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麗太
#女主人公
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南の洞窟に棲み着いた狼の魔物は、なぜかカイトに懐いてしまった。
「キュウウン、キュウウン」
と甘えた声を出し、カイトの顔をペロペロ舐めてくる。
「コラコラ、やめるんだモフモフ!」
瞬間、カイトははっとした。
(『モフモフ』?)
無意識に発した言葉だった。
この魔物の名前は、モフモフというのだろうか?
カイトはモフモフ(仮)の顔を押しのけ、まっすぐに目を見た。
カイトとモフモフは、見つめ合う形になった。
「もしかして、俺とモフモフは知り合いなのか?」
モフモフは、きょとんとした顔で首を傾げた。
それからすぐにカイトの顔を舐めだすのだ。
カイトは苦笑しつつ、されるがままになった。
何にせよ、モフモフは敵ではなさそうだ。
さらにモフモフは、カイトの過去に関係しているのだろう。
でなければ、モフモフなんて名前が浮かんでくるはずがない。
何か奇跡的なことが起こったような──そんな予感があった。
* * *
カイトはモフモフとともに洞窟を出て、アルヒ村に戻った。
村の入口では、タニアが待っていた。
彼女はカイトを見つけると手を振ったが、まもなく戸惑いの表情を浮かべた。
村の前に到着すると、タニアは驚きの声を上げる。
「カ、カイトさん!? その魔物はいったい!?」
「南の洞窟に棲み着いていた魔物です」
「そ、そうなんですか。えっと、大丈夫なんですか……?」
「ええ。こいつ、俺のことを知っているみたいなんですよ」
すると、モフモフはカイトを仰ぎ見て、ペロペロと顔を舐めだした。
「コラ、やめろモフモフ!」
モフモフは構わず、カイトにじゃれつき始めた。
「モフモフ……?」
「ええ。この子の名前です」
「ど、どうしてモフモフなんですか?」
「さあ、そこまではわかりません。ただ、モフモフしているからだと思いますが……」
瞬間、タニアはぷっと吹きだした。
そして声を上げて笑いだす。
「モ、モフモフ……! モフモフって……! そんなマジメな顔でモフモフって……! カイトさん、どういうセンスしてるんですか……!」
タニアは腹を抱えて笑った。
呼吸困難に陥るほど、ツボに入ったようだ。
彼女の様子を見て、カイトは急に恥ずかしくなってきた。
自分が名付けたわけではない──はずなのだが、なぜか居心地の悪さを感じてしまう。
「そ、そんなにおかしな名前ですか……?」
「す、すみません……おかしくは、ないです、けど……やっぱ無理っ……! モフモフ、モフモフって……!」
それからしばらく、タニアは笑い続けた。
ようやく落ち着きを取り戻した後。
「す、すみません。それでモフモフは、危険な魔物ではないんですね?」
「え、ええ。そうだと思います」
「たしかに、討伐に向かった人たちを傷つけませんでしたからね。怖い見た目ですけど、きっと人懐っこい魔物なんでしょう。──あたしが触っても大丈夫ですか?」
「モフモフ、優しくできるか?」
カイトが問うと、モフモフは言葉を理解しているのか、「ガウッ!」と元気よく返事した。
タニアが恐る恐ると手を伸ばし、モフモフに触れる。
「わぁ、柔らかい。たしかにモフモフですね……!」
撫でられるのが気持ちよかったのか、モフモフは甘えた声を出した。そしてお礼と言わんばかりに、タニアの顔を舐めだした。
「キャハハハハ! くすぐったいよモフモフ!」
しばらくじゃれ合った後、タニアは、犬にさせるような芸を教え始めた。
モフモフは、ちらりとカイトを見てくる。
カイトが目顔で促すと、モフモフはタニアの指示に従い始めた。
しばらくすると、騒ぎを聞きつけた村人たちがやって来た。
「な、なんじゃこりゃ!」
「狼……いや、狼の魔物か!?」
「タニアが襲われとるぞ!」
「あ、大丈夫ですよみなさん!」
モフモフと戯れていたタニアは、居住まいを正して村人に言った。
「この子は悪い魔物じゃありません。ね、モフモフ」
タニアに問われたモフモフは、彼女の顔をぺろりと舐めてみせた。
その様子を見ても、村人たちの表情は不安げだった。
「しかしだね、タニア。魔物は魔物なんだろう?」
四十代くらいの男が言った。
「たしかに魔物ですけど、とても賢い、良い子なんですよ」
タニアは、改めてモフモフと向かい合った。
「モフモフ、おすわり!」
「ガウッ!」
モフモフはシュタっとおすわりをした。
さらにタニアは続ける。
「お手!」
するとモフモフは、タニアの腕よりも大きい手を、タニアの差し出した手に重ねた。
「おかわり!」
モフモフは反対の手を差し出す。
「ちんちん!」
モフモフは後ろ足だけで立ってみせた。
ちなみにモフモフはオスだった。
「見ての通り、モフモフは安全です!」
村人たちがようやく緊張を解いたとき。
「そ、その魔物は……!」
神父が驚きの表情を浮かべて立っていた。
「あ、神父さま!」
タニアはモフモフの頭を撫でつつ、神父のほうに視線を向けた。
「ご安心ください、この子は人を襲わない魔物です」
タニアは改めて事情を説明した。
神父はふーむと唸った。
「たしかに、人を襲う気配はないですな」
「それにカイトさんの知り合いかもしれないんです」
タニアはカイトのほうを見てきた。
カイトは頷き、モフモフと出会ったときのことを話した。
モフモフに対して剣を振るえなかったこと。
モフモフがカイトの匂いを確認すると、急に懐いたこと。
突如として名前が浮かんできたこと。
「なるほど……たしかにカイトさんとモフモフは知り合いなのかもしれませんな。それにしても──」
神父はモフモフに近づき、まじまじと見つめる。
「この魔物、もしかすると……」
「珍しい魔物なんですか?」
タニアが尋ねた。
神父はしばらく沈黙した後、頷いた。
「この魔物は、銀色ノ狼かもしれません」
「銀色ノ狼?」
タニアは首を傾げた。
「昔、魔物に関する本を読んだことがあるのですが、そこに載っていた伝説の魔物です」
その記述は非常に印象深く、今でもはっきりと思いだせるという。
神父は、その記述をそらんじてみせた。
──その魔物、常の狼よりもはるかに大きく、体毛は美しき銀色なり──
──悠久の時を生きるとし──
──魔の中にありても、一際異なる存在なり──
「……特徴は一致してますね」
タニアが言った。
「でも、悠久の時を生きるというのは……?」
「銀色ノ狼は非常に長命と伝えられているんですよ」
「長生きな魔物なんですか」
「うむ。ただ、それにしても……」
神父は、カイトのほうに視線を向けた。
何か思うことがあるのか、沈黙したままカイトを見ている。
「神父さま……?」
タニアは不安げに言った。
「ああ、すみません……。この魔物がもし銀色ノ狼だとすると、それこそ伝説級の存在です。そんな魔物と、なぜカイトさんは知り合いなのかと思ったもので……」
たしかに、その通りである。
悠久の時を生きる伝説の魔物と、なぜカイトは自然と打ち解けることができたのか。
どのように知り合い、どのような関係を築いてきたのか。
カイトの胸に重苦しい不安の影が差した。
(俺はいったい何者なんだろう……?)
カイトはモフモフを見下ろした。
モフモフは、相変わらずきょとんとした顔で、首を傾げるのだった。