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「ヴァイス様! あなたは私と婚約しているではありませんか!」
ツカツカと私は二人へと歩み寄る。後ろからは応援のつもりかリュゼがついてきた。
「メアリーが聖女なのは認めます。ですが! まだ私と正式な婚約が結ばれている段階で、あまりに軽率ではございませんか!?」
「アイリス……」
すっとヴァイス王子が立った。その顔には激しい怒りが渦巻いている。その怒気にあてられ、私も刹那の間、怯んでしまった。
愛する男の怒りが、ここまで感情を揺さぶってくるとは。
「俺が何も知らないと思っているのか……?」
「な、何をですか?」
「お前が、メアリーに対して行った数々の仕打ち――」
お前呼びされた。これは相当お冠だ。
「断じて許しがたい! あまつさえ国の宝である聖女に対して暴力を振るうなど、あってはならないことだ」
「いったい何の話をしているのですか!?」
周りから見たら、王子の言葉は何のことか理解できないだろう。私はといえば、心当たりがあり過ぎて、言わずもがなではあるのだけれど。
「聞いたぞアイリス。お前は入学初日に、禁止された学校内での魔法を使い、彼女を攻撃したこと――」
はい、目撃者多数案件ですね。
「彼女を自分の下僕宣言して、従者のように引き回したこと――」
でもおかげで、あなたは彼女に早く会えたでしょう? 私の部屋で。……まあ、私が何もしなくても、彼はメアリーと会っていたのだけれど。
「聖女とわかってから、彼女に対して不当な発言をしたのは私も目にしている!」
わざと、あなたの前でやったのよ。
「あまつさえ、彼女の頭に袋を被せた上で暴力を振るったとも聞いた! 目撃者もいる」
それ、メアリーの服を着たリュゼなんだけどね。
「そのような振る舞いをする女を婚約者と認められるか! 世の中が己の意のままに動くとは思うなっ!」
やだ、王子様、愛する人のために格好いい――と、ゲームなら思うのだけれど、リアルでやると少し落ち着いてと、彼女さんが引いてしまうパターンも多々あるのよね。
「アイリス、お前との婚約など破棄だ! 聖女に手を出して、無事に済むとは思うなよ?この件は必ず追求して、お前に罪を償わせてやる!」
王子は怒りのまま、私を指さした。
周囲のざわめきは止まらない。
――いくら何でも聖女に手をあげたらダメだろう……。
――乗馬鞭を使っていたとか……。
――そういえば、平民に対して差別していたような……。
――ふん、ああなったら、侯爵家の娘といっても終わりだろう……。
味方はいない雰囲気だ。……頼むからレヒトやリュゼが口を挟んだりしないで。
ここでの敵は私ひとりでいいの!
「ふふ……ふふふ」
ここらでトドメといこう。
「何がおかしい、アイリス!」
「婚約破棄ですって!? 笑わせるわ! あなたにそんな権限があるの? あなたのお父上が決めたことでしょう?」
狂気の演技!
「ふざけんな! 私があなたの婚約者としてどれだけ猫被っていたかわかってるの!? わかってないでしょう!」
キレ芸、爆発。日々のストレスを怒りに変える。
人間は感情の生き物だ。ここで同情を誘うようなことを言ってはならない。同情の余地もなく、皆から嫌われる方法。それは理不尽に怒りをぶちまけることだ。
怒りは正しいことを言っていたとしても、その正当性を半減以下にさせてしまう。まして怒り、当たり散らすとなると、周囲の同情は得られない。
だから、ここは派手に怒りを露わにする。怒鳴る!
「私というものがありながら、聖女なんかにウツツを抜かして! すべて、台無し! あぁ! どうしてくれるのよ! ……そうだ、聖女だ。あいつさえ現れなければ……!」
「!?」
キッとメアリーを睨む。ゲームでのリュゼのそれを連想してくれれば、彼女にもこれが演技だってわかるでしょう。
「あなたさえ……!」
私の視線をヴァイスが遮った。まるで姫を守る騎士のように。
「アイリス! これ以上、見苦しい真似をするな! もし彼女に危害を加えるなら、俺はお前を成敗しなくてはならない!」
本気の眼光。わかってはいるけれど、気圧されるものがある。ドクリと心臓が跳ねる。ここは芝居の必要もないわね。
「くっ……」
私は踵を返す。一瞬見えた周囲の者たち。呆気にとられている者が大半の中、わずかに面白がっているような顔をしている者も見えた。
ふん、いい見世物だったでしょう。
私はヒールの音を響かせながら、ホールを後にする。
「お姉様……!」
リュゼがついてきた。彼女だけは、どこまでも私の味方でいるつもりなのね。薬の効果とはいえ、今は慕ってくれる子がいるだけマシな気分ね。
演技でも、本気の怒り、殺気を浴びて心が削れた。ノーダメージとはさすがにいかない。感情のぶつかり合いは消耗するわ、本当に。
断罪イベントは終了。ゲームでは聖女暗殺未遂の容疑者としてリュゼが逮捕されるのだが、ここでは足がつくことはしていないので、そういうことも起きない。
とはいえ、後で国王陛下を巻き込んで、悪役令嬢追放エンドへの断罪イベントパート2がある。
陛下にはすでに手を回しているから、私が追放されてこの件はおしまいだ。残りわずかなオルトリング王国での生活……満喫する余裕はないでしょうね。
ごめんね、アッシュ。
私、追放だから、もうあなたと会えないわ。
なんて、たぶん、その残りわずかな間に、彼は訪ねてくれるんじゃないかしら。聖女に対しての仕打ちどうこうを確かめに……いや、どうかな。私がメアリーとヴァイスをくっつけようとしているのを知っていたから、これもお芝居と理解してくれるかも。
でも、結局は私と彼の恋は終わりなのよね。繰り返すけど、私は国外追放だから。
「お姉様」
神妙な調子でリュゼが言った。
「この仕打ちはあんまりです。元々は、ヴァイス王子がメアリーにかまけたのが原因なのに……!」
私が二人の仲を進展させようとしていたことを知らないリュゼはそんなことを言った。私としては計画通りなのだけれど。
「私だって、他の男にかまけていたわ」
怒りは吐き出したので落ち着いた声が出る。でも、目の奥が熱いのは何故かしらね。
「……やり直しませんか?」
ボソリ、とリュゼは低い声を出した。……やり直す?
「時間を、巻き戻しましょう」
本気の目とぶつかった。リュゼが『赤毛の聖女』での悪役令嬢そのものの顔になった。
それは、ひょっとして『ループ』のこと?