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翌日、昼休み───
「よし、ちゃんと縛ったな」
新谷は僕の右足と自分の左足をくっつけて
生徒会の人から借りてきたハチマキのような黒い紐を互いの足に括り付けた。
「……うん、ばっちり」
「じゃあせーので動いてみっか、結んでる足から交互にな」
「わかった」
そして、せーので足を動かすと
思ったよりもスムーズに進み。
もう一度最初から、さっきよりもスピードを上げて走り始めると
今度は上手くいかず、すぐに足が絡まって一人膝をついてしまう。
「……っ!」
(だ、だめだ…トロイやつだと思われる)
「スピードちょっと落としてみっか」
「…ご、ごめん」
「はっ、謝んなって。ほら、手貸してやるから」
そう言って差し出された手を掴んで上体を起こす。
そんな僕らの様子を見ていた沼塚が言った。
「2人ともちょっと休憩したら?」
「そーすっか」
新谷はそう言うと、紐を解いてくれて離れると
さっきまで沼塚の隣にいた見知らぬツインテールの女の子が新谷に向かって勢いよく抱きついた。
「お、お前急に飛びつくなよ」
「いいじゃんこんぐらい~」
イチャつき方から察するに、新谷の彼女だろうと思った。
「つーかお前、もう用事終わったのか?」
彼女の頭をポンポンと撫でる
「うん!ちょうど終わったから沼塚くんと見に来たんだけど、邪魔しちゃ悪いかなって思って声かけるの我慢してたんだからねー?」
そんな2人から距離をとるように、壁際に1人突っ立っている沼塚のところへ向かう。
「奥村、おつかれ。」
言いながら、沼塚は白いタオルを首に巻いてくれて、僕はそれを素直に受け取り首にかけると
予め濡らして絞ってきてくれたのかひんやりとしてとても気持ちがよかった。
「あ、ありがと……」
(…わざわざしてくれたんだ、沼塚ってすごい気が利くな…妹がいるから、なのかな?)
そんなことを思っていると、ふと、沼塚が言った。
「奥村、顔赤いよ」
「えっ、ほ、ほんと…?い、樹くんに気付かれてないといいんだけど」
「緊張すると赤くなる、だっけ?」
「そ、それは、うん。ちゃんとできるか不安なっちゃってさ…休憩終えたらまたやるし、樹くんの足引っ張ったらと思うと…」
そう言って不安げな顔をしてる僕を見てか、沼塚は言った。
「一緒に練習してるんだから、樹だってきっと同じだよ。」
「そう……かな……」
沼塚は僕の不安げな声に、強い意志を感じさせる声で返す。
「うん、だからそんな気張らないで、お互いでペース合わせつつ、速度調整していったら?…大丈夫、奥村ならできるよ」と。
「……うん、…やってみる、ありがと沼塚」
そんな沼塚の後押しもあって、もう少し頑張ろうと思えた。
僕は安堵して、ペットボトルに入った水を一口飲んだ。
───……それから少し経ってから新谷が戻ってきたので、また紐を括り付けて走ることになった。
新谷が率先して紐を結んでくれている間に
深呼吸をして沼塚の言葉を思い出し、心を落ち着かせた。
「よしっ、じゃあいくぞ」
「う、うん……!」
「「せーのっ!」」
そしてまた足を動かす
今度はさっきよりもスムーズに走れた。
行きもあっていて、出す足のタイミングも上手いこと合っていて
新谷が僕のペースに合わせてくれている気さえした。
(沼塚のアドバイスのおかげだ……)
「急によくなんじゃねぇか奥村、この調子で本番も行こーぜ」
「う、うん…や、やるからには勝とう」
「狙っちまうか!」
これなら上手くいけそうかもしれない。
そう思うと、自然と口角が上がって
目を細めた。
そんな僕に気が付いたのか、沼塚がこちらを見て目が合う。
よく分からない気持ちに戸惑っていたら、
沼塚と目が合ったまま数秒間固まってしまった。
すると、それに気付いたのか新谷が「おい奥村?どうした?」と言ってきたので
慌てて「なんでもない!」とだけ返した。
──それから数日が経った体育祭の前日の放課後
僕は日直の仕事で教室に1人居残っていた。
「ふう、やっと終わった…」
1人で黙々と日誌を書いていた僕はようやく仕事を終え、解放感から小さく伸びをする。
ふと窓の外を見るとすでに日は沈みかけていて、下校時刻も迫ってきている。
(そろそろ帰るか)
そう思い日誌を職員室にいる担任に提出しに行ってから
急にトイレに行きたくなってしまった僕は
そこから一番近い体育館前のトイレへと向かった。
そしてトイレに着き用を足し、手を洗って廊下に出ると
キュッキュッという摩擦音と、ボールでも床に叩きつけるような鈍い音が微かに聞こえてきた。
その音がする方に歩いて行くと、どうやらその音は体育館の中から聞こえている様だった。
(誰かまだ残ってる…?)
