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町の外れに佇むライブハウス「スターダスト」は、力にとって青春の聖地だった。高校時代、軽音部でギターを弾き鳴らし、仲間達と夢を語り合い、他校生の対バンもした場所だ
あれから八年・・・力は懐かしいライブハウスを駐車場から眺めていた
「おいおい! マジかよ! 本物か?力じゃねーか!」
ライブハウスの扉をくぐった瞬間、野太い声が辺りに響き渡った、そこには高校時代のバンド仲間で今やこのライブハウスのオーナーを務める「雄介」が仁王立ちしていた
高校生の頃より10キロは確実に太った体躯に、真っ黒のTシャツがパツパツだ、かつての力の親友はニカッと笑い、太い腕で力をガシッと抱きしめるとバシバシと背中を叩いた、まるでプロレスラーのような力強さだ
「信じられねぇ!お前、生きてたか! ハハッ、冗談だよ! すげぇな!(ブラック・ロック)の力だぜ!サインを書け!!サインを!壁に貼るんだ!」
雄介の声は、ライブハウスのざわめきを軽く超える、力は笑顔で懐かしい友の顔を見つめた
「久しぶり雄介・・・すごく繁盛してるみたいだな、結構な事だ」
「ハハハ! まぁな! さぁ、入って入って! お前から連絡が来た時、耳を疑ったぜ! 世界のブラック・ロックが、こんなちっぽけな箱でライブやるってよ!」
ライブハウスは200人ほどが入れる小規模な箱だ、今ステージでは地元の学生バンドが熱っぽく演奏している
観客たちはビール片手に体を揺らし、ギターの音に合わせて歓声を上げる
力は懐かしさに胸が温まるのを感じた、あの頃こんな風に自分も緊張しながらステージに立っていた、決まって沙羅が真ん中の客席で手を振って、力の緊張を笑顔で解いてくれていた
雄介は力を2階の音響ブースに連れて行った、ガラス越しにステージが見える狭い部屋にはミキサーや機材が所狭しと並んでいる、雄介はタバコに火をつけ、ふぅっと紫煙を吐き出した
「ミキシングは去年最新のヤツに変えたんだ、音響もライトもバッチリ揃ってる。 お前の音の要望にはこれで応えられるかな?」
ニッコリ力が微笑む
「ありがとう、いきなりライブやりたいなんて無茶な頼み、聞いてくれて助かるよ」
力は感謝の気持ちで雄介に微笑んだ、雄介はワハハハと豪快に笑い、力の肩を叩いた
「何を言うんだ、力! 東京ドームを満席にするお前が、こんなシケたライブハウスで単独ライブやってくれるなんて、ファンが知ったらここにドッと押し寄せるぞ!だからこそ一夜かぎりのシークレットライブだけどな!」
雄介はそう言って笑ったが、ふと真剣な目で力を見た、タバコの煙がゆらりと揺れる中、彼は低い声で呟いた
「沙羅・・・良い女になってただろう・・・許してくれたか?」
力は一瞬、目を伏せた・・・そしてゆっくり首を振った
「・・・腹に一発くらったよ」
雄介は豪快にワハハハと笑ってやっぱり良い女だと沙羅を褒め称えた
そして音々は間違いなく力の子で、それは町中の暗黙の了解だと言った、あんな状態でお前の子供を産んだ沙羅の度胸もたいしたものだと雄介は言った
二人はしばらく無言でステージを見つめた・・・
学生バンドのボーカルが、若さ溢れる声でシャウトしている、力はその音を聞きながら、8年前の記憶が蘇るのを抑えきれなかった、結婚式の当日、沙羅を残して韓国に飛んだあの時・・・あの選択が力の人生を世界的な成功へと導いた、でも同時に多くのものを失った
雄介はタバコをもう一口吸い、煙を吐きながら言った
「人生最大の間違いを犯した・・・って思ってるんだろ?」
力は驚いたように雄介を見た、まるで心を読まれたようだった、雄介はニヤリと笑って続ける
「でもな、俺は真由美や女共と少し考えが違うぞ・・・自分を責めるな、力」
「雄介・・・でも」
