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目を閉じた。
ただそれだけなのに、まぶたの裏に浮かんだのは、日下部の顔だった。
差し出された手。
触れてくれた指。
震えていたのに、それでも抱きしめてくれた腕。
あたたかかった。
怖かった。
(……それを、欲しいと思った)
唇を、噛んだ。
その“欲望”が、すべての原因だと知っている。
だから、今夜はもう、何も望まないと決めた。
――耐えよう。
心の奥で、誰にも聞こえない声がした。
蓮司に言われた言葉が、まだ頭にこびりついている。
「“優しさを欲しがる自分”なんて、死んだほうがマシ」
その言葉が、やけに静かに、深く深く染みこんでいく。
もう、泣かない。
怒らない。
叫ばない。
求めない。
何も言わなければ、何も起きない。
何も望まなければ、誰も傷つけない。
そのはずだった。
なのに、
──胸の奥が、痛む。
じりじりと焦げるような熱が、そこにある。
それは、“日下部”の温度だった。
差し伸べられた手のぬくもりが、まだ皮膚の奥に残っている。
「……ちがう」
かすれた声が、喉の奥でこぼれた。
「俺が、壊したんだ……。
欲しかったのは、俺だ……。
……あいつじゃない……」
そう呟きながら、両手で自分の胸を抱きしめる。
どこにも逃げ場がなかった。
まぶたを開けても、閉じても──
罰のように、あいつの声が聴こえてくる。
「俺と一緒に、壊れてもいい」
そんなふうに言われたら、
本当に、信じてしまうじゃないか。
信じてはいけないのに。
信じたせいで、壊れてきたのに。
(……だから、耐える)
──俺が信じれば、壊れる。
──俺が触れれば、壊す。
だったらもう、なにも見ない。
なにも感じない。
なにも、信じない。
壊すくらいなら、自分が壊れればいい。
何もないところまで、落ちてしまえばいい。
そうすれば、もう誰も──
……誰も、俺のせいで泣かないで済むから。
遥は、ゆっくりと横になった。
身体を丸めるようにして、心音を小さく閉じ込める。
窓の外では、夜の気配が静かに満ちていた。
それでも、遥の中では一切、夜は終わらなかった。
この夜、彼は「耐える」ことを選んだ。
けれどそれは、「感じない」ための努力だった。
次にまた、誰かの手が差し出されたときに──
遥がその手を「信じられるかどうか」は、もう分からない。
……ただ、生き延びるだけの夜だった。