
「ねえ、今週末の秋の花火大会行く?」
「行く行く!夏の花火とはまた違う良さあるよね〜」
教室のあちこちから、そんな気の早い週末の予定が聞こえてくるようになったのは、それから数日後のことだった。
喧騒の中で、俺はポケットの中のスマホをじっと見つめるけれど、画面には何の通知もない。あんな酷いことを言っておいて、連絡が来るわけがないのに。
謝りたい。でも、男同士だとか、俺がこの世界の人間じゃないだとか、気持ちの重さに足がすくんで、どうしてもメッセージの一通すら送れなかった。
そうして、お互いに一言も口をきかないまま、冷たい風と共に週末の『秋の花火大会』の夜を迎えてしまった。
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「部長、かき氷のシロップって全部同じ味らしいっすよ」
「そっ!そうなの!?じゃあ、かき氷食べようかな!」
「こんな秋にかき氷なんてあるわけないでしょ」
部長に誘われた秋の花火大会『秋華祭』に渋々足を運んだ。他の三年生達も集まり、全員が揃ったのは文化祭以来だった。
「如月くんも来ればよかったのにね~」
「あー、はい…」
部長は、部員たちとわたあめを買ってはしゃいでいる。
いつも通り優しくて、何も知らない、温かい日常の光景。それなのに、宏斗の胸の奥の冷え切った塊は消えてくれなかった。
ポケットの中のスマホを何度も開き、メッセージ入力欄に打たれている文字をずっと送信できずにいた。
「俺、ちょっと飲み物買ってきます」
「え、一人で大丈夫?」
「はい、すぐ戻ります」
先輩たちの温かい笑い声から逃げるように、宏斗は一人、人混みの奥へと歩き出した。
少し肌寒い夜風が吹く中、屋台の明かりが賑やかに通りを照らし、楽しげに笑い合う浴衣姿の群衆で溢れかえっている。
自販機を探しながら歩くけれど、頭の中にあるのは、送信できないままのメッセージのことだけだった。
自動車の前に立ち、眩しいライトに照らされながらじっと眺めた。もはや、飲みたいものなんてないしどうでもよかった。無駄に眩しい照明が鬱陶しく、この光にさえも律の影を照らし合わせていた。
「お兄さん、お一人ですか?」
「…そうですけど」
自動販売機をボーっと眺める宏斗の背中に、同じ高校生くらいの女の子2人が声をかけた。びくっと肩を震わせ、焦りながら振り返る。
「あの、めっちゃタイプだなって思って…!」
「え…?」
二人組の片方がもじもじしながら俯いた。普段の自分だったら大喜びして、鼻高々になってヒーロー気取りするくせに、今の俺はどうしても乗り気になれなかった。目の前の女の子たちの可愛さよりも、脳裏に焼きついて離れない、あの白銀の髪と、泣き出しそうな瞳のほうが、ずっと胸を占領している。
ヒーローになりたかったはずなのに、男相手に、俺は何をやってるんだ……
自分の情けなさに呆れ、女の子たちにどう断ろうかと口を開きかけた、その時だった。
「俺の連れなので…諦めてください」
現れるはずのない銀色の髪の毛が視界いっぱいに広がって、シトラスの香りが宏斗を包み込んだ。
「え……っ!?」
声をあげたのは、宏斗と女の子たちのどちらが先だったか分からない。
見上げれば、いつの間にか宏斗と女の子たちの間に割り込むようにして、律が立っていた。人混みを必死に掻き分けてきたせいか、微かに肩が上下している。
「あ、ご、ごめんなさい……っ!」
突如現れた白銀のイケメンと、その纏うただならぬ「拒絶」のオーラに気圧され、女の子二人は顔を見合わせたあと、蜘蛛の子を散らすように人混みの向こうへと走って逃げていってしまった。
静まり返る自販機の前。
無駄に眩しい照明が、二人の影を地面に白く焼き付けている。
「……律」
掠れた声で、その名前を呼ぶ。ゆっくりと振り返った律の顔を見て、宏斗は息を呑んだ。
「……もう追わないって、言ったのにね」
擦れたように笑う律に、心臓を握り締められる。今にも消えてしまいそうな、ひどく儚い笑顔だった。その姿を見て、胸の奥に溜まっていた泥のような感情が、一気に決壊した。
「ごめん、俺、律にあんな…最低なこと」
声が震えて、うまく言葉にならない。
学校の教室で、「なにもかも上手くいくお前に、俺の気持ちなんてわかんねーよ」と、あいつの一番大切な部分を傷つけてしまった後悔が、涙になって溢れそうになる。
そんな俺の様子を見て、律はそっと目を細めると、大きな手で宏斗の震える手を包み込んだ。掴むような強い力じゃない。まるで宝物を壊さないように扱う、いつもの優しい体温だった。
「うん、ゆっくりで大丈夫だよ。ちゃんと聞いてるから」
その声音があまりにも温かくて、自分の宿命やプライドがどうでもよくなった。一気に涙が溢れ、視界がぼやけていく。
「俺が誰よりも、律のこと分かってたはずなのに…最低なこと言って本当に、ごめん」
「宏斗」
「思ってもないこと言って傷つけたことずっと後悔してて」
「宏斗、落ち着いて」
「俺、お前と離れてからずっと寂しくて、苦しくて、何度も消えたくなった」
律は困ったように眉をひそめ、宏斗の手首をつかんだ。荒々しくなる宏斗の声とリンクするように、律の鼓動も止まらない。手首から伝わる律の体温が、やけに熱かった。
息を切らす宏斗はただ、目の前にいる律が愛おしくて、失うのが怖くて、愛おしさで胸が苦しかった。
「俺、律のことが好きなんだよ…」
その瞬間、二人の背後に大きく花火が上がった。
ドン、と周囲の空気を震わせるような凄まじい爆音と共に、冷たく澄んだ秋の夜空に、大きな秋の華が咲き誇る。その瞬間、律の息が完全に止まった。
「……っ」
驚きに大きく見開かれたその美しい瞳に、夜空の光と、大粒の涙がじわりと溢れて、きらきらと零れ落ちる。
「ほんと、宏斗には敵わないよ」
律は耐えかねたように、泣き出しそうな…それでいて世界で一番愛おしそうな声を漏らした瞬間、強烈な力で身体を引き寄せられた。
視界いっぱいに白銀の髪が広がって、いつものシトラスの香りが、世界中の何よりも深く、強く、宏斗を包み込む。
「俺も、好きだよ」
「……っ知っている」
お互いの額を重ね、幸せを嚙みしめるように笑いあった。
花火の光から生まれる2人の影は、ゆっくりと重なった。
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コメント
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もう……胸がいっぱいです😢💭 律くんが現れるシーン、ほんとにドキドキしました。「俺の連れなので」って、あのひと言に全部詰まってる。花火のタイミングも完璧で、涙がじわっと出ました。お互い想い合ってるのにすれ違う切なさと、最後の重なる影が美しすぎて。立秋さん、この15話までの流れ、本当に丁寧で素敵です。ありがとうございます🌙