テラーノベル
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荒廃した都市の残骸は、まるで巨大な墓標のようにそびえ立っていた。かつては人々の活気で満ちていたはずのビル群は、今では鉄骨が剥き出しになり、窓ガラスは砕け散って黒い虚ろな眼窩と化している。上空には常に淀んだ鉛色の雲が垂れ込め、太陽の光はわずかに地上に届くのみ。ここはもう、かつての「世界」ではない。
その崩壊した都市の片隅、かろうじて原型を留める古い教会の廃墟で、リシャは静かに膝まずいていた。白いロングヘアが、わずかな風に揺れる。彼女の細い指先は、ひび割れた石の祭壇にそっと触れていた。瞳を閉じ、微かに唇を動かす。祈りの言葉は、音になることはない。代わりに、彼女の意識は目に見えないデータとなって、はるか上空の、まるで宇宙空間に浮かぶ「空」と呼ばれる巨大なサーバー群へと送られていく。それは、この世界をかろうじて繋ぎとめる、唯一の希望だと信じられていた。
彼女の祈りが終わる頃、教会の入り口から一人の男が現れた。黄土色の髪は砂埃にまみれ、着古したレザージャケットの下には、使い込まれた義手が垣間見える。アルビスだ。元騎士という響きは、もはや遠い過去の残響でしかない。彼の眼差しは鋭く、警戒を怠らない。
「終わったのか、リシャ。」
アルビスの声は低く、疲労を滲ませていた。彼は教会の外で周囲を警戒していたのだ。この崩壊した世界では、一瞬の油断が死を意味する。
リシャはゆっくりと目を開け、アルビスに微笑みかけた。その笑顔は、この荒涼とした風景の中で、唯一の柔らかな光のようだった。
「ええ、アルビス。今日も、届きました。」
「届いた、か。それが何になるというんだ。」
アルビスは冷めた口調で言った。彼の心には、長年の経験から培われた現実主義が深く根付いている。リシャの祈りが世界を救うなど、彼には信じられなかった。それでも、なぜか彼女を守ることに迷いはなかった。彼女の存在そのものが、この無意味な世界に唯一残された「意味」のように思えたからだ。
「さあ、行くぞ。ここに長居は無用だ。」
アルビスは背を向け、教会を出ようとする。リシャもゆっくりと立ち上がった。彼女の足取りは華奢で、アルビスの隣を歩く姿は、まるで彼に護られることを前提としているかのようだった。
瓦礫の道を歩き始めると、突然、周囲の空気が重くなった。金属が擦れるような不快な音が響き渡る。アルビスは即座に義手を構え、周囲を警戒した。
「チッ…」
彼は舌打ちする。視線の先に現れたのは、黒い外骨格に覆われた異形の存在だった。その体は人工物と生体が不気味に融合しており、複数の光点が瞬く瞳からは感情が読み取れない。細く長い手足は異様にしなやかで、不規則な動きでこちらに接近してくる。
「試験体:0029b…」
リシャが小さな声で呟いた。それは、旧世界の研究機関が生み出したとされる、最も危険な「存在」の一つだ。なぜ今、こんな場所に。
レイヴァ――そう呼ばれる試験体は、一切の躊躇なく、アルビスとリシャに向かって突進してきた。その動きは機械的でありながら、予測不能な獣のような獰猛さを秘めている。
アルビスは迷わず義手を振るった。硬質な装甲がぶつかり合う鈍い音。レイヴァは一瞬ひるんだかのように見えたが、すぐに体を変形させ、鋭利な刃物のような腕で反撃してきた。
「リシャ!下がってろ!」
アルビスはリシャを庇うように前に出る。彼の背後で、リシャは顔を伏せ、再び何かを祈るかのように唇を動かし始めていた。
レイヴァの攻撃は執拗で、容赦ない。アルビスは元騎士としての経験と、強化された義手の力でどうにか応戦するが、その動きはあまりにも速く、予測不能だった。瓦礫が舞い、金属が衝突する音が響き渡る。
「クソッ…!!」
レイヴァの体の一部が突然変形し、鞭のようにしなる腕がアルビスの防御を掻い潜った。激しい衝撃がアルビスの体を襲い、彼は大きく吹き飛ばされる。義手からも火花が散った。
その隙を見逃さず、レイヴァはリシャに狙いを定めた。細く、しかし力強い手が、何の抵抗もできないリシャの白い首へと伸びる。
その瞬間、リシャの背後で、アルビスが痛みに呻きながらも立ち上がった。彼の瞳には、怒りと、そして強い決意の光が宿っていた。
「…させるか!」
アルビスは、残された最後の力を振り絞り、レイヴァへと突進していく。その姿は、かつて世界を守った「騎士」のようだった。
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