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翌日
僕は教室で次の音楽の授業の準備をしていた。
予鈴が鳴ったので
教科書と専用のファイル、筆箱を両手に抱えて廊下に出ると
前方を、金魚のフンみたいな男女に囲まれながら歩く沼塚がいた。
他に目を向けても僕と同様に1人で淡々と歩く男生徒や、二人で仲良さげに歩く女生徒など。
2日目にしてもうグループが完成されている。
その群れに着いていくように階段を上がり、二階の1番奥にある音楽室に向かった。
鍵が掛けられているので、音楽担当の先生が来るまでは中に入れないため
生徒は壁に腰かけて先生が来るのを静かに待つ。
(なんでギリギリに来るかな、本当、生徒より早く来て開けてて欲しい…)
そんなことを考えていると、突然「ふざけんなよ!!」と、男の怒号が聞こえたのと同時に
本でも床に叩きつけるような鈍い音が廊下に響いた。
驚いて声のした方を見ると、クラスの中でも沼塚とは違う意味で存在感の強い飯田が
良くつるんでいる後藤の胸ぐらを掴んでいた。
友人同士の喧嘩、勃発というわけだ。
その男子生徒は、苦しそうに胸ぐらを掴んでいる飯田の手を振りほどこうとしているがびくともしない。
「調子乗ってんじゃねえぞ」
(…ここでやることかよ)
僕はその様子に思わずこめかみを押さえた。
周りの女子も「ちょっと誰か先生呼んできてよ」と慌てている。
その場の誰も飯田を止めようとはしない。
いや、止められないのだ。
唯一、沼塚が「飯田、後藤も落ち着けって」と喧嘩を止めようとするが
「あ?うるせえんだよ」と一喝し、萎えたとでもいうような表情で唇を噛んで後藤の胸ぐらから手を離して突き放し
今度は怒りを発散するように壁をドカッと蹴る。
そんな飯田に誰も手も足も出ずにいたそんなとき
誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえて振り返った。
すると、そこには騒ぎを聞き付けた音楽担当の|川浪先生《担任》がいて
先生は飯田と後藤に
「二人は後で職員室に来るように」と言ってから
音楽室の扉の鍵穴に鍵を仕込んで扉を開けると、
僕らに向けて「ほら、授業始めるから入りなさい」と言う。
それに飯田は舌打ちをして固まる生徒たちを差し置いて先に不機嫌そうに入っていく。
それに続くように僕らもまた音楽室に入った。
授業が終わり、教室に戻る。
流れるように5分休みになり
飯田と後藤は教室からいなくなっていたが
女子も男子も先程の飯田をおかずに陰口を叩いていた。
『さっきのは引いたわ』
『沼塚くん止めようとしたのスゴすぎる』
『にしても飯田って怒らせたらああなるんだ、暴君じゃん』
『後藤くんかわいそー』
『あんな気弱な性格じゃ狙われても仕方ないっしょ』
全て、傍観者の声だった。
もちろん、僕だってその一人に過ぎない。
(やるなら他でやれ、なんて思ってしまった自分はきっとこの人たちより最低かもしれないけど)
僕は、そんなクラスの雰囲気に居心地の悪さを感じつつも次の授業の用意をした。
予鈴が鳴り、席に着くと同時に担当の先生と、その後ろから後藤が入ってきて、自席に座る。
「あれ、飯田は?」と他の生徒が聞くと
後藤は「不貞腐れて早退したよ」とだけ答えた。
後藤の顔色は朝見た時より悪くなって見えた。
その後学年集会が頻繁と言っていいほどに開かれた。
そんな高校生活から1週間経過したある日───…
昼休み
今日は1日20個限定のメロンパンが売られる日だったので
それを買いに購買に行くと
すでに行列ができていて僕は、長財布を握りしめてそこに並んで待っていた。
