コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ピルルルル ピルルルル
スマートフォンの着信の音で美晴は我に返った。義母からの連絡で現実に引き戻された。電子機器からは義母からの着信を告げる音がけたたましく鳴っている。
今の状態ではとても彼女と話す気になれずに無視した。今日はまだ幹雄は出張で帰ってこないため、病院へ行って検査を受けていたと言い訳ができる。
様子を見に来るという名目で突撃されて居留守がバレてしまうと、とんでもない説教を喰らわされるだろう。あと、血痕をなんとかしておかないと見つかった時に大事になるだろうから、泣きながら掃除をした。
本当なら全てを投げ出し、ただ悲しみに暮れて我が子の冥福を祈りたいのに、悲しくても家で声を上げて泣くこともままならない不自由さ。このまま死にたいとさえ思った。
義母がここへ来るかもしれないと懸念した美晴は、すべての電気を消して寝室に閉じこもった。万が一インターフォンを鳴らされても、これなら義母に見つからない。
(流産や死産を経験した人は、いったいどうやって乗り越えたんだろう)
ぼんやりと暗い天井を見つめていたが、頬を流れる涙をぬぐい、思い立ってスマートフォンで体験事例を探してみることにした。同じ悩みを共感したいと考えたのだ。誰にも話せないなら、いっそ『お悩み掲示板』のようなところで愚痴を吐き出すのもいいかもしれない。
早速、検索サイトで『流産 辛い 体験』などとキーワードを入れて記事を探してみた。
インターネットの中には、美晴の想像以上に多くの事例や経験談が並んでいた。自分だけが辛いわけではない上、出産間近の死産を経験したり、不妊治療の末にようやく待望の子を妊娠したが流産してしまったり、様々な体験談が掲載されていた。
しかしいくら体験事例を読み漁っても、美晴の中に宿ってくれた子供の命は還ってこない。それはわかっている。しかし何かに取りつかれたように記事を読み漁ってしまった。同じような苦しみや悲しみを持つ人の心とリンクし、少しでも苦しみを消化したいという気持ちの表れだろう。
次の記事を読もうと思った時だった。突然インターフォンが鳴ったのだ。
(うそ…)
何度かけても電話に出ないから、義母がわざわざ訪ねて来たのだろうか。美晴は物音を立てたりしないようにじっと息を潜めて待った。
何度も室内にインターフォンの音が響く。訪ねてきた客は和子で間違いない。宅配業者などはここまでしつこくインターフォンを鳴らさない。
苛立ったのかインターフォンを連打する音まで聞こえた。美晴は布団を深くかぶり、目をぎゅっと閉じて音が鳴り止むのを待った。
暫く経つとインターフォンが鳴る音が聞こえなくなった。今日ばかりは諦めて帰ったのだろう。入院していたことは事実なので、後日伝えればいい。
ただ、今は義母の対応をできる自信がなかった。
ふうっと息を吐き出し、もう安心だと再びスマートフォンに目を落とした。