テラーノベル
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光が私の横顔を覗き込む。
その瞳には、からかうような色も、憐れむような色もなかった。
ただ、そのままの私を映している。
「お姉さん、今日、そのヒール脱いで帰る?」
光が、私の足元を指差した。
私は自分の足をじっと見つめ、ゆっくりと靴を脱いだ。
ストッキング越しに伝わる、コンクリートの冷たさと砂利の感触。
でも、それが驚くほど心地よくて、私は小さく息を吐いた。
「……ねえ、さっきの伝票。不審者に見えるって、ひどくない?」
「あはは、怒ってる? だってお姉さん、目だけ笑ってなかったんだもん。あれ、ファンっていうか暗殺者の目だったよ」
「……うるさい。あんたの漫才が面白すぎるのがいけないんでしょ」
「えっ、今、面白いって言った? ついに認めたね?」
「……言ってない。聞き間違いだよ」
私は慌てて立ち上がり、ハイヒールを両手に持った。
「おやすみ、日比谷くん。……明日は絶対、壁ドンしないでよ。響くから」
「それ、あんたがやるフラグだろ。おやすみ、お姉さん」
裸足のまま、一段ずつ階段を上る。
光の笑い声が、背中を追いかけてくる。
完璧な日常は、もう取り戻せないかもしれない。
でも、手の中にある重たいハイヒールは、さっきよりもずっと、愛おしい荷物のように感じられた。
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