前の人がメロンパンを買っていく姿を凝視しながら
(どうか買えますように…)と願いながら僕も続いて前へ進む。
そして自分の番がやってきて
「はい、残りの一個ね」と言われ心の中でガッツポーズを取った。
そうして無事にメロンパンを買えたので教室へ戻ろうとすると
ドンッと誰かとぶつかってしまった。
「…っ、すみませ」
謝りつつ、ぶつかってしまった相手の顔を見上げると、
そこにいたのは虫の居所が悪そうな飯田だった。
「チッ、なにぶつかってきてんだよ」
そう言い残して飯田は去って行った。
僕はなんだか理不尽さを感じつつも教室に戻った。
そうして自分の席に戻って
メロンパンの封を開けると、発酵バターの香りが鼻をぬけていく。
並んで買ってまで食べたい理由がわかる。
……なんて思いながらメロンパンに齧り付こうとしたそのとき
突然、僕の机の前に影が落ちる。
顔を上げるとそこにはさっきぶりの飯田が立っていたのだ。
さっきより、機嫌の良さそうな顔で。
「お前そのメロンパン寄越せよ」
「……え?」
「さっき俺にぶつかったろ、そのメロンパン渡せば許してやるからよ」
「え、いや……これ僕のだし……」
「あ?」と威圧的に言われ僕は思わずたじろいだ。
同時に、周りの視線が僕と飯田に釘付けになる。
生憎、沼塚は今いないし、いても、助けてとは言えない。
声を上げたところで誰もがそれを知らないフリして見て見ぬふりをするだけだろう。
そんな場面、漫画でもリアルでも目の当たりにしてきた。
みんなこんな面倒事、口を挟まないのが正解だと思っているからだ。
僕だって同じ光景を見ていたらそうしたろう。
しかし、こういう威勢だけでクラスを仕切るような奴は大抵、一度従うと次も同じ手を使ってくることが多い。
口元には薄らとした笑み、見下すような視線
こいつが腕組みや足を組むなど、偉そうな態度をとり、なにかと上から目線な言葉を使う理由なんて明白だ。
自分の才能や能力に自信を持っているからこそできることで
自分が上の人間だと分かっているからこそわざと挑発的な態度をとったり
相手を貶めるような発言をしたりすることで
自分の優位性を示そうとする。
(僕がいちばん嫌いな生き物だ)
もしここでメロンパンを素直に献上してしまえば
それは奴隷コースへの入口と言っても過言ではなかった。
だから僕は何も言わず沈黙して、拒否の意を表した。
と言えば格好はつくが、ただ怖くて何も言えないのを隠すためだ。
「…めんどくさ」
しかし、飯田は僕が従順でないとわかるとそう言って舌打ちし、教室を出ていった。
そして僕は
『奥村くん大丈夫ー?』なんて安全地帯から聞いてくる女子に「大丈夫」という常套句を言って
気を取り直してメロンパンを食べ始めた。
すると、丁度教室に戻ってきた沼塚、新谷、久保の3人に擦り寄るように二軍女子が告げ口をする。
『さっき奥村くん飯田に絡まれててやばかったんだよ~』
『奥村くん可哀想ー』
それを聞いて新谷が「またあいつかよ!」と言って
それに続くように
「でも、みんな見てたんでしょ?」
と久保が釘を刺すようにクラス全体に聞く。
『いや、だって私関係ないし』
『奥村は自分で拒否できたしな』
『そうそう』
と気まずい雰囲気になる。
それがなんだか嫌で、教室から出ていきたくなったとき
「もうすぐ昼終わるしやめない?こういう雰囲気」と言って空気を変えてくれた。
沼塚は自席に座ると、くるりと僕の方を向いて
「奥村、大丈夫?」と聞いてくる。
僕はそれに「う、うん、平気」と答えてから次の授業の準備をし始めた。
それからは何事もなく時間は過ぎていったが
翌日から飯田はなにかと僕を弄ってくるようになった。
