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月白草が咲いた夜から、季節がまたひとつ、またひとつと巡った。
柚葉の姿は、もう境に現れなかった。彼女の記憶からも、朧の存在は消えていた。
けれど──
「⋯⋯また、来てしまった」
朧は、あの庭に立っていた。
月白草の咲く場所に、そっと腰を下ろす。
手の中には、あの夜、柚葉が残していった紙の花。
(記憶は消えても、この花だけは、なぜか消えなかった)
(彼女の想いが、このひとひらに宿っているのだろうか)
「⋯⋯情を抱いたな、朧」
背後から、長老の声がした。
「⋯⋯否。私はただ⋯⋯忘れたくないだけです」
「⋯⋯ならば、忘れるな。それもまた、守護者の道だ」
「⋯⋯はい」
長老はしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。
「お前も、変わったな。”器”だったはずの者が、”花”に心を動かされるとは」
「⋯⋯あの子は、私に”心”をくれました。だから私は、もう器ではいられない」
「⋯⋯ならば、次に現れる”花”を待て。お前の魂が再び震える日が来るなら、その時こそ──」
時は流れ、朧は再び境を守る日々に戻っていた。
けれど、彼の眼差しは、どこか柔らかくなっていた。
そして──
「⋯⋯あれ?ここ、どこ⋯⋯?」
霧の中から、ひとりの少女の声が聞こえた。
「⋯⋯誰だ」
「きゃっ⋯⋯ご、ごめんなさい⋯⋯!」
制服姿の少女が、霧の中で立ちすくんでいた
──その手には、小さな紙の花が握られている。
(⋯⋯まさか)
朧は、少女の手元に目をやった。
それは、かつて柚葉が残した、あの”紙の花”とまったく同じ折り方だった。
「⋯⋯君の名前は?」
「え?あ、えっと⋯⋯澪。白川 澪っていいます」
朧の胸に、ふたたびあの夜の風が吹いた。
(柚葉⋯⋯お前の”ひとひら”が、未来を連れてきたのだな)
その日から、朧の時間は再び動き出した。柚葉が残した思いは、澪という新たな”花”へと受け継がれ、やがて──
“本当の契り”へと、繋がっていく。
そして、境界の庭には今日も、月白草が静かに咲いている。風に舞うひとひらが、ふたりの未来を、そっと祝福していた。