そう思い僕は体育館の扉をそっと開け、中を覗き込む。
するとそこには、1人黙々とバスケの練習をしている沼塚の姿があった。
この距離から傍観してもよく分かる整った顔立ち
絵に描いたようなくっきりとした輪郭から汗が落ちて、それを気にもせず振り切る。
その姿は夕日に照らされ美しくも儚い雰囲気を醸し出している。
(沼塚…一人で、こんなに遅くまで残ってやってたんだ)
そんな沼塚に僕は思わず目を奪われていた
そのとき
丁度、最終下校時間を知らせる校内放送が流れた。
同時に、沼塚はドリブルしていたボールを籠に戻し、体育館を出ようとする。
僕は慌てて、隠れるようにトイレへと引き返した。
そして、トイレの個室に入り扉にもたれかかりながら
さっき目に焼き付けた沼塚の姿を思い返す。
その脳裏には、ボールに縋り付くような佇まいでバスケをする姿と
練習中終始余裕な顔で新谷たちとバスケをする沼塚
その二つの姿が交互に浮かんでいた。
(……沼塚って表には出さないだけで努力家、なのかも)
少しして、外が静かになったので
再び廊下に出ると、体育館にも沼塚の姿はなく
帰ったのかなと胸をなで下ろした。
(って、なんで隠れてるんだ僕は…
別にやましい事をしてる訳でもないのに。)
むしろ沼塚がこの間してくれたみたいに水を差しいれるとか「おつかれ」の一言ぐらいかければいいのに
咄嗟に隠れてしまった。
……でも、なんか沼塚に声をかけるのは気がひける。
だって、沼塚は僕と違って人気者で
僕は友達になって日も浅いし、そんなすぐにフレンドリーになって水を差し入れたり「おつかれっ!」と言えるほどの人間では無い。
そんなことが簡単にできるならとっくにインキャなんて卒業できていることだろう。
そう悲観し、自分を納得させた僕はそのまま学校を後にした。
そして迎えた体育祭当日───
燦燦と輝く太陽の下
高校のグラウンドは熱気に満ち溢れていた。
各クラスのテントが立ち並び
色とりどりのクラスTシャツに身を包んだ生徒たちは今か今かと競技開始の瞬間を待ちわびている。
僕もそのひとりだ。
各クラスの観客席にて
自由席ということで
自動的に沼塚、新谷、久保、僕のイツメン4人で横並びに座る。
先生から配られたプログラムの用紙を膝の上に置いたりカバンに閉まったり
そうして暫く談笑をしていると、開会式が始まった。
体育祭の幕開けは
校長先生の熱い激励の言葉と、生徒会長の力強い選手宣誓で体育祭のボルテージを一気に高める。
いよいよ競技開始の合図が鳴り響く。
初めは借り人競争、PK、バスケットボール、大縄跳びと進行していく。
(最初は、久保が出るやつだ)
膝に置いていたプログラムの書かれた紙を見ながらそう思った矢先
《借り人競走にエントリーしている生徒は、スタート地点にお集まりください》
とアナウンスが入ると、久保が立ち上がる。
「いってら」
「借りてくる人、間違えないようにね?」
「なずくんがんば……!」
新谷に続くように沼塚と僕もそう言うと
久保は愛想良く手をパパッと振って
「んじゃ、行ってくるねぇ」
僕たちのいる観客席を離れスタート地点へと向かった。
それから暫くして、借り人競走が始まろうとしていた。
グラウンドの中央にはローテーブルの上に折りたたまれた小さなメモが何個も用意されていて
選手は1つお題を引いて、そのお題に当てはまる人を連れて一緒にゴールをするという至ってシンプルな競技だ。
「位置について」と言う声が響くと
みんな一斉にクラウチングスタートの姿勢をとる。
そして「よーいドン!!」の合図とともに
一斉に走り出し先頭走者から、次々にお題の紙を開いていく。
そして、1人、2人…と次々とお題に当てはまる人を探して捕まえて一緒にゴールに向かって走っていく。
《3年B組、2年B組、1年A組、着々とゴールしている模様です!》
そんなアナウンスが流れたとき
久保に目をやると、なぜかこっちを見て手を広げ、大きな声で言ってきた。
「まーくんでもいいや!おりてきて、一緒に来て!!」
「え、あっ、え、ぼ、僕…っ?!」
思わず立ち上がって久保の方に目線を向けると、大きく頷いている。
(は……?お題なに…?ピンポイントすぎない?僕のどこがお題に当てはまったっていうの……?!)