最近は、1ヶ月後に控えている体育祭に向けての練習が体育の実技の時間にだ。
体操着に着替えて体育館に移動して
先生が来ると出席を済ませ
ラジカセから流れる聴き慣れた音楽に合わせてラジオ体操をした後に、簡単なストレッチをする。
そして体育祭の競技の一つである
大縄の練習をA組B組C組のクラス順にするわけで、人数的に前半と後半に8人ずつ別れてやるのだが
僕は前半で、縄の間から足を跨ぐって、みんなと息を合わせて縄を飛び越える。
そうして30分程続けて
タイマーが鳴ると後半の人達に交代するわけで
僕は壁際に背中を預けて水分補給をする為に床に座って、息を整えていた。
沼塚も前半で休憩に入ったのか体育館の壁に背中を預けて座り込んでいる。
そんな沼塚は僕の隣に座ると、言った。
「奥村、マスクめっちゃ濡れてない?」
「え、あ……ほんとだ」
(汚いって思われたかも、早く変えないと…)
「大丈夫?」
「……え、あ、一応替えはあるから、大丈夫」
そう言って、ズボンのポケットから予めポケットに入れていた未使用のマスクを一つ取り出した
「準備いいね」
「まあ、必需品だから…」
濡れたマスクを外して、小さく折りたたんでマスクの紐で結んで固めたものを袋に入れてそれをポケットに入れ直した。
「奥村、汗すごいよ?」
と言われて、沼塚が自分のポケットから取り出したハンカチで
口元を吹いたあとに、それを反対に折りたたみ
汗の垂れる首筋をサッと拭いてくる。
「よ、汚れちゃう…ハンカチ」
「でもこうしたら奥村なら洗って返してくれて、次の会話に繋がるじゃん?」
「…そ、そんなことしてくれなくても話すよ」
「え、まじで?」
「現にもう話してるじゃん」
「ははっ、確かに」
そう言う沼塚と目線を合わせたとき
数秒沈黙が流れた後に、沼塚は相も変わらない笑顔で口を動かした。
「やっぱり奥村の顔って綺麗だね」
その言葉ににハッとする
(やば、普通にマスク外しちゃったけど
今、顔…赤くなってない……?)
そんな僕の様子を見た沼塚は不思議そうな顔をして首を傾げてきて
「奥村?顔、真っ赤だけど…大丈夫?熱?」
僕は慌てて顔を逸らす。
「え、本当に大丈夫…?!」
そう言って顔を覗き込もうとして来るので必死に顔を背ける
「へ、変なとこ見せた…な、なんでもないから今こっち見ないで」
(危なっ……顔に出てたかも)
咳払いをして誤魔化すように新しいマスクを付けると沼塚は
「ねえ、さっきもしかして照れたの?」
と聞いてくる。
俯いて「ち、違う……ごめん」と反射的に謝ると
「え、なんでごめん?」と困惑した様子で返してくる。
「引いて、ない?」
「引くって、なんで?」
「…昔から緊張するといつもこうなって、赤くならないようにしないとって思うと、さっきみたいに真っ赤になっ、ちゃって…き、気持ち悪いでしょ」
「え、全然?寧ろ奥村の新しい一面見れて嬉しいかも」
「……へ……?」
予想外な言葉に間抜けな声が出る。
恐る恐る沼塚を見上げると
不思議そうな顔をされる。
「こ、こんなに変な奴なのに…気使わないでいいって」
僕が言い淀むと
沼塚は僕の震える手に自分の手を添えて「奥村」と呼んできて
「俺は別に奥村のその赤くなる顔とか可愛いと思うけどな」
その言葉に顔を上げて反論する
「か、可愛いって…へ、変ってことでしょ…?」
「そういうんじゃなくて、ギャップ萌え的な?」
「ばかにしてるとかじゃ……ない、?」
「違う違う、コロコロ表情変わるの、面白いな~って」
「や、やっぱりバカにしてるでしょ…!」
「ええ、してないって」
そう言って笑う沼塚の言葉にぷいっと視線を逸らすと
「でも俺、もっと奥村のこと暴きたくなっちゃった」
その沼塚の言葉に「は?」と振り向けば
