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43



軽くキス、少しずつ深まるキス、しびれるようなキスへと続き、

先に冷静になったのは植木のほうだった。



いや、そう思ったのは植木だけで桃のほうはもしかすると

最初から冷静だったのかもしれない。



深く甘い、お互いに下半身が痺れるようなキスだった。

桃は内心で誘惑のし甲斐があるっていうもんだわ、などと思った。



「どういうつもりだ、俺を誘惑して……」


今まで植木は桃に対して俺という言葉を使ったことはなく……キスひとつで

距離が縮まったということだろうか。



「ふふっ、分かった? でも手相を見るっていうのも本当なんだけどな」


そう言いながら桃は艶めかしい雰囲気を醸し出しつつ平然と、手相という

少しは興味を引くワードであるとはいえ、在り来たりな話題を取り入れながら

植木を挑発する。



「桃ちゃんの言動って試し入ってるだろ?

駄目だよ、ここまでだ桃ちゃん。

俺はこれ以上先へは行かないよ。


そんなヤってくれといわんばかりの着崩した姿は目の毒だ。

ほらっ、さっさとボタン嵌めて衣服整えて帰りなさい」




「植木さん私、まだ下着付けてないしぃ……。

ヤっていいわよ、やればいいじゃない」



「わぁ~、やめろ。俺はここまでが限界だ。

俺の本心言おうか。

本心は俺だって桃ちゃんとやりたいさ。


だがね、妻や子のためにそれをするわけにはいかないんだよ。

桃ちゃんとヤっちまったら俺は今まで大切にしてきた家族を失うことに

なるからね」




「ふーん、で……植木さん、踏ん張れるの?」


「踏ん張るさ。だけどこの次はどうかな?

自信ないよ。

桃ちゃんが魅力的だからね。


俺ね、奥さんと出会う前に桃ちゃんと出会っていたら付き合ってたと思う。

桃ちゃん、ここを辞めてくれないか……申し訳ないけど」




「植木さん、ハグしてくれたら私……辞めたげる」


「残念だけど、さよならだ」



そう言うと、植木は桃をそっとやさしく抱きしめた。


「植木さんってやさしい人なのね。

植木さんの奥さんは幸せ者だね。


いいなぁ~、しようがないけど植木さんをこれ以上誘惑するのは止めるわ。

今までありがと」



そう言い残して桃は教室を出ようとした。


44



◇困惑


ふたりの様子をまんじりともせず見ていた俊は、戸口に向かって歩いてくる

桃を見て慌ててその場を離れた。



ほぼあんな状態の女性から誘われれば大抵の男が拒絶するのは難しいだろう。

自分は植木が桃の挑発に乗れば教室のドアを開け飛び出すつもりでいた。


『はぁ~、それにしても徒労で終わってよかった、ほんとによかった』


そこには安堵のと息を吐き、胸をなでおろす俊の姿があった。




ずっと緊張しながら外で立ちっぱなしだったため、疲労感が半端なく

午後から出勤するのには気合が必要だった。



会社に向かう電車の中で今後のこと、あれやこれやが目まぐるしく脳内を

駆け巡った。


よく分からないから何とも言えないがあんなことをして雇い主から拒絶されたのだから……

いやあの男ちゃっかりキスはしてたよな、くそっ、だがその後は自制心を働かせて

いたのだから、このまま桃が仕事を続けられるとも思えない。



このまま辞めてくれれば自分としては万々歳だ。


あれだな、辞めることになったのか、はたまたこのまま続けるのか、

しばらく要注視だ……。



『これから社に戻るけど、もう今日は仕事にならないような気がするな~』


そう呟きつつも、すでに予定のつまっている仕事があり、そう甘いことも

言っておられず、私的な悩みと仕事の両方で午後からのことを思うと

頭の痛い俊だった。



いやぁ~しかし、先ほど見た場面が何度も頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消えし、

俊の胸をザクリと抉る。



あまりにも妻の挙動振舞いが酷く、見たことのない洋服に

見慣れない髪型、きっとあれは桃じゃない……他の誰かだと思いたかった。




45



桃は植木との間で辞めるという取り決めをして教室を出たものの、最後に

もう一度やさしい男、植木の姿を見納めしてから帰ろうと思い、急ぎトイレの中で

下着を付け簡単に身繕いしたあと、彼がまださっきの教室に残っていたら

いいのにと思いながら校舎に出た。



そして彼の姿が確認できる窓のところまで歩いて行った。



確かに彼はまだそこにいた。

しかし、何とこの時、桃に小さな衝撃が走った。



なぜなら、妻や子供たちとの生活を壊せないからと自分の誘惑を拒絶していたはずの男が、

部下のような立場の女、吉田照子から積極的で濃厚なキスを仕掛けられ、彼は手慣れた

態度と行動で彼女を受け入れていたからだ。



ふたりの関係は今回が初めてという雰囲気ではない。

双方の身体の密着具合、植木の腕や手の使い方、吉田のこなれた甘え方や

しぐさ。



しばらくふたりのラブシーンを食い入るように見ていた桃は、

そっとその場から離れた。




「あははははっ~、とんだ男だったってわけね。

騙されるところだった。

いや、騙されたけども~。

あいつ、とんでもない食わせ者じゃないの」



そりゃあ愛人なのか、はたまた恋人なのかは知らないけれど、吉田みたいな

四六時中身近にいる女に近くで監視されているんじゃあ、モデルとなんか

イチイチゃできないよね。



速攻奥さんに密告されて復讐されそうだもの。


自制を働かせたわけでもなんでもなくて、自制しないといけなかっただけの話。



植木のことを考えるにつけ、心から好きな相手ならいざ知らず

適当な気持ちでよその男に手を出そうなんて100万年早かったと

桃は自戒した。



これ以上笑い者になるなんて耐えられない。


そう思い、以後このような形でやけくそになることだけは避けようと

決意するのだった。

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