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そのあと、美奈歩がチラッと私を見てからボソッと言った。
「……あの……。……色々悪かった。……お父さんを亡くしてたって事は知ってたけど、自殺でって知らなくて……。……私もお母さんを亡くして心を閉ざしていたけど、……朱里、……も、……凄くつらかったと思う。……つらいのは自分だけじゃないって分かったし、……お父さんの言う通り、一旦これで区切りをつけて、……前を向くべきなんだと思う」
ぎこちない美奈歩の歩み寄り方を聞き、私はにっこり笑って立ちあがった。
そしてトトト……と彼女に歩み寄ると、ぎゅー……とハグをする。
「お姉ちゃんを頼っていいからね」
「何言ってんの。泣いてたくせに」
「お姉ちゃんだって泣くもーん。人間だもの」
「名作みたいに言うな」
そんな私たちのやり取りを聞いて、両親と尊さんは笑っている。
――良かった。
やっとこれでパズルのピースが不揃いで合っていなかった〝上村家〟が、一つのパズルとして完成した気がする。
物事には何でもタイミングっていうものがあって、以前に尊さんが挟まってくれて、美奈歩との間の壁が大分低くなったように思えたけれど、まだギクシャクはしていた。
その根底にあるものは、〝親を喪って傷付いている〟心だ。
私も美奈歩も、寂しさや「父(母)が生きていたら今はもっと違う人生を歩んでいた」という想いを抱いていたと思う。
本当は新しい家族が悪いなんてないと分かっていたけれど、大切な人を喪った傷を誰かのせいにしなければ、やっていられなかったんだと思う。
私は新しい家族に馴染めなかった理由を、亮平と美奈歩のせいにしていた。
本当は心のどこかで、母に対しても「お父さんの事をもう愛してないの?」と責める想いがあったかもしれない。
それは、亮平や美奈歩もきっと一緒だ。
亮平は私より大人だから、歩み寄ろうとしてくれたけど、ちょっと入り方が下手だったのと、私がめちゃくちゃ警戒した事によってうまくいかずにいた。
美奈歩と私はツンツン同士で、言葉を交わす事もなかった。
……でも今は。
私は微笑み、両手でポンポンと美奈歩の方を叩いた。
「今度マジでご飯かお茶行こ。私の友達も紹介したいし」
「……い、いいけど……」
「彼氏できたら紹介してね? お姉ちゃんがしっかり見定めてあげる」
「いきなりお姉ちゃんぶるなよ……」
美奈歩はいまだ突っ込み気質だけど、以前よりずっと柔らかな雰囲気だ。
「亮平くんの都合がついたら、今度家族全員でお食事しましょうか。その時は篠宮さんも来てください」
母に言われ、尊さんは「はい、ありがとうございます」と微笑む。
「あと、朱里。これ、澄哉さんのカメラね。こっちは朱里がもらったデジカメだけど、澄哉さんが使ってた一眼レフも一つ持っていったら? お母さんも一つ持ってるの。澄哉さん、趣味の人だから、カメラは沢山持っていたのよ。『若菜さん、お小遣いで買っていい?』って確認してね」
母はクスクスと笑い、私に立派なカメラを渡してきた。
「ありがとう。大切にするね」
私は両手でズシリとしたカメラを受け取り、母に笑い返した。
そのようにして、私は十二年ぶりに過去に対面し、多分、無事に乗り越えた。
いまだに苦手なものはあるけれど、尊さんと一緒に過ごし、家族たちと笑い合ううちに、少しずつ薄れていくはずだ。
まだ自死する前の梅雨時期、『梅雨きらーい』と言った私に、父はこう言った。
『雨は草花をスクスク育てるための、天からの恵みだよ。それに誇りっぽくなった空気を洗い流してくれるし、梅雨が終わったあとは夏が待っている。暑くて嫌かもしれないけど、父さんは明るい気持ちになるから好きだなぁ。……山も海も花火も、ヒマワリも、何もかもワクワクするじゃないか』
きっと父は、この世界を愛していた。
自死を選んでしまったのは、尊さんが言ったように感覚が麻痺して突発的な行動だったかもしれない。
もっと冷静になれていたら、世界に絶望せず、まだまだ色んなものを愛していったはずだ。
だからその分、父が愛した世界を、今度は私が切り取って記念にしていく。
写真の詳しい技術は分からないけど、今度、初心者にも優しい写真入門の本でも買って、少しずつ勉強していこう。
父から渡された、カメラというバトンを持って、この世界の美しい瞬間を沢山切り取って、いつか父が待つ場所にゴールした時、沢山見せてあげるんだ。
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コメント
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お父さんの過去に向き合うことができ 漸くお墓参りもできたし、美奈歩ちゃんや継父とも話し合い 分かり合えて良かったですね…✨️ 愛する尊さんと手をとりあい、これからお父さんの分まで幸せになってね🍀