「卒業までに見せてもらうから、奥村の素顔」
なんて言われながら頭をポンポンっとされて
思わず顔に熱が集中するのでまた目線を逸らした。
「も、もう絶対沼塚の前でマスク外さない……!」
そんなときだった
「お前さ、体育でまでマスクしてんの?見てて熱くなんだけど」
僕と沼塚の前に仁王立ちしながらそう言ってきたのは飯田だった。
その表情は、自信と優越感に満ち溢れている。
僕が飯田の発言に黙りこくっていれば
飯田は大袈裟な溜息を吐いてから、僕の目の前にしゃがみ込むと目線を合わせてきた。
それにキョドって少し距離を取れば、ぷっと笑われて
僕がそれにムスッとしたところで
「飯田ー、奥村と仲良くなりたいなら素直にそう言った方がいーよ?」
沼塚が飯田をからかうようにそう言った。
「は?きめぇこと言うんじゃねーよ」
「うわー、ひっど」
笑いながらそう言う沼塚は本当にコミュ力が高い、と思った。
場をまとめて落ち着かせる力がある…
(やっぱ沼塚……良い陽キャの例すぎるな)
そんなことを思って沼塚に感心していると
丁度1時間目終了のチャイムがなった。
そのまた翌日のLHRにて───
黒板の右端には白いチョークで体育祭と書かれており
「玉入れや大縄跳びとか、みんな強制参加のものは省くとして、今日は体育祭の出場競技を決めてもらいます!」
河南先生がそう説明する後ろで
書記の中村さんが長い黒髪を靡かせながらひたすらに競技名を書いている最中だった。
そうして挙げられた競技は
〖 一日目 〗
借り人競争、PK(男子・女子)
バスケットボール(男子)、大縄跳び
〖 二日目 〗
綱引き、二人三脚、障害物競走
玉入れ、選抜リレー
だった。
説明を終えるとクラス中がガヤガヤとし始めた。
同時に、横を向いて新谷と久保と話していた沼塚が顔だけでこっちを向いて聞いてきた。
「奥村、もう何やるか決めた?」
「いや、まだ…沼塚は……?」
僕がそう聞くと、沼塚が言葉を発するよりも先に、横から新谷が「こいつは絶対バスケだろ」と指を指したかと思えば
それに反論するように久保が「いやいや沼は絶対リレー出るべきだよ」と言う。
その横で沼塚は「お前らが決めんなし、てか大体バスケなら樹でもいいじゃん」
そんな二人の会話に
「……2人ともバスケ、やってたの?」
なんて聞いてみると、2人同時に「「そうそう」」と答えが帰ってきた。
「ていうか僕ら3人全員同じ中学だからさ」
久保が言うと、新谷は「あぁ」と首を縦に振り
「そいえば言ってなかったっけ?」とケロッとした顔で言ってくる沼塚。
「うん、初耳」
沼塚に関してはバスケをしていたことすら知らなかったが。
すると新谷が僕に自慢げに説明してくれた。
「こいつ、中学のころバスケ部のエースだったんだぜ?」
新谷がそう言うと、沼塚は「あんまり持ち上げんなって」と否定するが、謙遜してるように見えた。
「ジャンプ力もあるしリレーだって毎回アンカー勤めてたじゃん」
久保はそんなことを言う。
「沼塚、身長高いし納得かも」
僕が独り言を零せば
「だろ?俺も久々にバスケしてぇし、沼塚も出ろよ」
「仕方ないなぁ」
新谷と沼塚がそう言うと、久保はニヤッと笑ってから言った
「そしたら僕は二人三脚にしよっかな~面白そう!」
それを聞いた瞬間、沼塚と新谷の2人は声を揃えて言った。
「絶対やめとけ、お前マイペースすぎんだから」
なんて。
「えーじゃあ借り人競走とか?そだ、まーくんも借り人競走出ようよ!」
久保は僕に向かって満面の笑みでそう言ってきて、一瞬「いいかも」なんて答えそうになった口を閉じた。
「いや、借り人競走とか絶対無理だと思う…」
自信の無さから、そう小さく呟けば
案の定、なんで?と聞かれて