「早く!」
そんなことを考えていると、久保が手招きしながら急かしてくるので
僕は急いで階段を駆け下りて久保のところに行く
すると久保は躊躇することなく僕の手を取ってきて、一緒に半ば強引にゴールまで走らされた。
「はあっ、はあっ」
(いつも萌え袖してゆるゆるな男子って感じなのに…意外と速い…ってか速すぎる…っ)
「ごめんね~、走らしちゃって」
「だっ、大丈夫……だけど、えっと…それで、け、結局、なんだったの?お題って…」
「……いや、これ実はお題に当てはまる子いなくて適当に呼んだだけなんだよね、ほらこれ」
そう言って久保が僕にお題の書かれた髪を開いてみせてくれて
そこに書かれていた文字が脳内で処理される前よりも早く
《はい!ただ今、3年C組に続いて1年B組、2年C組もゴールイン!》
《続いて、集計に移らせて頂きます!そして皆さんお楽しみのそれぞれのお題も発表しちゃいますよー!!》
というアナウンスが流れた。
そんなアナウンスが聞こえてきて、僕は思わず「えっ」と声を漏らした。
久保が見せてくれたお題を確認するとそこには
「好きな人♡」と書かれていて、今からこれが公開発表されるということだ。
「えっ、す、好きな人って、な、なずくん、え……っ?」
焦って小声でそう詰めると
「いや~つい焦って誰でもいいやってときに丁度まーくんと目合ったから~。でもま、体育祭だしネタだってわかるっしょ!」
そう言って、久保はお気楽にウインクをする。
陽キャすぎる、テンションがギャルのそれだ。
背筋が凍りそうなほどに悪寒を感じたそのとき
丁度《それではお題を公表します》とアナウンスが流れて、僕は息を呑んだ。
(なずくんだって、普通にモテる男側だ…まって、どうしようこれで女子から反感なんて買ってしまった暁には、僕は終わる……っ!!)
