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「あ…水もらえた?」
「たっぷりと運んできましたよ。ところでその子は?好きだとか話してるのが聞こえましたが?」
ラズールが大きなタライを机の上にそっと置く。そして僕と男の子の傍に来ると、上から見下ろしてきた。明らかに不機嫌な様子で。
でもどうして不機嫌なんだ?僕が顔をさらしたから?それとも勝手にこの子と話したから?
「この子はなぜここにいるのです?」
「たぶん…誰が来てるのか気になって見に来たんだね」
「なるほど。ではあなたはなぜ面を外しているのですか?」
「だって疲れたんだもの。それに顔を洗う準備をしてたんだよ」
「なるほど。あなたが面を外したところにこの子が入ってきた。そこまではわかりました。それではそれはどういうことですか」
「ん?」
ラズールに指摘されて気づいた。
僕はまだ男の子と抱き合ったままだった。男の子の身体は小さくて柔らかくて甘い匂いがする。心がとても癒される。
僕は男の子から離れると、部屋の外へとそっと背中を押した。
「ほら…もう遅いから早く寝るんだよ。おやすみ」
「うんおやすみ!お兄ちゃん、起きたら遊べる?」
「んー、どうかな?」
「遊びたいなぁ」
僕が返事に困っていると、ラズールが男の子に近づき頭を撫でた。
「俺達は仕事がある。忙しいんだ。だが少しくらいなら遊べるかもしれない。君が大人しく待っていたらな」
「わかった!お絵描きして待ってるっ」
「ふっ、そうか。では今夜は早く寝るんだ」
「はーい」
笑顔で手を振る男の子が廊下の角を曲がるのを見送って、ラズールが静かに扉を閉める。そして振り返ると、僕のカツラを外して苦笑した。
「すいません。俺がしっかりと結ってなかったから、髪が解けてしまいましたね」
「そう?上手だったよ。それにあの子は僕のこと、誰にも言わないよ」
「なぜ?」
「約束したから」
「あなたは人を信用しすぎる…」
ラズールが手を伸ばして、僕の銀髪を何度も指ですく。
僕は目を細めながら軍服のボタンに手をかけた。
カツラを外してスッキリした。後は軍服も脱いで身体も拭きたい。緊張していたのか汗をかいた。
「一度脱いでもいいよね?これ冬でも暖かくていいんだけど窮屈で疲れる…」
「そうですね。俺もあまり好きではありません」
「トラビスは好きそうだよね」
「あの男は何も考えておりませんから」
「悪口…トラビスのこと嫌いなの?」
「嫌いですよ。あの男があなたにしたことを思えば今でも許せません」
「僕は嫌いではないよ。昔はどうあれ、今は僕によくしてくれる」
「あなたに一番忠誠を誓っているのは俺です」
「知ってるよ」
ラズールがボタンを外す僕の手を止め、代わりに外していく。そして重たい上着を椅子にかけると、自身の上着も脱いで隣の椅子にかけた。
「シャツも脱いで机の横に立ってください。身体を拭きます」
「うん」
ラズールに言われた通りにシャツを脱ぎ机の横に立つ。
濡らして固く絞った布で、ラズールが僕の身体を拭いてくれるのだが、頻繁に手が止まる。僕の身体に絡まる蔦のような痣を見ているのだ。
「見ないでよ…」
「不躾にすいません。勝手に目がいってしまうのです」
「そんなに醜い?」
「反対です。美しくて」
「またそんなことを言ってる。そんなこと言うの、おまえとリアムだけだよ」
「あの男は本気でそう思っているのですか?」
「あの男って…。隣国の王子だよ」
「他国の王子であろうが関係ありません。それに、これから敵になるかもしれないのに」
「ラズール。まだ何もわからないのに簡単に敵とか言うな」
「…申しわけありません」
僕は拳を握りしめて俯いた。
不吉なことを言わないでほしい。隣国と…リアムと戦うなんてありえない。そんなことにならないように、今回のことはしっかりと調査をしなければならない。
僕とラズールは、無言のまま身体を拭いて再び軍服を着た。
夜になりラズールと採掘場に来た。
村長が話していた通り、周りに警備の騎士の姿はなかった。その代わり、一帯に結界が張られている。しかしさほど強いものではない。
僕が手をかざすと、簡単に穴が空いて入ることができた。
続いて入ってきたラズールを振り返り、首を傾げる。
「どういうこと?日に日に強い結界を張ったんじゃないの?村長の家に張ってあったものより弱いんだけど…」
「そうですね。これでは盗みに入ってくださいと言ってるようなものです」
「村長が嘘を言ってるようには思えない」
「ええ。もしかすると、ここの結界を張ったというバイロン国の騎士も、今回の一件に関わっているのかもしれません」
「え?じゃあ、そのバイロン国の騎士と、犯人の仲間らしいイヴァル帝国の騎士に繋がりがあるということ?」
「イヴァル帝国側にいたという騎士ですが…。俺はバイロン国の者が我が国に潜入してイヴァル帝国の騎士に変装していたのではないかと考えてます。だからこの盗難事件は、バイロン国の誰かが仕組んだことではないかと」
「そんな…っ」
採掘場の入口に向かって歩いていたが、ラズールの考えに驚いて僕の足が止まる。
ラズールが僕の背中に手を添えて「とりあえず中に入りましょう」と優しく押した。
採掘場の中は真っ暗だった。月の光で入口の様子はわかる。しかし奥は真っ黒で、どこまで続いているのかもわからない。
すると僕の顔の横で白い光が点った。ラズールが手のひらに白く光る玉を乗せていた。
「魔法?」
「そうです。あなたもできるでしょう?」
「ううん、僕は炎しか出せない。炎だと熱くて手のひらに長く出せないんだ」
「そうでしたか?昔はできていたと思うのですが」
「そうなんだけど…。最近は魔法の調整がうまくできない。ラズール、また教えてくれる?」
「もちろん。城に戻ったら」
僕は頷き、ラズールの明かりを頼りに先へと進む。穴の中は静かで、僕とラズールの足音と、穴の天井からポタリと落ちる水の音しか聞こえない。それにひどく寒い。
僕は身体を震わせてクシャミをした。
「…くしゅん」
「大丈夫ですか」
「うん…寒いね」
「ふ…、先ほどは軍服は暖かいと言ってたのに」
「穴の中がこんなに冷えるとは思わなかったんだよ。…おまえは時々意地が悪いことを言う」
「あなたを大切に想ってるからですよ」
「意味がわからない」
「ほら、そのような顔をしないで。また意地悪をしたくなります」
「どうして?やっぱり意味がわからないし、おまえは変だ」
「そうですか」
再びくしゅん!とクシャミをして鼻をこすっていると、身体が暖かいものに包まれた。
背中からラズールが抱きしめたのだ。
「なに…」
「暖めています」
「苦しいんだけど」
「少しだけ、このままで」
「……」
早く調査をしなくていいのかと思ったけど、ラズールの体温が気持ちよくて、全身の力を抜いた。
幼い頃から親しみ慣れた温もりと匂い。とても暖かい上に疲れていたので、寝そうになる。僕は何度も頭を揺らし瞼をこすりながら耐えていたけど、結局は眠ってしまったらしい。
僕を呼ぶ声に気づいて目を開けると、木の天井が見えた。