テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ー名を呼ぶ者ー
――暗い。
境界の奥。
どこにも属さない、静かすぎる空間。
哀は、ひとりだった。
さっきまで感じていた気配が、
すべて消えている。
哀「……?」
風もないのに、
影だけが、ゆっくりと揺れた。
足音。
――とても、静かな足音。
振り返るより先に、声がした。
???「……哀」
低く、落ち着いた声。
名前を、正確に呼ぶ声。
心臓が、跳ねる。
哀「……誰……??」
影の中から、男が現れる。
白い肌。
整った顔立ち。
異様なまでの“静けさ”。
――圧。
そこに立っているだけで、
空間が歪む。
無惨「初めて会うな」
淡々とした口調。
無惨「私は、鬼舞辻無惨だ」
その名を聞いた瞬間、
哀の身体が、言うことをきかなくなった。
(……逆らえない……)
頭の奥が、じくりと痛む。
無惨「安心しろ」
優しい声色。
無惨「今は、何もしない」
――今は。
無惨「お前は、興味深い」
哀の顎が、わずかに震える。
哀「……私は……
人を、喰わない……」
絞り出すような声。
無惨は、少しだけ目を細めた。
無惨「そうだろうな」
無惨「だからこそ、だ」
一歩、近づく。
距離が縮まるたび、
本能が叫ぶ。
(……危ない……)
無惨「“選ぶ”などという
不確かなものに縋る鬼」
嘲るでもなく、怒るでもなく。
無惨「実に、無駄だ」
哀「……っ……」
無惨「鬼とは、欲望だ」
無惨「生きたい、喰いたい、壊したい」
無惨「それを否定する鬼など――
いずれ、壊れる」
哀は、拳を握る。
哀「……それでも……」
声が、震える。
哀「私は……私で、いたい……」
無惨は、一瞬だけ黙った。
そして。
くすり、と笑った。
無惨「なるほど」
無惨「だから、名を与えられたか」
哀の目が、見開かれる。
無惨「名前を持つ鬼は、厄介だ。縛られるからな」
無惨は、背を向ける。
無惨「哀」
去り際に、もう一度名前を呼ぶ。
無惨「今は、好きにするといい」
無惨「だが」
振り返らずに、告げる。
無惨「選び続ける鬼がどこまで保つのか――」
無惨「私は、必ず見に来る」
次の瞬間。
無惨の姿は、影と共に消えた。
境界に、重たい静寂だけが残る。
哀は、膝をついた。
哀「……っ……!」
怖い…
でも…!!
胸の奥に、確かに残るものがあった。
(……私は……!)
(…選ぶ……)
たとえ、
鬼の始祖に見られていようとも。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!