そんなことを考えると緊張で心臓がバクバクと波打つ。
そして遂に僕らの番が来てしまった。
《えー続いて、1年B組のお題を発表します!》
《ええ、お題は……好きな人!!?》
そのアナウンスとともに、全校生徒の目線が僕らに集まった。
(だめだ、手遅れすぎる)
僕は思わず固まって、顔に熱が篭もる。
そんな僕と周りを見てか
観客席に向かって
「もー!だって仕方なくなーい?俺今んとこ好きな人いないんだもん!勝つためには誰でもいいっしょー?」
と久保は陽気におどける。
「なんだそゆこと?びっくりしたー」
なんて女子の声も聞こえてくる。
そんな中で僕はというと とにかく落ち着けと自分に言い聞かせていた。
(な、なんとか納まった……?助かった?だったらちんたらしてないでさっさと結果発表終わらせてくれ……ここにずっといるの地獄すぎる)
そんな時、ふと横目で観客席に目をやると 沼塚が僕の方を向いていて
その真剣な眼差しに僕の視線は吸い込まれる。
そして、そんな沼塚と目が合った瞬間 ドキッとして思わず目を逸らした。
(な、なんだろ今の沼塚の顔……ま、まあいいや、これ以上目立ちたくないし残りの結果発表終わったらさっさと上に戻ろう)
そう思いながら、結果発表が終わるのを待ち
次の種目に移ると僕は久保と一緒にそそくさと観客席に戻った。
沼塚と新谷の隣にかけ直すと
「奥村、あんま気にすんなよ」
という新谷に続くように
「さすがに公開処刑は辛いか、奥村は余計に…」
と苦笑いして慰めてくれる沼塚。
「いや~お騒がせしちゃった」
なんて言う久保に僕は思わず
「も、もう本っ当にやめて、ただでさえなずくん女子人気高いのに…勘違いされてからかわれたら…っ」
と言い返す。
「えーだって下手に女の子と走って騒がれんのもめんどいし、俺ら男同士だし大丈夫だって~」
すると、沼塚と新谷が口を合わせて
「「これはなずが100悪い」」と頷いた。
「もーごめんって!本当に悪いと思ってるから、ね?この通り!」
久保は僕の方を向いて手を合わせて子犬のような瞳で謝ってくるので
「多分大丈夫、だけど…こういうのは他の子にして」と呟く。
それに対し「奥村優しすぎ」と沼塚が言って
「それ、お前はもっと反省しろ」
そう言って久保の頭をペしっと叩く新谷
それから暫くして午前の部は幕を閉じ、昼休憩に移っていた。
新谷の彼女が迎えにきて新谷は購買に行き
久保は女子に誘われて席を外した。
すると、沼塚が自分の席から移動して僕の横
新谷が座っていた席にやって来た。
「奥村、一緒にお昼食べない?」
「えっ……いいけど…沼塚、今日も焼きそばパン?」
「まあね」
沼塚と横並びで話すなんて映画館以来だったからか緊張してしまって会話がぎこちなくなってしまったが
そんな僕の気持ちなどつゆ知らず沼塚はニコニコしたまま
僕が弁当を取り出してパカッと蓋を開けると
「うわ美味そ、卵焼きとか定番」
そう言って僕の弁当箱の中を覗き込んで来るものだから変に意識してしまって
マスクの下から箸を侵入させて自分の口に運んでいると
ずっとこちらを見ている視線が気になって
「沼塚、卵焼き、食べる……?」
と聞くと
「え、いいの?」
嬉しそうに目を輝かせて聞いてきた。
そんな沼塚がなんだか可愛くて(?)
僕は箸で卵焼きを掴んで沼塚の口元まで運ぶと
そのままパクッと食べたので、思わず固まってしまった。
(な、なんか恥ずかし……っ)
そんな僕の気も知らないで
「ん~美味しい!奥村のお母さん料理上手だね」と呑気に言う沼塚を見て
なんだか無性に恥ずかしくなってきて
「そ、そうかな……」と誤魔化した。
「母さん、卵焼き焼くの上手いから」
そんなやりとりをしていると沼塚が、その箸を使って卵焼きをまたひとつ摘むと
今度はそれを僕の口に寄せてきて「奥村もほら」と言って差し出してくる
「じ、自分で食べれる…」
そう断ると「いーから」と笑ってきた。
そして僕の口元に持って来るから、マスクの鼻先部分を掴んでそれを唇が見えるぐらいまで下ろして口を開ける
「奥村、また顔赤いよ」
