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文化祭まで、あと一か月。
けれど二年C組の空気は、 相変わらず最悪だった。
ホームルームでは、 白石ひかりが黒板の前に立っている。
「えっと……そろそろ出し物決めたいんだけど」
反応は薄い。
スマホを見る男子。
机に突っ伏す女子。
イヤホンを片耳だけ入れたままの生徒。
誰も白石を見ていない。
「お化け屋敷やりたい人?」
沈黙。
「……じゃ、メイド喫茶は?」
「男子が来るならやるー」
女子グループの一人が笑いながら言う。
周囲も適当に笑う。
でも、 本気で話し合おうとしている人間はいなかった。
白石は無理やり笑顔を作る。
「じゃあ、多数決で――」
「別になんでもよくね?」
後ろから声が飛ぶ。
神崎だった。
椅子を斜めにして、 だるそうに天井を見ている。
「どうせお前ら、当日しかやる気出さねぇじゃん」
「は?」
男子の一人が眉をひそめる。
「神崎、お前毎回それだな」
「事実じゃん」
神崎は笑った。
「準備サボって、当日だけ“青春してます感”出すの好きだよなお前ら」
空気が凍る。
でも誰も、 強く否定できない。
図星だからだった。
「……神崎くん」
白石が小さく言う。
「せめて決める時くらい協力して」
神崎は少しだけ白石を見る。
「白石さ」
「なんでそんな頑張れんの?」
「え……?」
「このクラスに期待してんの?」
白石は答えに詰まる。
神崎は笑わない。
本気で不思議そうだった。
「誰も本気じゃねぇのに」
教室が静まり返る。
その空気に耐えきれなくなったように、 担任の大西が手を叩いた。
「はいはい、喧嘩すんな」
「とりあえず、お化け屋敷でいいか?」
誰も反対しない。
いや、 反対する気力がない。
「じゃあ決定な」
それだけで話し合いは終わった。
放課後。
教室には白石だけが残っていた。
黒板に、 お化け屋敷の案を書き出していく。
・受付
・内装
・音響
・シフト表
けれど、 書けば書くほど不安になる。
誰も協力する気がしない。
「……はぁ」
ため息が漏れる。
その時、 後ろの扉が開いた。
「まだやってんの?」
神崎だった。
コンビニ袋を片手に持っている。
白石は少し疲れた顔で笑った。
「実行委員だから」
「真面目だねぇ」
神崎はそう言いながら、 教卓にコンビニのジュースを置いた。
「え?」
「余ってたから」
ぶっきらぼうに言う。
白石は少し驚く。
神崎はそのまま窓際の席に座った。
夕日が差し込む教室。
静かな空間。
昼間の騒がしさが嘘みたいだった。
白石は小さく言う。
「……神崎くんって、なんでそんなにクラス嫌いなの?」
神崎は少し黙った。
それから窓の外を見たまま答える。
「嫌いっていうか」
「気持ち悪いんだよ」
「え……?」
「誰も本音言わねぇじゃん」
白石は黙る。
神崎は続けた。
「陰口は言うくせに、本人の前だと笑う」
「面倒なことから逃げる」
「でも“仲良しクラス”みたいな顔だけする」
その声は、 怒っているというより、 諦めているようだった。
白石は思わず言う。
「……でも、皆そういうものじゃない?」
神崎は笑った。
「ほら」
「白石も空気側だ」
その言葉に、 白石の胸が少しざわつく。
「違うよ」
「じゃあ、もし皆に嫌われても今みたいに動ける?」
白石は答えられなかった。
神崎はその反応を見ると、 静かに立ち上がる。
「まぁ頑張れよ、実行委員」
教室を出ていこうとする。
その背中へ、 白石は思わず声をかけた。
「……神崎くんは?」
「ん?」
「神崎くんは、文化祭やりたくないの?」
神崎は少しだけ止まった。
夕日が横顔を赤く染める。
そして小さく笑う。
「どうせやるなら、ちゃんとやれって思うだけ」
それだけ言って、 神崎は教室を出ていった。
白石は一人、 静かな教室に残される。
机の上には、 神崎が置いていったジュース。
窓の外では、 運動部の掛け声が遠く響いていた。
その音だけが、 やけに青春っぽく聞こえた。