状況が呑み込めない…。鈴助は俺に何をした…???キ…ス???い、いやいや、そんなわけ…。……いや、鈴助は俺にキスをした。あの時俺がパニクってたとはいえ、キ、キスなんてする必要あったか…!?今現在俺は、ベッドの上で枕に顔をうずめたまま布団に潜っている。今はちょうど保健室に先生はおらず、鈴助が先生を呼びに行ってくれているところだ。今でも思い出せる、鈴助の唇の感触、心臓の音、小刻みに揺れる肩が少し上がる様も。今でも俺の心臓は、はちきれてしまいそうな程鼓動を続けている。違う、俺が好きなのは犬飼さんであって、…じゃない。そう、違う。俺が、好き…なのは、犬飼…さん。
………、
「綾!」
「っ、」
その声が頭に響く。あぁ、こいつの声は聞いていて安心する声だ。こいつが声変わりした時、周りに比べて少し声が高くて、俺よりも高かった。鈴助は、もっと低い声の方が男っぽくていいって言ってたっけ。鈴助の驚いた時の声がうわずる感じも、たまに聞ける普段より低いさっきのような声も、どんなイケボな男より俺の心に響いて止まない。あぁ、わかってる。俺は…
「ごめん綾!職員室に行ったけど先生達いなくて。多分今の時間は先生たちで会議してるんだ。体調は?平気?」
「…………なっにが平気?だ!お前の方がどう見たって重症なんだよ!な〜にが先生呼びに行ってくるだ!おら、そこ座れ!」
「っえ、ちょ、綾ってば!」
俺は無理やり鈴助をベッドに座らせる。鈴助は顔が整っている。そんな顔に傷がついているなんてもったいない。赤い切り傷からは少し血が垂れている。少し保健室のものを借りて、消毒液で手当をする。傷にガーゼをあてがうと、鈴助の顔が少しひきつる。それが少しマヌケで、顔がほころんだ。
「痛い〜。もっと優しくしてよ綾〜」
「んなこた言ったって痛いもんは痛いんだからしょうがないだろ。少しは我慢しろ。 」
「えぇ〜?この、鬼委員長め…!」
「んだと〜?」
ガーゼをあてがう力を少し強める。鈴助は眉を下がらせて痛い〜と、言う。それがマヌケで俺は笑う。それを見た鈴助は、次は眉を吊り上げて抗議の声を上げている。間違えて消毒液が目に入って悶えていると、鈴助は声を上げて笑った。そうすれば俺が眉を吊り上げて怒りを露わにする。そんなことをしていれば、気付けば2人して笑っていた。なんだか無性に幸せだなと感じた。やっぱり鈴助といると安心する。時には、心臓がうるさくなる。この気持ちが何なのかは、気付かないようにした。
「よし、絆創膏も貼り終わったし、これで手当完了だ。」
「おぉ〜やった〜。消毒液はめっちゃ痛かったけど。 」
「っふ、根に持つなよ。元はと言えばお前があんなことをしなければだな…。まぁ、そんなことはいい。その口の切り傷、まだ痛むだろ?」
「ん〜まぁね。でも、口となるとどうしようもないし、このままでも…」
「いや?そうはいかないだろ。そこでさっきの報復も含めてとっておきの特効薬をくれてやる。」
「…?なになに?そんなものが保健室にあるのっ…」
鈴助のネクタイを引っ張り、しゃべり続ける口を塞ぐようにして、自分の唇をあてがった。ガーゼを当てた時より強く。
「ちゅうっ」
そんな音が保健室内に響いた。でも、そう長くそんなものをしていられる訳もなく、唇が触れて数秒もしないうちにバッと引き下がった。
「…っん、…こ、これはさっきのお返しだ!お前、俺があんな状態だったからとはいえあ、あんなこと…。や、やられっぱなしは気に食わないしな!」