「だってそれって誰かに声掛けて借りたり、人だったら連れていかなきゃでしょ…?僕大きい声とか出せないし絶対無理……!」
そう答えると
沼塚が「俺なら奥村の声、どんなに離れててもキャッチできる自信あるけどなー?」と顔を近づけて言ってくるので
その顔を手で押して「こわ」と軽くあしらった。
「ていうか、僕は…この中だったら二人三脚が妥当かも…ペアとペース合わせればいいだけだし」
そう言えば、新谷は「体育祭って2日間あんだろ?丁度バスケと二人三脚一日目と2日目で別れてるし、俺も二人三脚入るわ」
と言ってくれた。
「じゃ、じゃあ樹くんとペア?」
「おう、絶対勝ってやろーぜ」
「う、うん……!」
新谷と引っ付きそうな勢いでそんなことを話すと、それを沼塚が割って入るように
「2人でイチャつかないでもらえる?俺だって奥村と組みたいんだけどー?」
と言ってきて、沼塚に正論で拒否る。
「いや、身長的に絶対樹くんの方が僕走りやすいし、沼塚デカすぎだから」
「ははっ、沼ちゃん振られてやんの~!」
僕の言葉に久保が腹を抱えながら沼塚を笑うと連鎖するように「だっせぇ」と語尾にwを付けて笑う新谷。
それに言い返す沼塚。
「そこ、笑うな!」
そんな3人を見て、自然と笑みが零れてしまった。
(なんか……本当の友達っぽいな、こういうの、見てるだけでも楽しいや)
「はは…っ」
「あ!まーくんも笑ったー」
僕が笑うのを見た久保がふざけてそう言ってきて
沼塚が言う
「ちょ、奥村まで笑う?!」
「いや、3人とも本当に仲良いんだなって思って…つい、ふふっ…」
そんな会話を繰り広げていると、河南先生が手を叩いてクラス全体に言った。
「はいはい!じゃあみんなもう決まったかしら?今から競技の名前出すからもう決まってる人から手挙げて行ってちょうだい」と。
それに伴ってみんな各々がやりたい競技に手を挙げて、中村さんが名前を黒板に当てはめていく。
僕は二人三脚のみで
新谷は二人三脚とバスケ
久保は借り物競走
沼塚はバスケとリレーの掛け持ち。
そして全生徒の名前を当てはめたあとに、補欠も決めておこうということで
新谷と久保はPKの補欠
沼塚は借り人競走の補欠
最終的に僕も大縄跳びの補欠に入ることとなった。
全体のチームを振り分け終わると
河南先生は「それじゃあこれで今日のHR終わりね!」と締めくくり
そのまま教室を出て行った。
教室はあっという間にガヤガヤとし始めて
「やっと終わった」だとか
「一緒に帰ろーぜ」なんていう会話で盛り上がっていた。
それに耳を傾けていると、鞄を持った新谷が僕の席に手を着いて言う
「今日4人で帰んね??」
それを聞いていた久保と沼塚も、横に来て続けて言う。
「いいねそれ~てかてか!俺ミスド寄りたい」
「奥村も行くでしょ?」
沼塚に聞かれ、断る理由も無かったので「うん」と頷く。
「んじゃ決まりな、行こうぜ」
新谷がそう言ったとき、横から「朔!」という女の子の声がした。
沼塚はその声の主に向かって「ん?」と返すと
その女の子は緊張した様子で言った
「よ、よかったら今日一緒に帰れないかなって……!」
それを見ていた久保と新谷が同時に声を発した。
「うわ沼ちゃんデートですか~?」
「いつもの光景だな」
そんな2人の言葉に沼塚は
「…あーごめん茜、今日奥村たちと帰ろうって話してて…」
と女の子の方を向いて言う。
それ聞いて明らかに落ち込む女の子
それを見た新谷が沼塚の肩をペしっと叩いて言う。
「バカ、行ってこいや」
それに久保もコクコクと頷く。
「え…でも、奥村」
と僕の方を見ながら口篭る沼塚に
(もしかしてマスクのこと…沼塚抜きで樹くんたちと僕が話せるのか心配してくれてる……?)