「えっ」
「ふっ、嘘」
「…び、びっくりさせないでよ」
「はは、ごめん。奥村、もーいっかい口開けて?」
変に意識してしまって恥ずかしくなってしまった僕はもうどうにでもなれと思いながら
再び口を開けるとそのまま卵焼きを放り込まれた。
「っんぐ……」
口の中に広がる卵焼きの味。
卵の優しい味と甘いだし巻きの味がする。
「おいひい」
思わず頬を緩めながら言う僕を見て嬉しそうに笑う沼塚は
「奥村って可愛いね」と言ってきて、また僕の心臓がドキッと跳ねる。
「な、なに言って……」
恥ずかしくなって目を逸らしたが、顔がどんどん熱くなるのを感じた。
それから時間は進んで午後の部が始まり
新谷と久保も席に戻ってきて、みんな定位置に座る。
種目は進み、沼塚と新谷の出番が近づいてきた
《次は、男子バスケットボールです。エントリーしている生徒は、スタート地点にお集まりください》
「おっし、行くぞ朔」
そう言って立ち上がる新谷
それに続くように沼塚は大きく伸びをしてから
席を立ち上がって下に降りていこうとした
そのとき
急に沼塚が足を止めて久保と僕の方に振り向いて
「絶対勝つから応援しててね」とだけ言って
行ってしまった。
バスケの試合が始まると、クラスの男女はぞろぞろと前の方に行って
『うわ沼塚のやつシュート決めんの早っ!!』
『新谷ナイス!!』
『みんながんばれー!!!』
なんて大きく掛け声をかけ沼塚たちを応援する。
(みんなどこからそんな声出してるの…?無理なんだけど)
僕と久保もそれに便乗するように席から立ち上がって選手がよく見えるフェンスの前に移動する。
「沼ちゃんその調子~!!」
(な、なずくんも凄い声張って応援してる……)
そんなとき
『絶対勝つから応援しててね』という先程の沼塚の言葉が脳裏に浮かんだ。
その言葉は多分、久保と僕二人に向けて言ったものなんだろうけど
応援してと言われても、大きな声を出せないクソ陰キャには無理ゲーに等しかった。
だから久保や、他のみんなが応援してくれているのを僕は傍観して
心の中で、沼塚を応援するので精一杯だった。
こんなにたくさんの熱気がある中で
自分の声が沼塚に届くかも分からない
届いたところで、僕の応援なんて何になるんだと卑屈になってしまうからだ。
それでも、みんなが応援している横で僕一人だけ黙っているのも申し訳なくて
口をパクパクさせて必死に声を出そうとするが、
やっぱりどうしても声が出なくて。
恥なんかを理由にして応援もろくに出来ない|自分《クズ》に我ながら呆れているうちに
気付けば点数表は15:11となっていて、沼塚のチームが優勢だった。
結果的に|沼塚のチーム《1年B組》が
先に21点を獲って試合は終了し、
沼塚たちのチームが勝利をおさめて、次の決勝戦へと駒を進めた。
そうして始まったのは勝ち残った3年B組との試合だ。
(すごい…決勝まで行くなんて…っ)
さっきよりも沼塚たちを応援する声は熱量を増していたが、それが突然声色を変えた。
『ねえ、なんかみんな焦ってない?』
確かに、沼塚は先程よりも動きが鈍っていてディフェンスのタッチが甘い気がする。
それに得点板を見ると、1年B組が10点を入れたかと思えば
3年B組の得点板には既に18点も入っていた。
『これ、やばいんじゃ……』
周りの連中がザワザワしだして、そうこうしているうちにも試合は進んでいき、1年B組はあっという間に点差を広げられてしまったためか焦りからかミスが増えていた。
そして遂に2分を切ったとき。
『もう無理じゃね?』
『まあ、さすがに3年生には勝てないっしょ』
『沼塚、エースっつっても元だしな』
『頑張って欲しいけど……体力的にも厳しいよね』
さっきまで応援していたのが嘘かのように
そんな声が飛び交って。
沼塚もそれを察したのか
どこか諦めたような顔をしながらも
必死にボールを死守して相手コートに攻めていた。
そんな沼塚や周りを見ていたら、なんだか凄く胸が締め付けられるかのような そんな気持ちにさせられた。
そんなときだった。
