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「失礼します。」
「あっ、凌くん!来てくれてありがとうー!」
初めて病室に来てみたは良いものの、個室だとは思わなかった。
笑顔で俺を見ている潾は、ベッドの上半身部分を起こしてそこに座っていた。カーテンは開けてあって窓から差し込む光に照らされた潾は、儚く見える。
ていうかこの個室に置いている物が全て高級品。良いとこのボンボンなのだろうか。
「どうしたの?そんなにキョロキョロして。」
「あんま慣れなくて。こういう高級品に囲まれるのは…。」
「あー、お父さんが社長でさ。小さい会社なんだけどね?…居心地悪いならこれ全部どかそうか?」
「いやいや、大丈夫だから気にしないで。」
「そう?…あ、そこに座ってよ。色々話そう?」
潾はベッドの横にある椅子を指さした。
これまた高級そうな椅子だけど、言葉に甘えて座る。
「…それで、どんな鬱憤が溜まってるの?」
「え?」
「ほら、あの庭で散歩した時に言ったでしょ?僕には優しくしないし、日頃の鬱憤を全部ぶつけてやるーって。だから、どんな鬱憤を話してくれるのかなあって思ってたんだ。」
…まさか、真に受けてるなんて。確かにあの時はイラついててつい口走ってしまったけれど、そんなことを話そうとは微塵も考えていなかった。
「えーと、ごめん。あれは冗談だよ。」
「冗談?」
「そう、冗談。」
潾は一つため息をついて、胸を撫で下ろした。安堵の表情で苦笑いしながら言う。
「なーんだ、冗談かあ。実は僕、さっきまで平気なフリしてたけど、ちょっと怖かったんだあ。ほら、鬱憤を話してる途中にイライラし出して殴られるんじゃないかってさー。」
俺をどんな奴だと思ってるのか。
「はあ、そんなことしないよ。」
「んふ、まあ冗談なら良いんだよー。 じゃあさ、凌くんのこと教えてよっ。」
「ん?えーと、17歳で、高校三年生。バスケ部の部長で生徒会長もしてる。あと…」
「えっちょっと待って?部長と生徒会長してるの?」
「ん。そうだよ。」
「た、大変じゃない?」
「大変だけど、出来ないと駄目だから。」
「だめ?」
あ、やばい。言わなくていいこと口走ってしまった。
「いや、なんでもない。それよりも次は潾のこと聞きたいんだけど?」
「お!よくぞ聞いてくれました!」
潾の満更でもなさそうな顔からエッヘンという幻聴が聞こえてくる。
「僕は17歳で、身長165cm!好きなことはバスケ!以上です!」
…そんなに自信満々に言うような自己紹介じゃなかったと思うんだけど。
「あー!そんなにジトッとした目で見ないでよー!」
あ、やば、顔に出てた。潾といると何故か感情が表に出てしまう。早く普通の表情に戻さないと。
「ふん!今から表情を元に戻したって手遅れですうー。」
潾はさっきまでの楽しそうな笑顔から一変して、悲しそうな顔をした。下を俯いて、自分に呆れているような。
「…潾?どうしたの?」
「…、僕にはなんにもないし、何にも誇れないし、自信満々に言えるようなことなんてない。今まで体が悪くて、学校に行けたこともほとんどない。
自己紹介に憧れてたんだ。 ほら、学校って自己紹介するんでしょ?それしてみたくて。今、初めてした。友達に対してする自己紹介。だから、張り切っちゃった。ごめん。ウザかったよね。」
今にも罪悪感で押し潰されそうな潾が見ていられなくて、思わず手を握った。潾の両手を俺の両手で強く包むように。
潾の手は病気のせいですごく細くて繊細で小さい。そっか。潾の病気はこんなに手が細くなってしまうくらいに健康を奪う。そして、学校生活、いや、人生までも残酷に奪ってるんだ。
「し、凌くん…?」
「潾、ウザいなんて思わなかったよ。正直、自信満々すぎでしょって思っちゃったけど、でも今までそれを出来てこなかったからだったんだね。
俺、協力するよ。最高の友達になる。これまでの人生を全て取り返してあげる。これからの半年を、楽しいものにするって約束する。」
俺も大概つまらない人生を送ってきたけど、潾の方が多分、つまらない人生だったんだろうな。そんな人生のまま、終わるのは辛いんだよね。だからあの庭で、しつこいくらいに俺を呼び止めて、友達になって欲しいって懇願したんだ。チャンスを掴み取るために。人生を面白くするチャンスを。
「…凌くん、手、離して。」
あ、しまった。手握ったままだった。
言われた通りに手を離すと、潾は急に俺にハグをしてきた。力は弱いけど、それでいて力強さを感じる熱烈なハグ。困惑しながら俺も手を回すべきかどうか迷っていると、グスグスと泣いて鼻を啜っている音がした。
「凌くん!凌くんありがとう!ありがとううううう…!僕、凌くんと友達になれて良かった…!凌くんを呼び止めてよかったぁぁぁあ…!!これからよろしくね…!凌くんんんん…!!」
う、うるさい…。
「…あー、はいはい。こちらこそよろしくね。潾。」
潾に手を回して背中を撫でながら言った。
このハグの状態は看護師さんが部屋に尋ねてくるまで続いた。潾が中々泣き止まなかったから。
家に帰って、服を脱ぐと肩のところに潾の涙のシミと思われるものが拳一個分出来ていた。
いや流石にこれは泣きすぎでしょ…。
___________
そして、一ヶ月が経った。
潾のところには、一週間に一回行くという約束だったはずが、一週間に二回、三回と増えていって、とうとう一週間に四回は行くようになってしまった。潾とは相当仲良くなって、最高の友達になれたと思った。思っていたのだけど。
「凌くん。」
「ん?」
「こんなこと言ったら変、だと思うんだけどさ。」
「うん?」
「好きに、なっちゃった…。凌くんのこと。」
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