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食堂で朝ごはんを食べた後、寮の廊下に出ると、すでに何人かの聖騎士たちが準備をしていた。
いつも通りの挨拶、いつも通りの雑談。
その輪の中に身を置きながらも、少年はどこか一歩引いた場所にいる感覚を拭えなかった。
訓練場へ向かう途中、ふと視線を感じる。
「…?」
顔を上げると、少し離れた位置にガブリエラが立っていた。
こちらを見ているようで、見ていない。
周囲全体を把握する、あの独特の立ち方。
鼻梁にかかる眼鏡の奥で、視線だけが静かに動いた。
昨夜のことが、胸をよぎる。
ーー君が戻ってきたことは、私だけが知っている。
喉が、きゅっと詰まる。
挨拶をするべきか迷い、結局、軽く会釈をするに留めた。
ガブリエラは何の反応も示さない。
ただ、いつも通りの無表情で指示を出し始める。
それでも、白い瞳の奥に漂う冷静な光が、昨夜の緊張と静かな意思を、静かに伝えていた。
「本日は対人訓練を行う。組み分けは私が決める。」
淡々とした声。
けれど、その視線が一瞬だけ、少年の上で止まった。気がした。
「アゼリア・エリオス。」
名を呼ばれ、背筋が反射的に伸びる。
「はい!」
「前へ。」
一歩、前に出る。
周囲の視線が集まるのを感じ、心臓が強く打った。
「剣を構えろ。」
指示は簡潔だった。
少年は剣を抜き、構える。
腕は覚えている。動きも、型も、すべて身体に染みついている。
ーーそれでも。
刃の先が、ほんのわずかに揺れた。
「集中しろ。」
低い声が飛ぶ。
「っ、はい!」
叱責ではない。
けれど、見逃されなかったという事実が、胸に刺さる。
ガブリエラはゆっくりと歩み寄り、間合いを測るように視線を巡らせた。
「まだ迷いを背負ってるな。」
独り言のように、しかし確かに聞こえる声で言う。
「だが、剣を振る瞬間まで連れてくるな。」
少年は唇を噛みしめ、柄を強く握り直した。
「…はい」
その返事に、ガブリエラはそれ以上何も言わなかった。
合図が出され、訓練が始まる。
剣と剣がぶつかる音。
身体が動くたび、心が少し遅れてついてくる。
それでも完全には、止まらなかった。
振るうたびに、問いが浮かぶ。
この剣は、何のためにあるのか。
誰のために、振るうのか。
訓練が終わったあと、息を整えながら、少年は思う。
昨夜、言葉にならなかったものは、今もまだ、胸の中にある。
けれどそれは、もはや恐怖だけではなかった。
迷いは、確かに重い。
だが同時に、前へ進ませる、力でもあるのかもしれない。
少年は剣を納め、顔を上げた。
遠くで、ガブリエラがこちらを一瞥する。
何も言わない。
けれど、確かに見られている。
そのことだけで、背筋が自然と伸びた。