テラーノベル
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夜の境界。月は満ち、空には雲ひとつない。
朧は、境の庭に立っていた。その手には、白く光る一輪の”月白草”。
(⋯⋯咲いたのか、今夜)
その花は、満月の夜にしか咲かない。そして、咲いた夜には”選ばれし者”が現れると、古くから伝えられていた。
(まさか⋯⋯)
その時──
「⋯⋯来ちゃった」
霧の中から、柚葉が現れた。
「⋯⋯柚葉。なぜ来た」
「だって⋯⋯今日、満月でしょ?きっと、会える気がしたの」
「⋯⋯」
「ねぇ、朧くん。私、もうすぐ引っ越すの。遠くの親戚の家に預けられることになったの」
「⋯⋯そうか」
「だから、最後に⋯⋯会いたかったの。あなたに、ちゃんと”ありがとう”って言いたくて」
柚葉は、そっと朧の手を取った。
柚葉は、そっと朧の手を取った。
「私、あなたに会えてよかった。あなたの声、あたたかかった。私のこと、信じてくれた。
それだけで、救われたの」
「柚葉。お前は、もうここに来てはならない。これ以上、境に近づけば──」
「うん、わかってる。でも⋯⋯」
柚葉は、懐から何かを取り出した。
それは、小さな紙で折られた”花”だった。
「これ、あなたに。私の気持ち、全部込めたから」
朧はそれを受け取り、しばらく見つめたあと、静かに言った。
「⋯⋯柚葉。お前の記憶を、消す」
「⋯⋯え?」
「このままでは、お前は”こちら側”に引かれる。それは、お前の命を削ることになる。
だから⋯⋯私が、忘れさせる」
柚葉は、少しだけ笑った。
「そっか⋯⋯でも、それでもいいよ。私の中から、あなたが消えても──
あなたの中に、私が残るなら」
「⋯⋯!」
「それで、十分だよ」
朧は柚葉の額に手を当て、静かに術を紡いだ。
「⋯⋯ありがとう、柚葉。お前の言葉は、私の中で永遠に咲き続ける」
「⋯⋯うん。じゃあ、またね。いつか、どこかで──」
柚葉の瞳が、静かに閉じられた。
その瞬間、月白草がひとひら、風に乗って舞い上がった。
朧はそれを見上げながら、そっと呟いた。
「⋯⋯さようなら、柚葉。私の、大事な⋯⋯大切な、人──」
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