そう思って
「心配してくれてるなら大丈夫だよ、また今度4人で行けばいいんだし」と言うと
沼塚は渋々納得したように「そっか、ありがと」と言って
女の子の方を向いて「じゃあ、帰るか」と言うと女の子も嬉しそうに「うん!」と答えた。
そうして2人が教室を出て行ったあと
僕は呟くように新谷たちに聞く
「……あの子って?」
すると久保が言う。
「冴島茜、沼ちゃんの幼馴染で、沼ちゃんのこと小学生の頃から片思い中」
「まあ当の本人は全然気付かねぇけどな」
2人のやり取りを聞きながら言葉を漏らす。
「すご…沼塚ってやっぱモテるんだ」
「そりゃーね。絵に書いたような沼男だし」
「沼男…?」
「あぁ、あいつの中学時代のあだ名。」
「苗字に沼って入ってるから…?」
「違う違う」
聞くと、新谷に続くように久保が得意げに説明してくれた。
「沼ちゃんねぇ、入学と同時にバスケ部入ったんだけど顔立ちとかルックスの良さから女子から爆モテしちゃったの」
「男子と馬鹿みたいに騒ぐのに女の子の前だとスマートでさぁ、バレンタインとか出待ちする子とかいたぐらいだよ?それで付いたあだ名が、沼男ってワケ」
「そ、そんなに……?」
「まあ立ち話もなんだし、続きは店で話そうぜ。」
「う、うん」
そんな新谷の言葉に頷いて教室を出て下駄箱へ向かう。
その途中、久保が僕の耳元で囁くように聞いてきた。
「ねぇねぇ、まーくんは沼ちゃんのことどう思った?」
「……どうって……すごいなって……」
「えー?それだけ??」
「う、うん……」
そんなことを話しているといつの間にか靴箱に着いたので
靴を履き替えて三人で学校を後にした。
───……ミスドにて
「まあアイツは妹の影響で結構少女漫画系とか見るの好きだかんな、それで女子に好かれやすいんじゃねぇか?」
「でも沼ちゃんってああ見えて超一途でさ、中学の頃に1回だけ彼女がいたことあったんだよ」
「今はもう、別れたんだ…?」
「そそ。なんでも…付き合って3ヶ月ぐらいで急にその彼女ちゃんに〝イメージと違った〟って振られたらしいよ」
「えっ、そんな理由で…?それまでラブラブだったんだよね、急展開すぎない……?」
「んーまぁね。」
「あれは女の方が悪いだろ」
僕と久保がそんな話をしている横で
一人黙々とドーナツを口に運んでいた新谷が急に口を開いて、続けた。
「面食いでアイツに告ったからか、ワガママ聞いてくれなくなった途端に離れたんだぞ」
「まあ沼ちゃんが優しい男すぎたってのもあるんじゃない?」
「だからアイツ、それ以来、恋愛する気失せちまったらしくてな。行為寄せられてても気付かない振りしてんじゃねぇかな」
……「自分が傷つかないために…?」
新谷の言葉に、ついそう聞き返してしまった。
そんな僕の反応を見て、新谷が言う
「だと思うぜ」
新谷がそう言ったあとに、久保ががっつくように距離を縮めて聞いてきた。
「てか~、まーくんって前まで散々沼ちゃんのこと拒否ってたじゃん?」
「そ、それは……」
「でも今は気許してそうな感じ?今までそっぽ向いてた猫が懐いたみたいな」
「あーそれは俺も気になってたわ、なんか馬でも合ったとかか?」
久保にそう聞かれて、少し口篭ってから答えた。
「……沼塚って、思ってたより話しやすいし、この前、一緒に映画見に行ってから、友達になった…っていうか」
「えーなにそれ!いつの間に?!」
「……一昨日ぐらい?で、でも沼塚ってばそれ以降、急に落ち着いた感じ…?かと思えばさっきみたいに調子のいいこと言って、あれこそ気まぐれな猫みたいだけど…」
そう言うと
新谷が「それが気まぐれ沼男ってことだ」と言った。
すると久保がまたも僕に顔を近付けて言った。
