私は井戸の前に来ると水を汲んだ。
そして手袋を外し、口をゆすいで手を洗う。
水はとても澄んでいて、濁り一つない。
清潔な水にほっと安心していると、ふと視線を感じた。
その視線の方を見ると、さっき剣の練習をしていた少年がいる。
彼の視線を辿ると、私の手の方に向けられていた。
途端に、自分の顔が青ざめていくのを感じる。
私は慌てて左手の甲を隠した。
が、時既に遅し。
彼は私の前に来ると、私の左の手首を掴む。
「これは一体どういうことだ。セレスティア」
私は目を見開いた。
名乗っていないのに、なぜ……。
「なぜ私の名前を……」
すると彼は、訝しげに眉をひそめる。
「お前、俺のことを覚えてないのか?」
私は改めて彼の頭のてっぺんから爪先までじっくりと見た。
艶やかな黒髪、それによく映える真っ白な肌、瞳は炎を宿し、燃えているように赤く、それを縁取る睫毛はその滑らかな頬に影を落とすほど長く濃い。細く高い鼻梁に、形のいい薄い唇。背は高く、見上げなければそのかんばせを拝めない。
どう見ても、美少年にしか……、と、過去の記憶に同じ姿をした少年を見つける。
七、八歳くらいだろうか。黒髪に赤い瞳をした、まだ幼い少年が私の向かいに座り、本を読んでいた。
その子の名前は……、まさか。
「もしかして、アレクシス様?」
私はその名前を口にする。
彼は、やっと思い出したか、と言う風にため息をつき、頷いた。
アレクシス・マディア・ロイズ・アストレイド。
アストレイド帝国の第一皇子で、皇太子。
同い年だからお互いの話し相手にと父に彼を紹介され、八歳までは一緒に遊んでいた。
何で八歳まで何だったっけ?
……ああそうだ。彼が八歳から隣のナージリス国に留学したからだった。
呪いのことで頭がいっぱいで彼のことをすっかり忘れていた。
「お、お久しゅうございます。アレクシス様」
私は笑顔を作り、そう言う。
「ああ久しぶりだな。で、この赤い痣はどういうことだ」
一気に話を戻され、私はたじろいだ。
どうしよう。呪いのことは話したくない。
「ほ、本でうっかり挟んでしまいましたの」
私はとっさに嘘をつく。
「……ほう?」
彼の視線が鋭くなった。
「なら、なぜこんな薔薇のような形をしているんだ。挟んだだけで偶然こんな形にはならないだろ」
「そ、それは……」
もう言い訳が思いつかない。
私が思わず後ずさると、彼の私の手首を掴む力が強まる。
……ああもうだめだ。諦めよう。
「……わかりました。降参です。話します」
私はふぅ、と一息吐き、そう言った。
私の言葉に、彼の視線が緩まる。
私は彼の瞳をじっと見て口を開いた。
コメント
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セレスティア……頑張って打ち明けるんだ。アレクシスなら信じてくれるさ。
セレスティアもうちょっと粘れよ笑←作者