訓練を終え、剣を納めたとき、少年は自分の指先がわずかに震えていることに気づいた。
汗のせいではない。呼吸も、整っている。
それでも胸の奥だけが、まだ騒がしい。
「…アゼリア。」
呼ばれて振り向くと、少し離れた場所にガブリエラが立っていた。
いつもと変わらぬ姿勢。変わらぬ表情。
「はい。」
声が硬くなるのを、自覚する。
「今日の動きは悪くない。」
淡々と告げてから、一拍置く。
「だが、剣先が迷っていた。」
胸を衝かれたような感覚。
視線が、思わず落ちる。
「…申し訳ありません。」
「謝罪はいらない。ゆっくり休んむといい。君はいつ前線に出てもおかしくないのだから。その迷いのせいで、仲間をも傷つけてしまうことがないように。」
「…はい。」
返事をしながらも、言葉が胸に引っかかる。
理解したいのに、うまく噛み砕けない。
ガブリエラはそれ以上何も言わず去っていった。
その背中を見送りながら、少年はしばらく立ち尽くしていた。
「…リア。」
今度は、柔らかい声だった。
「セリス…」
同じ心配そうにこちらを見ている。
「今の、見てた。」
「顔、真っ青。」
「…そんなことは。」
「ある。やっぱり、朝も全然大丈夫じゃ無かったでしょ。」
即答され、言葉に詰まる。
セリスは一歩近づき、声を落とした。
「ねえ。少し、外出ようよ。」
その一言に、胸が跳ねる。
「…外?」
「中庭でも、回廊でもいいから。」
軽く肩をすくめる。
「今のまま寮に戻る顔じゃない。」
少年は答えられず、唇を噛む。
昨夜のこと。
ガブリエラの言葉。
飲み込めなかった感情。
「…言えないこと、ある。」
正直に言うと、セリスは頷いた。
「別にいいよ。言わなくて。」
驚いて見つめると、少し笑う。
「でもさ、一人で抱える必要はないよ。」
その言葉に、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
二人並んで歩き出す。
建物を離れると、空気が変わったように感じられた。
「ねえ、リア。」
歩きながら、セリスが言う。
「君は、あの悪魔の捕虜のことどう思ってるの?」
不意の問いに、足が止まりそうになる。
「…わからない。」
「そっか。」
少年は、自分の迷いのことがバレないか怖かった。友人に否定されたらーー
「迷ってる人はさ。」
セリスは前を向いたまま言う。
「ちゃんと自分と向き合ってるってことだよ。」
「…迷うのは、弱さだって。」
「誰が決めたの?」
少しだけ、強い口調。
少年は答えられなかった。
言葉が、また喉で詰まる。
「大丈夫。」
セリスは歩調を緩める。
「飲み込めない言葉があるなら、それはまだ終わってないだけ。」
胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。
答えは出ない。
剣の意味も、正義の形も。
それでも――
セリスに勇気を与えてもらった気がして、心が暖かかった。
少年は息を吐き、隣を歩くセリスを見た。
「…なんで。」
「そりゃ、リアをほっとけないでしょ。…親友、 なんだから…」
セリスは、少し照れくさそうに言った。
「…ありがとう。」
こっちも恥ずかしくなってくる。
「どういたしまして。 ほら、もう少し歩こう。」
二人は並んで歩き続ける。
その背後で、寮はいつも通り静かに佇んでいた。
少年には、自分を理解しようとして寄り添ってくれる人が2人もいる。そのことが嬉しくてつい笑みがこぼれ落ちた。
太陽が沈み掛けていて、建物に明かりがつき始めた。
ーーそして、少年はもう一度サリエルに会う決意をした。






