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「……私と一曲、お相手願えますか?」

あの日、私は月よりも美しいものを見た。



─誰しもが美しい人形劇を見た。



「クラウンって、誰よりも踊るのが得意よね。」

独り言のように漏れた呟きが魔女にも聞こえたのか、彼女は軽く笑った。

「どうしたの突然、リウが他人を褒めるだなんて珍しいわね。興味すら持たないのに。」

茶葉を手際よく適量入れる姿を眺めながら、そうだけど……と口を開いた。

「一度、潜入捜査で彼とパーティーに行った時、クラウンは初めてだとは思えないほど美しい踊り方をした。女性のエスコートの仕方も、人間が好きな世間話も、全て把握している。あの時だけは、人間とそう変わりがないのよ。」

私の目の前に出来立ての紅茶が入ったカップを置きながら、そうね、と楽しそうに魔女は口を開く。

「クラウンは、人間が興味を持つことに対して興味があるから、多少の嗜みも、世間話も、全て把握済みなのよ。最初私が出会った時も、彼の情報網にはとても驚いたわ。」

まだ私は、彼の全てを知らない。彼は自分の全てを隠そうとするし、奥に何か、暗いものを秘めているような気がする。けれど、私にも、勿論他の人にも、見せようとしない。……でも、魔女が驚いて仲間にしたい、そう思うほどなら、彼は相当な才能を持っているのだろう。

彼は私の事も、世界の事も知っているのに、私は彼の、彼だけじゃない他の人の事も、何も知らない。正直興味は無い。味方も仲間も、知り合いも作った事もないから、他人の事を知ろうが知らなかろうが、私には関係ないと分かっているからだ。けれど私は……彼を、仮面をつけたあの死神を……知りたいと、思ってしまった。

「……今日、クラウンは?」

「さぁね、どこか彷徨いているんじゃないかしら。クラウンの行くところとすれば……月の見える丘ね。ちょうどこの時期は青い月が見える時期なの。」

行ってみるといいわ、と紙に地図を描いて、魔女は渡してくれた。


「……本当に、ここに居たのね。」

聞き覚えのある声で、振り返る。白いレースのストールを身につけて、何かしら紙を持っている。恐らく、魔女が描いた地図だろう。

「この場所はラコントが?」

ええ、と冷たい返事をしながら女王は私の横に立つ。

「私から聞いたの。そしたらこの場所を教えてくれた。……手が届きそうなほど、近くで見えるのね。 」

紫外線に当たることのない真っ白で細い腕を、月の方向に伸ばして、悲しく、儚い顔をしている。

人間の感情はいつもすぐ顔で読み取れる場合が多いが、女王や魔女は感情が変わらないせいか、顔を見ても何を考えているのか分からない。どれだけ悲しそうな、儚げな顔をしていても、それが果たして、悲しい過去を思い出しているとは限らない。

「この青い月の時期は、月が青色に染められるだけじゃなく、少しだけ月が近づきます。人間の言う奇跡、といったところでしょうか。」

ククッと笑ってみると、女王も不思議そうに笑った。

「青い月が好きなの?」

その質問にいえ、とはっきり言い、また月を眺め直す。

「人間が“奇跡で美しいもの”と言うものに、興味があるだけです。」

思っていた回答が返って来たのか、女王は納得した顔をしている。青い月は、淡い光で人間の住む街を照らし続けている。一つ一つ町の灯りは消えていき、皆が眠りについていく。騒がしかった昼の街の面影など一切なく、店を片付ける人、家族との時間を過ごす人、また、青い月に願いを込めて、優しい夢に溺れる人もいるだろう。

「リウ、前回のパーティー以外でダンスの経験は?」

「あるように見えるかしら?お相手がいないのにダンスなんてできないわ。」

「おや、ピアノは嗜む程度でしていたようなのでダンスもできるのかと思っていましたが。」

可笑しなことを言うのね、と女王は鼻で笑った。勿論半分は冗談だが、半分は本気だ。彼女が一人で静かに踊る姿を、一度だけ見たことがある。それは静かで美しく、今まで見たどんな月の中でも、儚く、綺麗だった。

「……私と一曲、お相手願えますか?」

差し伸べた手に、女王は少し戸惑っている様子だった。その手を取る彼女の手は、少し震えていた。

「そんなに、上達してないわよ?」

「良いんですよ、パーティーでお相手する女性なんて大抵男目当てで来た下手くそばかりです。それに比べれば、ラコントやリウのお相手の方が何倍もマシかと思われます。 」

「……言うようになったわね。」


その夜、月のよく見える丘には、踊る姿と、透き通った死神の鼻歌が響いていたらしい。


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設定盛り盛り

恋愛要素無し

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