「お前は歌で成功した、大成功だ!とんでもねぇ!十万人に一人あるかないかだ、世界を魅了する才能があった、あの頃のお前の才能を見抜いてたのは沙羅じゃなかった。韓国のエージェントだろ? 成功の裏には、必ず犠牲がある、誰だってそうだ」
雄介の言葉は力の胸に突き刺さった、雄介はタバコの灰を灰皿に落とし、静かに続けた
「もしあのまま沙羅と結婚してたとしても、お前はやっぱり夢を諦められなくて不幸だったかもしれないぜ、あの時の沙羅はお前と結婚することしか考えていなかった、自分の才能を殺して毎日後悔してたかもしれない、人生はいつでも運とタイミングの連続さ」
力は思いがけない雄介の言葉に感動した・・・
あんな不義理をした形で友情は無くなったと思っていたのに・・・雄介はちゃんと自分の頑張りをずっと見ていてくれたのだ
「一番質が悪いのは「自分の過ちを認められないヤツ」だ!そういうヤツは自分の都合の良い様に事実を捻じ曲げる、反省が出来ない故に同じ過ちを繰り返し、被害者意識だけが強くなっていく、お前は沙羅に悪いと思って償いたいと思っているんだろう?ならやり直せるさ、沙羅も鬼じゃねぇ、いつかきっと理解してくれるよ」
力は目を閉じ深く息を吐いた、そして雄介の顔をもう一度見た、雄介は優しく力に微笑んでいた
「俺はお前が韓国に行って成功した事を誇らしく思うよ、誰でも出来る事じゃねぇ、この町はスターを生んだ、そのうちお前の記念館が建つんじゃねーかと俺は踏んでるぞ、良く帰ってきてくれたな、嬉しいぞ」
「雄介・・・」
雄介の言葉はまるで古傷を優しく撫でるようだった、力の目にじわりと涙が溢れた
雄介は目を細め、ゆっくり頷いた、彼の目には力への深い理解と尊敬が宿っていた
雄介にとって力はただの成功者じゃない、夢を追い続け、どんな犠牲を払ってもステージに立ち続ける男だ、雄介は自分の才能の限界を知り、このライブハウスのオーナーとして音楽を支える側に回った、でも力は世界を掴んだ、その計り知れない努力と情熱を雄介は心から尊敬していた
「雄介・・・君にも謝らなきゃ・・・いや、8年前、結婚式に来てくれた同級生全員に謝りたい、でもみんな疎遠になっちゃって、連絡先もわからないんだ・・・」
しゅんとした力の声には、深い後悔が滲んでいた
雄介はワハハハと笑ってタバコを灰皿にもみ消して面白そうに言った
「そりゃあ!簡単だ、町はずれの『スーパー・マルハチ』に行ってみろよ」
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力が町のスーパーマーケット『マルハチ』の自動ドアをくぐった瞬間、店内の空気が一変した
買い物客の視線がチラチラと彼に集まり、ざわめきが広がる、どこに行っても力がいるだけで周りに起こる現象だ
まるでハリウッド映画のスターが突然現れたかのようだ、まぁ、実際その通りなのだが
ここではニューヨークみたいに彼の姿をひと目見ただけで奇声を発っして倒れる若い子がいないだけまだマシだ
この町の住人は遠くからチラチラ見ている慎ましさはある、力はこれ以上誰も近づいてこないのである意味ホッとした
力は棚からスニッカーズを手に取り、ゆっくりとレジに向った、レジには高校時代の沙羅の親友で、今や子育て世代のママ友として町に根を張る陽子が立っていた
陽子は青いスーパーマルハチのエプロン姿で、髪をポニーテールにまとめ、いつものようにテキパキとレジを打っていた
そして力の姿を一瞥すると、彼女の表情がハッと一瞬で凍りついた
ピッ
「・・・180円でぇ~す・・・」
陽子の声はまるでロボットのように機械的だった、力はスニッカーズを受け取りチラリと陽子を見た、陽子は目をそらし、ツンッとそっぽを向いて力の顔を見ようとしない
まるで「私はあなたになんか興味ないわよ!」と全身で叫んでいるかのようだ
