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自らの手首を眺めるように伏せられていた坪井の瞳が、再び真衣香を捉えた。震える息遣い、それをただ見守るしかできないなんて。
「俺は……本人じゃないからあくまで予想だけど、自傷行為って死ぬことよりも現状打破が目的なことが多いんだってね。だから明らかに俺に何とかして欲しがってたんだよ、あの子」
真衣香は返す言葉を考える余裕もなく、坪井を見つめていた。こんな時に何の言葉も浮かんでこない情けなさばかりが渦巻き、強く両眉を寄せる。
「そんなの”今”考えればすぐわかるんだ。でもあの頃は短絡的に、その行為がイコール”死”に直結したし、人が死ぬって事実が身近だったからかな。血とか連想するもの見るのも嫌だった」
「ひ、人が死ぬことが身近って……?」
坪井は中学の頃の話と言った。真衣香はその頃の自分を思い返すけれど、小さないざこざはもちろんあったが誰かの死など、触れずに過ごしていたと思う。
しかし坪井は、当たり前のことのように頷いて「そう、俺の母親。病気だった」と、答えた。
「これも”今”なら、考えるまでもなくわかるんだよ。関係ないんだ。確かに当時母親は余命も伝えられてて危なかったし、でもあの子のことと母親のことって全く別問題」
「今……なら」
「うん、全部”今”ならわかる」
真衣香が坪井の言葉を繰り返すと、彼もまた強調するように”今なら”と噛み締めるよう、口にした。そして、何かを思い返すように瞳が揺れ動き、伏せて。またゆっくりと話し始める。
「そのあと、まぁ、その子いじめてた主犯格の女と付き合えとかよくわかんない流れになって、そのうち母親も病気で死んで、俺は俺で深く考えるのも面倒でやめちゃってさ」
あっけらかんとした声色。
恐らく真衣香を必要以上に怯えさせない為、軽い口調で話していてくれたのだろう、坪井が。
そっと真衣香の頬に手を添えた。
「てか楽しくないよな、こんな話。ごめん、せっかく来てくれたのに」
真衣香は坪井の言葉を聞いてギクっと身体を揺らした。
不自然に力が入っていた顔に、坪井の手が触れたからだ。どんな顔をしていれば正解なのか、全くわからなかったから。
きっと敢えて引き攣った笑顔に触れてくれたんだ……。
(聴きたいって言ったの、私なのに……!)
謝らないで欲しい、と。首を横に振ることしかできない。坪井はそれを、口元だけに笑みを作り眺めながら言った。
「昔からの俺の連れは、お前だって親が入院長引いてる時期だったんだからしょうがねぇよ。とか言ってくれるんだけど、それってどう考えても違ってさ」
「……ど、どうして」
問いかけた真衣香を見て、気まずそうに眉を下げた坪井が弱々しく「うーん」と唸る素振りを見せる。そして、自らを嘲笑うように乾いた笑い声を響かせた後で答えてくれた。
「そもそも、自分のことで精一杯で、気晴らしに友達と騒いでるくらいがちょうど良かったんなら……彼女なんて作らなきゃ良かったわけだし」
「そ、そんな……」
「俺が自分のキャパ理解してれば何も起きなかったんだよなぁ、多分」
明るく、そして淡々と話しているように見せてくれていた坪井の表情が、初めて真衣香の目にもわかりやすく歪んだ。「そのくせ、人のせいにばっかしてたんだよね」と自嘲しながら。
「こんなことが学校であったんだけどさって。そんな話もさせてくれない……母親が死んだ後の暗いばっかな家に嫌気がさしてたし」
次は、眉を寄せて、苦しそうに目を閉じた。その瞼の裏に浮かんでいる映像はどんなものなのだろうか。
想像もできない。幸せすぎた、自分のこれまでを初めて実感する。
「どこに吐き出したらいいかわからない恐怖とか、じゃあ何が正解だったのかって、問い正すにも……それをどこに向ければいいかわからなくて」