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pixivに投稿してたやつ
結構際どい
宵闇が降りる廃倉庫。湿ったコンクリートの匂いと、鉄錆の混じった重苦しい空気が支配するその場所で、スズメは「それ」を自覚していた。
(……ああ、これは。流石に、しくじったかな)
彼の端正な顔立ちは、いつもなら月光を反射する白磁のように滑らかだ。しかし今、その頬には一筋の鮮血が伝い、顎の先から床へと音もなく滴り落ちている。
両手首は太い鎖で頭上の梁(はり)に吊るされ、つま先が辛うじて地面に触れる程度の、逃げ場のない姿勢。身体を支える筋肉は悲鳴を上げ、関節が嫌な音を立てて軋む。だが、彼を最も苦しめていたのは物理的な拘束ではなかった。
「……まだ、そんな死んだ魚のような目をしているのか。雀(スズメ)」
暗闇の奥から、男の低い声が響く。敵対組織の「掃除屋」──。
男の手には、細く、しなやかな特殊繊維のワイヤーが握られていた。それがスズメの剥き出しの脇腹に、容赦なく食い込む。
「っ……、あ…………っ」
スズメの唇から、押し殺した悲鳴が漏れた。
常に飄々としていた彼の眉根が、初めて苦痛に大きく歪む。薄い唇は戦慄き、白く整った歯が、溢れ出そうになる屈辱を押し留めるために、自身の唇を強く噛み切った。
「余裕だな、お前は。仲間が逃げる時間を稼ぐために、わざと捕まった。……だが、その余裕がいつまで保てるか、試してみたくなったよ」
男がワイヤーをさらに強く引き絞る。
スズメの身体が大きく反り返った。呼吸は浅く、激しく乱れ、肺が焦げるような熱を帯びる。額からは真珠のような汗が絶え間なく流れ落ち、その瞳は生理的な涙で潤んでいた。
「は……っ、は、あ………………」
普段の彼なら、ここで皮肉の一つでも言ってのけるだろう。
『そんなに必死になって、僕に惚れてるのかい』と。
だが、今の彼にはその言葉を紡ぐだけの酸素がない。視界は赤く点滅し、意識の端々が火花を散らして弾ける。
「苦しいか 助けを呼べばいい。お前が心血注いで育てている、あの『ヨダカ』という雛に」
その名が出た瞬間。
スズメの瞳に、わずかな──だが鋭い「光」が戻った。
苦痛に濁っていた瞳が、一瞬だけかつての冷徹な刃のような輝きを取り戻し、目の前の男を射抜く。
「……ふ、ふふ…………」
喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。
それは、彼が今持っている全ての気力を振り絞った、最期の「余裕」だった。
血の混じった唾を吐き捨て、スズメは歪んだ口角で、挑戦的な笑みを浮かべてみせる。
「あいつを……呼ぶ 冗談はやめてくれ。……あんな、出来の悪い雛に……こんな無様な姿、見せられるわけ……ないだろう……っ」
「……強情だな」
男が苛立ちとともに、スズメの腹部を強く蹴り抜いた。
「がはっ……」
肺から全ての空気が吐き出され、スズメの意識は真っ白に染まる。吊るされた鎖が激しく音を立てて暴れ、彼の身体は力なく、ただの肉の塊のように揺れた。
顎は力なく下がり、乱れた前髪の間から見える瞳は、もはや焦点が合っていない。
だが、その朦朧とした意識の底で、彼はまだ必死に抗っていた。
自身の美しさが、強さが、誇りが、無残に蹂ぐ(ふみにじる)られる快感にも似た激痛。
(……まだだ。まだ、僕は……笑っていられる……)
深い絶望と苦痛の淵で、スズメの顔が再び、狂気を含んだ笑みに歪んだ。
それは、彼が「完璧なイケメン」であることを辞め、一人の「生き延びようとする獣」に変わった瞬間でもあった。