『どーせ上手いからってタカくくってたからこんな押されてんだろ』
なんて毒づく言葉が背後から聞こえて
声の主の方に目を向けるとそれは大股を開けて他人事のように席に座っている飯田で。
『決勝で負けんなら予選敗退しとけっての』
(……っ、なにそれ)
沼塚は、昨日も下校時間ギリギリまで
一人残って只管にボールと向き合ってた
汗水垂らしながら走ってシュートの練習して
見えない努力をしていた。
知りもしない
チームでも何でもない
意見でも指摘でもない
憶測と酷い主観で
外野がそんなことを言う権利ないはずだ。
(……今だって、必死に、みんなの応援に応えようとあそこに立っているはずなんだ)
そんなことを考えながら、ふつふつと怒りが湧いてくるのがよくわかった
僕だって、正直部外者だ。
傍から見ているだけで
言葉一つかける勇気すらない
それでも
偉そうな飯田の言葉を聞いて、いても立ってもいられなくなり
気が付けばフェンスから身を投げ出す勢いで体の半分を外に出していた。
「沼塚…っ!!」
そして僕は、今まで出したことのないくらいの大声で沼塚の名前を呼んだ。
喉仏や内蔵がはち切れるかと思うぐらい、出したこともない自分の声。
声量を間違えたのか
その声の大きさに
僕の周りにいた生徒全員の視線が集まる。
そんな周りの反応をよそに僕は必死に沼塚に向かって叫ぶように声をかけるが
急にまた臆病風に吹かれた僕はフェードアウトしたように
「が、がんば…て…っ!」と溢した。
正直、その声が沼塚まで届いたかは分からないが
そんな僕を見てなのか
さっきまで弱気になっていた周りの男女も
『まだいけるって!冷静に!!』
『みんながんばれ!諦めないでー!』
『新谷、沼塚、最後決めちまえー!!』
と再び沼塚たちを応援し始める。
僕は慌ててフェンスから身を引っ込めると
ふと沼塚と目が合ったような気がした。
そうして次の瞬間沼塚は見事なスリーポイントを決めた。
続くように他の男子とパスを交わしながら新谷もシュートを決める。
僕の方は自分で発した声に驚いたのか
未だにバクバクとうるさい心臓に動揺を隠しきれなかった。
そして試合終了の笛が鳴ると
審判から『20:21、1点差で3年生の勝利!!』という声が上がり
見事優勝したチームと3年生の客席の方から大きな歓声が上がり
それに続くように拍手を送るものもいれば
僕たちは悔しそうに拳を握って口々に
『1点差?!』
『うわーまじかよ!!あと一歩で絶対勝てたやん!?』
と悔しさを露わにしていた。
(な、なんで僕あんな大声出しちゃったんだろう……っ)
客席に座り直してそんなことを考え込んでいると、いつの間にか沼塚たちが僕たちのいる席まで戻ってきたようで
沼塚と目が合うなり、飛びつくように
「奥村!声、めっちゃ聞こえたよ」
と満面の笑みで話しかけてきた。
「そ、そっか……」
「奥村のお陰で最後まで頑張れた」
「ぼっ、僕なんて、名前…呼んだだけで、他のみんなの方が、何倍も沼塚たちのこと応援してたし…」
と言って俯いていると、横から久保が
「まーくんって結構でかい声出るんだなってびっくりしちゃったよ~」なんて茶化すものだから余計に恥ずかしくなってしまった。
「でも、本当に嬉しかったから。奥村の応援」
そう言って微笑む沼塚を見て、胸が暖かくなって。
「……っそ、それなら良かった……?」
自然と頬が緩んでいた。
そんな空気に、水を差すように
「負けといてよく笑えんな」と
飯田が鋭い声で言い放ってきた。
それに対し、僕たちが反応する前に周りの人たちが『応援何もしてない方がダサくね』なんて言い返して
飯田はそれに気圧されたように「はっ、そーやって仲良しごっこしとけば」とだけ言って席を立ち、どこかへと行ってしまった。
まあ結果的に、惜しくも1点差で負けてしまい 3年生の優勝となったわけで
それでも沼塚は満足そうな笑顔で「来年は絶対優勝するから」と意気込んでいた。
そんな沼塚を見て僕は、来年こそは沼塚だけじゃなく、みんなのことを応援したいと感じた。
翌日
体育祭2日目も無事に終わりを迎えて、閉会式に移っていた。
