「はあ…おまえなぁ」
トラビスが呆れたように息を吐き出す音がする。
ネロは無言だ。また何を考えてるかわからない顔をしているのだろうと振り向くと、険しい表情で俺を見ていた。
我が国に対してひどいことをしたおまえに、そのような目で見られるのは不快だ。俺は言えと言われたから言ったまで。嫌なら聞かねばいいのに。
「戻る」とだけ言って二人の横を通り過ぎようとする。しかしトラビスに腕を引かれた。
「ちょっと待て!ようやくリアム王子がフィル様のことを思い出したのに、なぜそんなことをするんだっ」
「おまえは、あの王子がやったことを許せるのか?フィル様の腕を斬り落としたんだぞ。俺はもう二度とフィル様を王子と会わせたくない。だがフィル様に王子への想いがある限り、いつか必ず会いに行かれる。ならばいっそのこと、嫌いにさせればいい。もし会ったとしても、憎い相手だと思えば躊躇なく斬ることができるだろう」
「しかしっ…それではフィル様のお気持ちはどうなる!」
「フィル様にとっても、あの王子への想いは忘れた方が幸せだ。覚えていても辛いだけだからな」
俺はトラビスの手を振り払うと、さっさと扉を開けて外に出た。
後ろで尚も何か言っていたが、扉を閉めて声を遮断する。
心の中で、おまえはネロの世話をしていろとトラビスに悪態をついて、足早にフィル様の部屋へと向かう。しかし途中で、厨房へと行き先を変えた。
フィル様は目覚めたのだ。栄養剤ではなく、きちんとした食事で体力を戻して頂かなければ。
フィル様の部屋へ戻ると、フィル様はベッドから降りて窓の外を眺めていた。扉が開いた音に振り向き、俺を見て「ラズール」と微笑む。
俺の胸が苦しくなって慌てて窓へと走り、フィル様の両手を握りしめる。
「起きて大丈夫なのですか?」
「うん…。僕は何日寝てたのかな?立つ時に足に力が入らなくて大変だったよ」
「フィル様は十日間、意識が戻らなかったのです。だから無理をしてはダメですよ」
「十日も?腕を斬られただけなのに?」
「大怪我だったではありませんか。それに雨に打たれて体も冷えてましたから、熱が出てしまったんです」
「そうか…僕は弱いね。もっと強くならなきゃ。ラズール、また鍛えてくれる?」
「もちろんです」
深く頷く俺に、フィル様がまた笑顔を見せる。
ずっと、こんな風に笑っていてほしい。俺の至宝。これからは俺が守ります。
フィル様が外を見て目を細める。
「ラズール、外に出たい」
「まだダメです。外は寒い。もう少し暖かくなりましたら、いくらでも出ていいですよ。ここの庭は、たくさんの花が咲きますから」
「わかったよ。へぇ…どんな花があるんだろ?楽しみだな」
「はい」
その時、扉の外から声がした。使用人が料理を運んで来たようだ。
俺はフィル様にそう告げて、フィル様の手を引き椅子に座らせた。
第五章
庭に設けられた東屋の机の上に、お茶とお菓子と軽食が並べられている。ラズールが使用人に命じて、僕が着く前に用意させたのだ。
ラズールに手を引かれて椅子に座る。僕の隣に立つラズールにも座るように言うと、頭を下げて僕の向かい側に座った。
「こうしてると懐かしいね。子供の頃、母上がいない時に二人でお茶を飲んだね」
「そうですね。楽しかったですよ」
「ふふ、僕も。必ず刺客に襲われて大変だったけど。でも…不思議なんだけど、王となった今の方が襲われなくて平和だ…。子供の頃は、誰に狙われてたんだろう?」
「……さあ。俺もわかりません。しかし狙われなくなったのは、いいことではありませんか。もちろん油断してはいけませんが」
僕は良い香りのお茶をひと口飲むと、ずっと優しい目で僕を見てくるラズールの後ろの花に目をとめた。カップを置いて席を立ち、ラズールに近づく。
「どうされました?」と驚くラズールの横を通り過ぎると、紫色の小さな花に手を伸ばした。
「これ…なんて名前の花だろう。キレイな色で、好きだな」
「…そうですか?俺は、隣の赤い花の方がキレイだと思います」
「ホントだ。これもキレイだね」
腰を曲げて花の匂いを嗅ごうと顔を近づけた。その瞬間、ズキンと頭が痛くなり、その場に座りこんでしまう。
「あっ…痛…」
「フィル様!」
ラズールが素早く僕の肩を抱きしめて「どうしました?」と聞く。
「ごめん…大丈夫だよ。少し…頭が痛くなっただけ…」
「部屋に戻りますか?」
「すぐに治るから…ここにいたい。ダメ?」
「…また痛くなったら、すぐに戻ると約束してくださいますか?」
「うん…する」
「わかりました。ではお茶の続きをしましょうか」
「ありがとう…」
ラズールか困ったように笑い、僕を軽々と抱き上げて椅子に座らせた。
頭痛はほんの一瞬で、もう大丈夫だ。頭を揺らすと少しだけ痛いけど、花を見てお茶を飲む余裕はある。
小鳥のさえずりを聞きながら、好きな焼き菓子を食べていると、庭を横切るネロとトラビスを見つけた。
僕が目覚めてから、トラビスとネロが一緒にいる所をよく見かける。ネロを見張る役目があるから一緒にいるのですとトラビスが話してたけど。
僕は手を上げて二人を呼んだ。
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