「そういえば話変わるけどまーくんと連絡先とか交換してないよね?今やらない?」
「え、いいの…?したい」
「当たり前じゃ~ん、あっでもインスタいけそ?」
「うん、沼塚ともインスタだし大丈夫」
それに続いて新谷が言う。
「俺とも交換しよーぜ」
「うん……!」
そう言ってスマホをポケットから取り出してInstagramを開き、連絡先を交換した。
帰宅後
お風呂から上がって部屋着に着替えるとベッドに腰をかけて一息つく。
すると、ふと今日あった出来事を思い出していた。
(あの2人って本当に沼塚のことよく見てきた友達なんだな……)
そんなことを思っているうちにいつの間にか寝落ちしていたようで
スマホのアラームの音で目を覚ましたときには朝だった。
───……それから数日後。
6月上旬に入って、6月8日の体育祭本番に向けて練習は本格的になっていった。
そんな中での昼休み。
新谷、沼塚が体育祭に向けてバスケの練習を昼休みをフル活用して体育館でするということで、
颯爽と体育館に向かっていったわけで
久保に「ちょっと見に行ってみない?」と聞かれ
興味本位に頷いた僕は二人の後を追って体育館に向かった。
体育祭の扉をスライドさせて入れば、
すぐ近くのバスケコート付近で沼塚と新谷
その他男子5人ほどでバスケをしているのが見えた。
邪魔にならないよう壁際に寄って
そんな男子たちを眺めていると
気がつけば沼塚に目を奪われていた。
昼休みということもあり、上半身はブレザーとカーディガンを脱いで、ワイシャツ姿の沼塚は
ドリブル、パス、シュート。
その動きは、一つ一つが洗練されており
無駄がない。
ボールコントロールも抜群で、まるでボールが彼の体の一部であるかのように自由自在に操っていて
その一連の動きは見ていてとても爽快だった。
(沼塚が中学のころチームのエースだったと新谷は言ってたけど、鈍ってないのすご……)
ボールをつきつつ、コート上を駆け回るその姿に圧倒されてただじっと見ていると、
今度は新谷がパスをもらいシュートを決めた。
すると新谷と沼塚がハイタッチをする。
その一連の流れについ見蕩れていると
僕らと同様に沼塚たちを見に来ていた1年の女子数名が黄色い悲鳴を上げていた。
「きゃー!沼塚くんー!めっちゃカッコよかったよ~!!」
するとそれに気づいた沼塚が
走って寄ってくるなり女の子に渡された白いタオルをいつもの爽やかなスマイルで受け取って
次々に女子に囲まれる。
かと思えば、僕の視線に気づいた沼塚がこちらに手を振って
こちらに駆け寄ってくるなり僕に話しかけてきた。
「奥村も見に来てくれたんだ?」
「久保が行こうって言うから……」
「…それで、どうだった?俺、かっこよかった?」
ふふっと緩やかな笑い声が聞こえそうな柔らかい声で、首を傾げてそう聞かれた。
「え?ま、まぁ…かっこよかったんじゃない、たぶん」
いや、実際はすごい胸が熱くなるぐらいかっこよかったと思う。
けど、なんかそれをストレートに伝えるのは恥ずかしくて。
「えぇ、なにその曖昧な反応~」
「ちょっ、ベタベタで近づかないで…」
「うわ傷つく」
「にやにやしながら言うこと……?」
そんなやり取りをしていると
沼塚の横にいた新谷が
「騒いでねぇでとっとと教室戻るぞ」
と言うので、ふとステージの中央にかけられている時計を見ると、昼休み終了まであと5分もなかった。
「やば!」
新谷の言葉にハッとし、皆で急いで教室に戻った。
───……その日の放課後
委員会で雑務があって久保は不在、新谷は迎えに来た彼女と颯爽と帰ってしまい
沼塚はというと、女の子に呼ばれてるからちょっと待ってて、すぐ終わらすから!