「それでは、これより表彰式に移ります!まずは第3位から!」
一人ずつ順番に壇上に上がり、賞状を受け取っていた。
うちの1年B組はバスケットボール2位、二人三脚2位、リレーが3位といった結果となった。
それから先生も席に戻ってきて、帰りのSHRに移った。
先生の長ったらしい労いが終わり、さよならと挨拶をし終えて解散となると
「ねえねえ! 一緒に写真撮ろうよ!」
「いいよー!」
会場のあちこちからそんな声が上がっていた。
そんな中、新谷のことを「いっくん~!帰ろー」と新谷の彼女が呼びに来て。
「んじゃ、帰るわ。奥村たちまたな~」
新谷は彼女と一緒に帰って行った。
すると久保が
「このまま帰るのもあれだし、この3人でファミレスで打ち上げしない?」と言い出した。
「いいね! いこいこ!」
沼塚と僕が賛成すると、久保はスマホで近くのファミレスを検索し始めた。
そしてすぐに
「あ! ここから歩いて10分のとこにサイゼあるじゃん、ここに決ーめた」
と言うので、そのまま歩いてそのサイゼリヤまで向かうことにした。
「いやー、楽しかった」
「ほんとほんと! なによりまーくんの声にビビった~」
店について、席に案内されると久保と横並びで座り
その向かいに沼塚が座ると、久保はまだ言うかというぐらいに僕の話題を引っ張る。
「そ、その話はもういいでしょ…?」
「これは1週間は引っ張れるよ」
と、からかってくる久保に「長すぎ」と笑いながらツッコむ沼塚
「でもなんで急に?」
突発的にそんな疑問符を久保に投げられて「え」と固まってしまう。
「だってまーくんって大声出すのとか苦手って言ってなかった?」
「確かに…体育祭だから言えちゃった的な…?」
久保だけでなく沼塚も僕にそう聞いてくる。
「え、あ……いや、それはなんかその……飯田が、沼塚のこと悪く言ってた、から」
「え?飯田?」
「あー…なんか〝決勝で負けんなら予選敗退しとけ〟とか言ってたやつー?」
「う、うん」
僕がそう答えると2人は顔を見合わせてから僕を見て言った。
「まーくんってやっぱ優し~」
「ほんとだよ、あんなんほっとけばいいのに」
2人にそう言われると僕は少し恥ずかしくなりながらも、言うはずではなかったことを言った。
「だって……沼塚が、前日に体育館で遅くまで残って練習してるの見ちゃったから…そんな頑張ってる、友達…っ、悪く言われて腹が立っちゃって…」
僕がそう答えると、沼塚は目を丸くしてから
「えっ、奥村、見てたんだ…?声かけてくれればよかったのに」と驚いた。
「う、うん。でも声掛けて邪魔するのもあれかと思って」
そんなやり取りをしていると注文していた料理が運ばれてきた。
沼塚は辛味チキンと
久保はカルボナーラで、僕はミラノ風ドリアを頼んだ。
端麗な顔に見合わず食べっぷりは男子高生といった感じで、辛味チキンにかぶりつく沼塚が
再び口を開いた。
「でもそれであんな大声上げてくれたんだ…すげー嬉しいや」
目と口元に言うに言われぬ愛嬌をもってはにかむ沼塚に、少し鼓動が早まった。
──そこから数分後
「てか、まーくんと沼ちゃんって本当に最近仲良いよね?」
追加で頼んだカリッとポテトをつまみながらそんなことを言い出す久保。
「なんで…?」
僕は正直にそう聞くと、久保は続けて言う。
「だって今日お弁当一緒に食べてなかった?」
「み、見てたの……っ!?」
「うんガッツリ見てた、てか女子が釘付けになってた感じ?」
「まじで?」
沼塚の言葉に久保はコクコクと頷く。
(微妙に恥ずい…)
取り乱さないように言葉を紡ぐ。
「あっ、あれは沼塚が欲しそうな目で見てくるから仕方なく…あーんしてきたのは沼塚だし」
僕がそう答えると久保は
「ははっ、だから女子が沼ちゃんたち見てたのかなぁ、男と男で需要アリ的な?」
と言うので「イケメンとイケメンならそうかもしれないけど……沼塚と僕なんて天と地の差だよ」と素で返せば
「天と地って…」と、沼塚がクスッと笑う。
「ふはっ、やっぱまーくんおもろ!」
「う、うるさい…っ」