「・・・これで・・・お願いします・・・」
力は低い声でそう呟き、財布から取り出したのは、アメリカン・エキスプレスのセンチュリオン・カード・・・通称「ブラックカード」だった
そのカードは完全招待制、資産数億円以上の超富裕層しか持てない、まさに金と権力の象徴だった、カードの表面は黒光りし、メタリックに輝くダイヤモンドのようだ
陽子の目がそのカードを捉えた瞬間、彼女の目ん玉が漫画のように飛び出しそうになっていた
「カッ・・・カード・・・お預かりしま・・・す」
陽子は震える手でカードを受け取り、まるで爆弾でも扱うかのように慎重にカードリーダーに差し込んだ
機械が「ピッ」と音を立てた瞬間、彼女の額に汗が浮かんでいた力はそんな陽子を見つめ、口を開いた
「あ・・・あの・・・陽子ちゃ――」
「悪いけどあたし、沙羅を傷つけた人とはしゃべらないって決めてるの」
陽子はツンッと顔を背け、まるで中学女子がシカトするような態度だった、しかしその声には微妙な震えが混じっていて明らかに力を横目でチラチラ見ている
取り付く島もないと力が肩を落とした時、ふと視線がレジの横にうつった
そこには今日発売の海外の音楽雑誌『ローリングストーン日本版』がドンと置かれていた、そして表紙には、革ジャンにサングラス姿の力の姿が映っていた力の男前で挑発的な笑みを浮かべた姿がバッチリ写っている、雑誌はいかにもつい今まで読んでましたとばかりに開かれている
見開き見出ページは「BlackRock!世界を揺らす新アルバム!今月発売」と書かれていた、陽子が力の視線にハッと気づき、慌てて雑誌をレジの引き出しに突っ込もうとした、その姿はまるで子供が悪さを隠そうとするようにバタバタと慌てて言った
「こ、これは! 違うのよ! ちょっと気になって、っていうか・・・その・・・」
顔を真っ赤にして言い訳を並べる陽子に、力はニッコリと微笑んで手を伸ばした
「それ貸して、あと、そこのマジックも」
それを聞いた陽子は瞬時の速さで雑誌とマジックペンをサッと力に差し出した
力は雑誌にサラサラと流れるような筆致でサインを書いた・・・そしてチラリと陽子を見て一番隅に「陽子ちゃんへ」と付け足した
陽子の頬が真っ赤に染まり、目がキラキラと輝いた。まるで高校時代に戻ったかのようなテンションで叫んだ
「きゃー! ほ、ほんとに!? サイン!? 力の!? うっそ~!やっだぁ~!」
「スマホも貸して!」
陽子のツンとした態度はどこへやら、一瞬でファンガールモード全開で、エプロンから自分のスマートフォンを出して力に差し出す
力は慣れた手つきでカメラを起動し、二人は肩を寄せ合ってカメラ画面にピースサインをした、陽子はまるでアイドルの握手会に来たファンのような満面の笑顔だった
「やばい! これ!!めっちゃ自慢できるじゃない!ど・どどっ・・・動画もいい?」
「いいよ」
興奮冷めやらぬ様子で陽子は先ほど力と撮った写真と動画をずっと眺めていた
「ああ~~ん!!あたしブスじゃん!!」
動画をずっと眺めてクネクネしている陽子を力は微笑ましく見つめた
だが、陽子のテンションが急に変わった、彼女はモジモジと指を絡ませ、ちょっとだけ真剣な目で力を見て言った
「あのぅ・・・言いにくいんだけどさ、先週SNSでスッパ抜かれてた記事見た? あなたとあの新人歌手って・・・」
力は一瞬でキッパリと答えた
「彼女とは写真を一緒に撮ってくれって言われたから撮っただけ!今みたいにね、話したこともない」
勢いづいた陽子が目を細め、首だけをぐいっと出し、片眉をあげて力に迫る、まるで刑事ドラマの尋問官のようにつっこんでくる
「じゃあ、韓国の人気モデルはどうなの!? あなたがステージでつけてたネックレスと同じヤツつけてたって! みんな、付き合ってるんじゃないかって騒いでるわよ!」
