テラーノベル
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「じゃ、今日も“やる”?」
誰かの何気ないひとことで、放課後の空気が切り替わる。
チャイムはとっくに鳴っていた。
けれど、生徒たちは誰も帰ろうとしなかった。
窓際、カーテンの奥に押し込められた遥は、
まるで置き忘れた教具のように、そこにいた。
椅子も机もない。ただ壁と、誰かの影。
「ほら、“今日の罰”、決まった?」
「昨日は“目隠し”だったよね」
「じゃあ今日は、声。ちゃんと録らなきゃね」
女子の声は明るく、まるで部活のミーティングのようだった。
その輪に、男子も混ざって笑う。
「てかさ、さすがに飽きたって思ってたけど……」
「泣かないのが、逆に面白いよね、こいつ」
「壊れそうで壊れない。マジで“訓練のしがい”あるわ」
誰も彼を、名前で呼ばない。
“おまえ”“それ”“犬”。
呼称ですら、もう玩具と変わらなかった。
(ここはどこなんだろう)
そんな、途方もない疑問が浮かぶ。
教室のはずだった。
学ぶ場所で、時間を過ごす場所で──
(誰かに踏まれるための檻)じゃなかったはずだ。
足音が近づく。
指先が、髪を引っ張る。
「はい、喋って」
命令。声。笑い。
(なにを喋れば、正解なんだ)
(謝れば、何を許されるんだ)
(謝らなければ、どこを壊されるんだ)
喉が乾いて、震えるだけの声が漏れる。
何も喋ってないのに、嗤いが起こる。
女子の誰かがスマホを構えていた。
「今の声、キモっ」
「あ、でも鳴き声っぽくて良くない?」
男子生徒の声。
「おい、指入れてみろよ。口ん中、もっとさ」
「おぇっ……ってなるとこ、撮れたらウケるっしょ」
「じゃ、さすがにカーテンじゃ暗いから、移動しよっか〜」
誰かが遥の腕を引く。
力は強くない。
けれど逆らえば、別の“罰”がくる。
引きずられるようにして、別室へ。
掃除用具入れの奥、暗い倉庫のような小部屋。
誰がどう使っていたかもわからないような場所に、彼は投げ込まれる。
口を開けさせられ、
笑いながらシャープペンの先を舌に押し当てられる。
「あー、動かないでねー。ちょっとだけ、ちょっとだけ」
「でも動いたら──どうなるか、わかるよね?」
遥は目を閉じる。
叫びたい。
逃げたい。
誰かに壊してほしい。
なのに、何も言えない。
(“何もされなかった”あの場所が、今は遠すぎる)
なのに、あの静けさを思い出すと、心が逆にざわめく。
何もされなかったことが、
いまこの瞬間より残酷だったような気がして──
(オレは、どっちの地獄を望んでんだよ)
涙が、喉の奥でせき止められていた。
彼が戻ったとき、机の上には水の入ったペットボトルが置いてあった。
「飲んでいいよ、今日のごほうび」
キャップには、マジックで『毒』と書かれていた。
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