と言って僕の返事も聞かず
廊下へと飛び出して行ってしまったので
仕方なく沼塚を教室で待つことにした。
そのとき、突如スマホに着信が入って、その音にビクッとする。
(……電話、誰だろ…いや、誰でもあんま電話ってしたくないんだけども…)
そんなことを思いながら液晶画面を確認すると、それは新谷からだった。
迷いながらも応答した。
すると、すぐに新谷の声が聞こえてきた。
〈あ、奥村か?〉
〈う、うん。急に、どうしたの…?〉
そう聞くと新谷は続けて言った。
〈いや、俺ら二人三脚一緒にやんだろ?だから明日の昼休みにちょっとシュミレーションでもしねぇかなと思ってさ。大丈夫そうか?〉
(あ、あぁ、体育祭のことか……)
それを聞き、ようやく理解した僕は答えた。
〈うん、大丈夫。〉
〈おう、なら良かった。じゃあ明日、昼休みなったら一緒に行こうぜ〉
〈う、うん……じゃあね〉
そう言って通話を切って
安堵したように胸に手を当てて、ふうっと息を吐くと
教室の扉がガラッと開いて
女の子に呼ばれていた沼塚が戻ってきた。
「ごめん奥村!待たせちゃって」
「いや、大丈夫……」
そう答えると、なにかもっとコミュニケーションした方がいいかな、と思って簡単に浮かんだ言葉を投げた。
「沼塚って、本当、主人公って感じだね」
すると沼塚が「え?」と聞き返してきた。
(あ、やば……なんか変なこと言ったかも……)
そんな僕の心配を他所に、沼塚は笑って答えた。
「奥村ってたまに面白いこと言うよね」
「いや、別に……」
「でも主人公っぽいか~、そんな風に見える?」
そう言って笑う沼塚を見て、僕は思った。
(……やっぱり僕とは違うな、沼塚は)
「なんか、いつも光ってる…?から」
「えっなにそれ、俺電灯かなにか?」
笑いながらそう聞いてくる沼塚に
「沼塚って、いつもみんなの中心にいるでしょ…?僕とは正反対だし、僕が突っ立っているだけの電信柱だとしたら沼塚は太陽みたいって言うか…すごいなぁって思って…」
と、傍から見れば訳の分からないことを口走ってしまう。
言ったあとに
やば、なんか気持ち悪いこと言っちゃったかも?と、咄嗟にマスクの上から口を塞ぐように手を添えて
沼塚の様子を伺うと
「奥村って豊かな表現するね……?」
なんて言ってきて。
「てか奥村が電信柱ってなに、おもしろ」
「え、あー…で、電信柱ってより、石ころ……?」
「それは卑下しすぎっ、大体みんなの中心だとか俺のこと大きく見すぎじゃない?」
吹き出して笑うから沼塚には見えない口を尖らして言い返す。
「だって僕みたいな冴えないやつにもちゃんと気遣ってくれてるし、人として、羨ましい」
「人として…ていうか、奥村は友達なんだから当たり前だって」
そう言って笑う沼塚に心臓が跳ねた。
(…やば、こんな間近で長いこと話したことないから、不覚にもイケメン力についびっくりしてしまった…っ)
でも、そうなんだよね
沼塚は僕と違って友達も多い。
それはきっと彼の人柄が成せる技で。
……でも、僕はそんな器用な人間じゃないから
だから沼塚と喋ってると
その普遍的な差に落胆してしまうときがある
(きっと、映画を見に行ったとき、ぼくのことを面白いと言ったのも、正反対の生き物だから、興味が湧いたとかなのかな)
そんな気色悪いネガティブ思考に侵食されているなんて、目の前で笑う沼塚は気付かないんだろうな。
そんなことを思っていると、沼塚が口を開いた。
「話変わるけどさ、奥村って彼女とかいないの?」
「え……?」
予想外の話題に驚く。
「彼女じゃなくても、今好きな子とかさ」
なんて聞いてくる沼塚に僕は言った。
「……いないし、いたこともないよ」
「中学のころとかは?気になる子もいなかったの?」
そう聞き返してくる沼塚に
「恋愛とか無縁だし」
と言って誤魔化した。
「えぇ、本当に?」
そう言って食い下がる沼塚に僕は聞いた。
「……そういう沼塚こそどうなの、その……恋愛とかって」
「えっ、俺?」
沼塚に続けて言う。
「樹くんたちから聞いた、中学のころの彼女のこと。」
「あー……それか……」
すると沼塚は頭を掻きながら少し気まずそうに言った。
「…まあ、俺は恋愛は暫くいいやって感じかな。男友達と遊んでる方が気楽だし」
苦笑いしながら答える沼塚に、僕は「そうなんだ」とだけ返した。
「……てか、話し込みすぎたね。もうすぐ下校時間なるし、そろそろ帰ろっか」
「あぁ、うん」
そう言って、2人で教室を出た。
───……帰り道
沼塚と別れてから、僕は1人考えていた。
(あんなイケメンでも、簡単に振られるんだから、恋愛って難しい……)