陽子は片眉を上げ、レジから身を乗り出し、まるでゴシップ雑誌の編集者さながらにグイグイ迫ってくる、しかし力はこーゆー質問に答えるには慣れ切っていた、嘘やごまかしや沈黙は認めたことになる、正直に答える事こそが、いち早くゴシップを消す、力は苦笑いをしながら丁寧に答えた
「あのネックレスはブランドスポンサーの提供品だよ、彼女が同じのをつけてたのは偶然っていうか、多分アンバサダーを狙ってるんじゃないかな?話題が欲しいから僕が出汁にされてるだけだよ・・・ってか陽子ちゃん、めっちゃ詳しいね」
陽子の頬が一気に赤くなる
「べっ・・・べっつにぃ~! ただ、タイムラインで流れてきたから! 気になっただけよ!」
再びツンとした態度に戻る陽子の目は完全にファンのそれだった
力の新曲のMV、最近のインタビュー、果てはインフルエンサーが匂わせた投稿まで、陽子は驚くほど詳しかった、力は陽子の尋問に根気強く一つ一つ丁寧に答えて噂を否定していく、陽子の質問攻めは止まらず、まるでファンクラブのQ&Aコーナーのようだ
「じゃあ、じゃあ! 本当に今、彼女はいないのね!?」
陽子の声に、力は一瞬だけ目を閉じた、そして静かだが力強い声で答えた
「八年間いなかったよ」
その言葉に陽子の動きがフルフルと振るえていた、彼女は力の真剣な目を見つめ、ゆっくりと何度もコクコク頷いた、陽子の胸に確信が芽生える・・・力はまだ沙羅を愛しているのだ
高校時代、沙羅と力が手を繋いで校庭を歩いていたあの頃の光景が陽子の脳裏に蘇る、沙羅を式場に残して韓国に逃げた力・・・
いくら世界的スターだとしても陽子は沙羅の親友として力を許せなかった、でも今目の前にいる力は、あの頃と同じ純粋な目で沙羅を想っている
「・・・陽子ちゃん、あのね・・・金曜の夜、雄介の店で僕、ライブするんだ」
力の言葉に陽子はハッと我に返り思わず叫んだ
「うそでしょ!? あのちっちゃいライブハウスで? 世界のBlackRockが!?」
「ハハ、そ、ちょっとしたアコースティックライブ、僕の同級生は全部無料にしたから」
陽子はゴクリと唾を飲み、信じられないとばかりに力を見つめた、陽子の心の中で沙羅を傷つけた男への怒りと、「スーパースター」へのファン心がせめぎ合う、だが最終的に沙羅への友情が勝ったようだ
「そっ・・・そんなこと言われても行くかどうか分からないわ・・・さ・・・沙羅にも相談しないと・・・」
ツーンと陽子はそっぽを向いたが、頬は染り、ソワソワとしている
「それじゃ!都合がついたら来てよ・・・それともし、あの頃のクラスの仲間に言えたらでいいから伝えてくれると嬉しいな・・・力が雄介のライブハウスで待ってるって!」
力はスニッカーズを手に持ちスーパーを後にした、店内の客達はスーパーから出て行く力を遠巻きに見ていた、中には動画で力の後ろ姿を撮っている者もいた
陽子は力のフェラーリが去ってくのをガラス窓に両手とほっぺたをピッタリ張り付けて見ていた
やがて、力が完全に見えなくなると、町一番の情報通の陽子はスマホを取り出し、約100グループは入っている同級生のグループLINEにせっせと打ち始めた
両方の手でスマホを持ち、両親指が信じられない速さで打撃している
スポッ♪
―ちょっと大変!大ニュース!―
スポッ♪
―力、まだこの町にいるわ!たった今、力が私の店に来た!―
スポッ♪
―力は沙羅のことまだ愛しているわ!―
スポッ♪
―なんと週末雄介のライブハウスで歌うんだって!―
スポッ♪
―力の同級生は「無料」で招待するって!―
スポッ♪
―みんなに伝えて!週末!雄介のライブハウスに全員集合よ!―
陽子のグループlineは緊急速報よりも早くこの町に広がった
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