「トラビス!ネロ!」
僕の目線を追ってラズールが振り向き、トラビスとネロの姿を認めたとたんに不機嫌になる。ラズールが二人に向けて来るなという様に手で払いのける仕草をしたけど、トラビスは全く気にする様子もなく、ネロの腕を引いて近くに来た。
「フィル様、本日は体調がよさそうですね。顔色もいい」
「今日だけじゃなくて、もうずっと元気だよ。ラズールが過保護だからあまり外に出してもらえないけど」
「そうですねぇ。まあラズールの気持ちもわかります。そろそろ剣の稽古も始めたと聞きましたが、左手はどうですか?」
僕は左手を顔の前に持ち上げて、握ったり開いたりしてみせた。
「うん…軽いものは掴めるけど、剣のような重たいものは両手じゃないと持てないんだ。もっと練習しないとダメだね…」
「そうですか。急ぐ必要はありません。怪我をされてから三ヶ月しか経っていないのですから。声をかけてくだされば、俺が稽古につき合いますよ」
「ありが…」
「必要ない。俺がいる」
僕の言葉がラズールにさえぎられる。とても怖い顔で二人を睨んでいる。
ラズールは、机の上の焼き菓子を取ろうとしたネロの手を掴むと「無礼者が」と冷たく言い放った。
ネロが掴まれた手を振りほどきトラビスの後ろに隠れる。
「たくさんあるんだから少しくらいもらってもいいじゃないか。ケチっ」
「は?自由に城の中を動けるようにしてやったのに、もう一度牢に戻りたいらしいな」
「あんたホントにフィル以外には冷たいよね」
「フィル様と呼べ。無礼だ」
「だってフィルがいいって言ってるんだからいいじゃん。なぁフィル?」
「ふふっ、楽しそうだね。もちろんいいよ」
「フィル様!あなたは寛大すぎるっ。こいつが何をしたかお忘れですかっ」
ラズールが怒って席を立つ。そしてネロに近づくが、トラビスが間に入って止めた。
「まあまあ。ネロも反省して今は何かと協力してくれてるじゃないか。それにネロの出自を考えると、おまえの態度の方が失礼じゃないか?」
「ふんっ、真実かどうかまだわからぬ」
僕は言い合ってる三人を眺めて、ニコニコと笑っていた。
文句を言い合ってるけど、本当は仲がいいと思う。いざという時は助け合うような仲だと思う。
ネロの出自については、僕が目覚めてからすぐにラズールから聞いた。僕は本当だと信じている。それに値する証拠もある。ネロの出自を聞いて、ネロが我が国にしてきたことも仕方がないと、僕は許している。ネロも反省していると謝ってくれた。だからこの先は、友達のように仲良くしたいと思っているんだ。
僕は立ち上がってラズールの傍に行き「怖い顔をしないで」となだめて座らせる。
トラビスとネロにも空いてる椅子に座るように言って、四人でお茶を飲んだ。
ラズールは楽しくないみたいだったけど、僕は楽しかった。
用意されたお茶とお菓子が全て無くなった頃、風が出てきて僕が震えたために、ラズールに「戻りますよ」と言われて東屋を離れた。
城の入口でトラビスとネロと別れ城内を部屋に向かって歩いていると、くしゃみが出た。
すかさずラズールが、肩に軽くかけていたショールで僕をしっかりと包む。
「冷えたのではないですか?熱は…」
「大丈夫だよ。鼻がこそばゆかっただけだから」
額に触れたラズールの手が冷たくて、思わず肩を揺らす。
無表情なラズールの顔が険しくなり、僕の左手を握りしめた。
「なに?」
「少し熱いですよ。それに手がこんなに冷たい。早く部屋に戻って湯につかりましょう」
「今から?」
「今から。身体を温めてお休みになってください」
「もうっ、大丈夫だって!そんなに甘やかすから、いつまでたっても体力が戻らないんだと思う」
「申しわけありません。ですがフィル様のことが心配で」
ラズールが少し寂しそうな顔をする。僕が反発するようなことを言うと、いつもこんな顔をする。僕はラズールのこの顔に弱い。
僕の左手を握るラズールの手に右手を重ねて、ラズールの顔を見上げた。
「わかったよ。部屋で休むけど、書類に目を通すくらいはするよ。僕は王になってから、まだまともに役目を果たしてないからね」
「…ほどほどにですよ」
「やれるだけやる」
僕を心配してくれることは嬉しいけど、過保護すぎる。ラズールに気づかれないよう、小さく息を吐き出していると、後ろから来たレナードに呼び止められた。
僕とラズールは、足を止めて振り向く。
レナードは、僕の前で片膝をつき軽く頭を下げたが、繋がれた手に気づき苦笑いを浮かべた。
「フィル様、体調はいかがですか?」
「もう大丈夫。元気だよ。これはラズールが過保護だっていう証…」
「…フィル様も大変ですね」
「そうなの。慣れてるけどね。ところで何かあった?」
僕はレナードに立つように言う。
レナードはゆっくりと立ち上がると、真剣な目で僕を見つめた。
「先ほど国境を警備している者から連絡が来ました。三ヶ月前、フィル様が戻ってきた後すぐに、バイロン国が再び攻め込んでくると思ってましたが、動きがありませんでした。この三ヶ月の間も大人しかった。裏でなにか画策しているのではと疑ってましたが、探らせてもそのような様子はなかった。ですからもう、イヴァル帝国と戦をする気は無いのかと思ってたのですが」
「バイロン国が動いたのか?」
ラズールの厳しい声が廊下に響く。
僕の胸が激しく脈打つ。僕の左手を斬り落とした第二王子がいるバイロン国。憎むべきリアム王子。ぼんやりとしか顔を覚えていないけど、輝く金髪と紫の瞳の背の高い人だった…。
あれ?腕を斬り落とされた時は、ひどい雨だった。雨の中で、しかも薄れる意識の中でしか王子を見なかったのに、どうして輝く金髪だと思った?バイロン国に捕らわれてからの記憶も曖昧なのに。でもそうか。きっと、捕らわれてから太陽の光を浴びる第二王子を見たことがあるのだろう。僕の冷たい印象の銀髪と違って、とても明るい印象の金髪を持つリアム王子。来るなら来ればいい。僕が先頭に立って迎え撃ってやるから。
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