そう言った俺を鈴助は目を丸くして見つめてくる。言葉が早口になっていただろうか?俺が内心緊張していることが悟られていないだろうか?あぁ、だんだん恥ずかしくなってきた。何がお返しだよっ!あんなことやる必要なかった…。
「ご、ごめん。変なこと言った。お前の手当はできたし、掃除に戻るぞ。俺は平気だし、保健室に長居するのも違うしな。ほら、だから行くぞ…」
そう鈴助の方に振り向いた時には遅かった。咄嗟に片手で両方の手首を掴まれて、もう片方は背中に回されるようにして押し倒された。背中に回されていたはずの手は俺の額に伸びて、眼鏡を外される。
「り、鈴助?ど、どうした?」
「やっぱ、綾は眼鏡つけてた方がいいね。綾って、喋るの上手いし、頭もいいし、眼鏡を外したらこんなに綺麗なんだ。こんなの他の人が見たら誰かに取られちゃうよ。 」
こいつは何を言っているんだ?掴まれた拘束を振りほどこうにも力じゃかなわない。足も鈴助の足で固定されている。逃げられない。鈴助の声が低い。鈴助の瞳が俺を凝視する。あぁ、また心臓がうるさい。額に汗が滲む。あぁ、またあの感情が…
「綾はさっきのキスを”お返し”だって言ったよね?でも、あれじゃお返しになってないよ。お返しをすんならさ、もっと相手の記憶に残るようなものをしないと…。ほら、口開けて。」
俺は鈴助の雰囲気に気圧されて、言われた通り口を開けた。すると、鈴助は顔をほころばせて今まであまり見た事のない甘い顔をした。その顔に心臓が跳ねる。それに追い打ちをかけるように口の中に何かが入ってくる。これは、鈴助の舌だ。熱くて分厚い。口の中を掻き回すようにして動く鈴助の舌に、体がビクつく。体が密着しているのもあって鈴助の鼓動が聞こえてくる。鈴助も鼓動が早い。なんだ、鈴助も慣れてる訳じゃないのか、そんな事実に少し安心した。
「んぅっ、っはぁ、りんす、けぇっ、ちょ、んあっ、」
自分の発する声が段々と喘ぎ声に変わっていく。それを自分で聞いているのでさえ恥ずかしいのに、今鈴助とこんなことをしているということがさらに頭を麻痺させる。どれだけの時間が流れただろうか。やがて口の中から鈴助の舌が抜かれる。互いの口から糸が引いて銀色に淫妖に光る。
「っは、ぁ、綾…すごい顔してるよ?綾の綺麗な顔がぐちゃぐちゃだね。トロントロンだよ、めっちゃエロい。こんな姿先生に見られたらとんでもないね。 」
やっぱり鈴助の声がいつもより低い、でも、さっきと違うのはこの声が耳に響く度体が反応する。ずっと聞いていたい。そういえば、起き上がろうにも体に力が入らない。目の前が少し滲んだように見える。
「ごめん、やりすぎちゃったね。でも、あのキス1つでこんなになっちゃうの、正直、たまんないね。」
そう言いながら鈴助は俺の目元に溜まった雫を拭う。
「でも、流石にここまでしてしまった俺には責任がある。だから、綾の責任、取らせてもらうよ」
そう言うと、鈴助は俺の体を持ち上げた。そうして俺の体を抱えあげると保健室を出て、通りかかった先生に声をかけた。
「どうした松井!って、これゃどうした?このお前に抱き抱えられてるのは…村松か!」
「すみません先生、綾が掃除の途中で体調を崩してしまって、このまま家まで送り届けます。」
「おぉ、そうか。そうか、お前たちは幼なじみだったな。分かった、気をつけて帰れよ。」
「はい、ありがとうございます先生。」
正直鈴助に抱き抱えられている様を先生に見られているというのはとてつもなく恥ずかしい。それでも、この時の俺には体を動かすことが出来ず声すら出せないのだった_。
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